時を超えて愛される俳人・住宅顕信と、その俳句の力を感じるヒューマンドラマ 『ずぶぬれて犬ころ』本田孝義監督インタビュー


 25歳で夭折した岡山県出身の俳人・住宅顕信と、現代のいじめに悩む男子中学生が顕信の句集を通して、時を超えて繋がっていく。顕信が病床で懸命に読んだ自由句の数々を散りばめ、その短すぎる生涯を全編岡山ロケで描いた『ずぶぬれて犬ころ』が、7月13日(土)からシネ・ヌーヴォ他全国順次公開される。 


 監督は『モバイルハウスのつくりかた』の本田孝義。病床でも懸命に詠み、心情がまっすぐに伝わる味わい深い顕信の自由句を、顕信の生涯に重ねて描くことで、作られた時の顕信の気持ちが伝わってくる。その句が時を超えて、悩める男子中学生に読まれる時、孤独な彼の中に生きる勇気が湧いてくる。アグレッシブに色々なことにチャレンジし、俳句に全力を注いだ顕信の生き様を木口健太が渾身の演技でみせる。時を超えて生き続ける句の力を感じるヒューマンドラマだ。本作の本田孝義監督にお話を伺った。 


■精神的につまづいた時に蘇った顕信の句「ずぶぬれて犬ころ」 

――――本田監督が初めて住宅顕信の句と出会ったのはいつ頃ですか? 

本田:住宅顕信のことは俳句に詳しい人ならもちろんご存知だと思いますが、生前に自主出版が一冊、1987年に亡くなってから一年後「未完成」という句集が出版されました。2002年に精神科医の香山リカさんが顕信さんの本を出版したことで、俳句ファン以外の一般の方にも顕信の句が知られるようになり、まさに顕信ブームが起きたのです。私が顕信のことを知ったのもその頃ですね。香山さんは日常的に若い人の悩みに接しておられるので、若い人の視点に立って書かれた本でした。 


――――住宅顕信の映画を撮ろうと思ったきっかけは? 

本田:2014年ごろ、次の作品のことを含め、精神的にも経済的にもつまづいてしまった時に、自宅のベランダでぼうっとしていると、「ずぶぬれて犬ころ」の句がふと蘇ったのです。この句は、顕信が白血病で闘病している自分の姿を犬の姿に重ねている句だと思うのですが、その話を脚本の山口さんにお話したら、現在のいじめられている中学生が「ずぶぬれて犬ころ」に勇気付けられるというプロットが上がってきたので、ビックリしました。 


■俳句にかける情熱的な面と、病気で心身弱っている面との顕信の揺れを表現したかった。 

――――本田監督の体験談が、脚本にうまく昇華したのですね。今回映画化するにあたって顕信のことを調べられたと思いますが、監督が掴んだ顕信像は? 

本田:見た目は少しイカツイですね。横田賢一さんが顕信の生涯を克明に書いた「生きいそぎの俳人 住宅顕信―25歳の終止符」を読むと、端々でちょっとカッコつけているのがよく分かるのですが、結構形から入るタイプです。主演の木口さんとも話していたのですが、内面的な部分では二面性があるのではないかと。つまり俳句にかける情熱的な面と、病気で心身ともに弱っている面。その両方の間を行き来しているように思えるのです。映画の中でも顕信の揺れが表現できればと思っていました。



 ■顕信役の木口健太さんキャスティング秘話。 

――――木口健太さんは顕信の情熱と死が迫る恐怖との間の揺れを見事に表現していました。キャスティングはどのようにされたのですか? 

