『エセルとアーネスト ふたりの物語』イギリス版「この世界の片隅に」がみせる夫婦愛と市民生活の移り変わり


 今も超ロングランヒットを続けている片渕須直監督の『この世界の片隅に』。その魅力は、市井の人たちの戦時下の暮らしぶりの変化を実に細やかに描き、そこに刻まれる夫婦愛、家族愛を感じると共に、そしてどんどんと逼迫していく国の状況を通して、戦争への怒りを忘れてはいけないという思いが込められていたと思う。本作は、絵本「スノーマン」で知られるレイモンド・ブリッグズが、戦争前から戦時下、戦後と二人が1971年に相次いで亡くなるまで、息子レイモンドを育て、戦時下をしのぎ、終生夫婦として一緒にいた両親のことを描いた絵本を、手書きでアニメーション化した秀作。まさにスノーマンのタッチで描かれるレイモンド一家の物語は、息子レイモンドから両親への熱いラブレターのような作品でもあると同時に、『この世界の片隅に』のように戦争のため日常生活が奪われる中、つつましく、日々を過ごす夫婦の様子、戦後、成長していくレイモンドを見守りながら、変わりゆく政治の中で人生を全うする姿が最後の最後まで描かれ、そこが通常のアニメーションにはない覚悟すら感じさせる部分だ。パーソナルな物語に潜む、普遍的な要素もしっかりと感じられる、あるイギリス夫婦の40年強。興味深い点がいっぱいだ。



 1928年、ロンドン。エセル33歳、アーネスト28歳での出会いから始まる物語は、まだ馬車が走っていた街並みをも映し出す。上流階級夫人付きのメイドとして働いていたエセルと、労働者階級のアーネスト。エセルがアーネストを連れてきた実家には、私たちが思い描くイングリッシュガーデンそのものの風景が現れ、中流階級でつつましくも花に溢れた生活をしている家族であることが伺える。



 その2年後に結婚、家を購入した二人は、アーネストが牛乳配達を定年まで続ける一方、戦時中から事務で働き始めるエセルも、この時は家事に従事。手押し車での牛乳配達は男の仕事だった。当時としては高齢出産で30代後半にレイモンドを出産したエセル。どれだけ一人息子が可愛かったかは想像に難くない。この頃、ドイツではヒトラー政権が誕生、ニュースを知ったエセルは露骨に嫌な顔をする。夫婦間で新聞から得る情報を共有しながら、政治のことを語る場面はこの後も何度となく登場するが、上流階級びいきのエセルと、労働者階級魂に溢れるアーネストとはいつも意