本田:最初から岡山で撮影すると決めていましたから、仁科貴さんと田中美里さん以外は、全員岡山でオーディションを行いました。ただ住宅顕信役だけは木口さんが元々候補に上がっていたので、オーディションを行ったものの結局彼を選びました。木口さんは渋谷ヒカリエで1フロア1監督による8本の短編オムニバスの総合プロデューサーをした時、加藤綾佳監督の作品に出演していたご縁で注目していました。実はその頃、顕信の外見に似た人を探したがために、キャスティングが迷走してしまったのですが、「この映画に必要なのは外見ではなく、もっと内面の繊細な部分を表現できる人でなければ顕信は演じられない」と気付きました。その時頭に浮かんだのが、木口さんだったのです。本当に素晴らしい演技をしてくれたと思います。 


――――木口さんは、日頃あまり俳句に接する機会はないかと思いますが、顕信役を演じてどんな感想を持たれたのですか? 

本田:木口さんは本屋に行くと、よく詩や短歌のコーナーを覗くぐらい詩のようなものがもともと好きだそうで、住宅顕信のことも知っていたそうです。だから逆にすごくプレッシャーを感じていたそうで、しかも実在の人物を演じるのは初めてだったそうです。ご遺族の方もご存命なので、それも含めて余計プレッシャーを感じていたそうです。ご遺族の方と、僕は企画段階からずっとお話をさせていただいていましたが、わざとプレッシャーを意識しないようにしていました。横田さんの原作ではご両親のことも書かれており、とても暖かく、最後まで献身的に彼を支えていたので、その部分も映画に取り入れています。 


 ■色々な人がそれぞれの能力を合わせて作り上げる劇映画の現場は楽しい。 

――――本田監督は今回初めての劇映画とのことで、ドキュメンタリーとは違う難しさや楽しさがあったと思いますが。 

本田:まさにその通りですね。学生時代に劇映画を撮っていましたし、ヒカリエのプロジェクトで8人の映画監督の現場を見させてもらい、劇映画って面白いなと思えたのが、今回チャレンジできた大きなきっかけになったと思います。実際に現場で感じたのは、どうしてこんなに細々としたことまで、僕が決めなければならないのかと(笑)。ドキュメンタリーは出演者の服装も基本的に普段通りでOKですが、劇映画は服や撮影場所、美術など細々としたことを決めなければ、前に進まないことがよく分かりました。ドキュメンタリーは基本的に一人で撮影、編集していたので、こんなに多くのスタッフ、キャストと仕事をすることはなかったのです。今回の現場では、自分の足りないことを補い、それ以上のことを皆がやってくれる。色々な人がそれぞれの能力を合わせて作り上げるというのは、とても楽しかったですね。  


――――特に、監督自身の想像を超えるようなシーンはありましたか? 

本田:僕が一番自分の想像を超えたと思ったのは、月明かりの下で、顕信が尾崎放哉(自由律俳句を代表する俳人)の亡霊に会うシーンです。顕信が自分の弱さを吐露するシーンを入れたいと考えた時、親には言えなくても尊敬している放哉になら言えるかもしれない。そう思って脚本に付け加えてもらいました。今回はほとんど自然光の撮影でしたが、月明かりのシーンだったので、きちんと照明を作ってくださり、自主制作の割には大掛かりなものとなりました。それに合わせて木口さんも迫真の演技をしてくださったので、撮影と役者の演技が相まって、本当に素晴らしいシーンになりましたね。 


――――木口さんも役作りで相当お痩せになったのでしょうか? 

本田:撮影期間が13日間しかなく、冒頭で10代のシーンもあったので、痩せるのは無理だと思い、本人にも要求していなかったのですが、木口さん自身が病んでいく姿をしっかり演じたいということで、弁当を食べずサラダだけにして、最後の方には頬がこけてきていました。 



■映画で登場している顕信の句をセリフのように読ませる脚本のセンス。 

――――木口さんが演じた顕信と句集を通じて結びつく現代の中学生明彦は、いじめられて救いがない自分の状況を「気の抜けたサイダーが僕の人生」と顕信の句を呟きます。明彦の心境をぴたりと言い当てていますね。 

本田:教頭先生はいじめられている明彦にちゃんと手を差し伸べていないのではないかという声もあるのですが、僕は、教頭先生が顕信の句集を明彦に渡したことが、一番の救いになっていると思っています。脚本の山口さんは、短歌集も出されている歌人でもあるので、今回映画で登場している顕信の句は全て、山口さんが選んでくださいました。歌人としてのセンスにお任せしたわけですが、そのチョイスが素晴らしかったんです。明彦の気持ちを「気の抜けたサイダーが僕の人生」とセリフのように読ませているのも、見事なセンスですね。 また、句の見せ方も俳句の映画となると、一枚でバンと俳句が出てきて、俳句を読ませるケースが多いのですが、本作では映像に文字を重ねたり、場面の中でセリフとして出てくるようにし、どう解釈するか見る人に委ねています。 


――――いじめられながらも、顕信の句を心の支えにして、なんとか立ち上がろうとする明彦のどん底の日々を見事に演じた森安奏太さんについて教えてください。 

本田:森安くんは当時、テアトルアカデミー岡山校に所属していて、今は東京で活動しています。もともとはとても明るい性格の子なのですが、主演級の役を演じるのは初めてだったので、テアトルアカデミーでは先生であり、本作では住宅恵美子役の八木景子さんにアドバイスを受けていたようですね。僕からは、ラストは顕信に感謝する気持ちを表現してほしいとか、ポイントごとに気持ちの流れを伝えていました。


 ■池永正二さんの音作りは「目立たない、あまり主張しない、でも映画を底辺で支えてくれる」 

――――音楽も全編に渡って、湿っぽくならない絶妙の塩梅で映画を支えていました。ラストはとてもロックテイストで、明彦の気持ちを代弁しているかのようでしたね。 

本田:ラストの曲「blast」(あらかじめ決められた恋人たちへ)は最初から使おうと決めていました。今回音楽を担当したのも、あらかじめ決められた恋人たちへのバンドリーダーでもある池永正二さんです。僕がすごく好きなバンドで、池永さんに脚本ができた段階で打ち合わせをしていきました。元々池永さんは映画を勉強し、映画のことを分かっている方なので、これみよがしの音をつけるのではなく、目立たない、あまり主張しない、でも映画を底辺で支えてくれる音をつけてくれるのです。僕はとても好きですね。  


■いわゆる岡山っぽいところは全くなくても、岡山で撮影することが映画に厚みを与える。 

――――前作の『山陽西小学校ロック教室』(13 劇場未公開)も、本作も本田監督の出身地、岡山で映画を作っておられますが、地元で映画を作ることにこだわりがありますか?また、どんな影響を映画に与えているのでしょうか? 

本田:ご縁があって岡山で映画を撮らせてもらっていますが、強い気持ちで岡山のためにとやっている訳ではありません。岡山の人たちとの繋がりの中で撮らせてもらう機会が多いのですが、今回は顕信が同郷であることも僕が惹きつけられた理由になっていることは確かです。実は脚本ができたときに、東京のプロデューサーから「これ、東京でも撮れるね」と言われました。確かに、病院や学校が舞台ですから、いわゆる岡山っぽいところは全くない。でも僕は顕信と近い世代の人間なので、その時代の岡山の空気も知っているし、やはり顕信が生きた岡山で撮りたかったのです。実際に東京で観てくれた岡山出身の方は「(名所は映っていなくても)病院の屋上から見た、向こうに山が見える光景が岡山だ」と感激してくれました。そして何よりも大きかったのが、顕信が住んでいた住宅家で撮影できたことです。映画の中で登場する仏間も実際に顕信が作ったものですし、顕信が着ていた作務衣や顕信が愛用していた万年筆など、顕信の遺品を映画で多数使わせていただいています。目に見えないけれど、きっと映画にとって何かの厚みになっていると思います。 

(江口由美) 


 <作品情報> 

『ずぶぬれて犬ころ』(2018年 日本 100分)  

監督:本田孝義 

出演:木口健太、森安奏太、仁科貴、八木恵子、原田夏帆、田中美里(特別出演)他 

2019年7月13日(土)~シネ・ヌーヴォ他全国順次公開 

公式サイト→https://zubuinu.com/index.html 

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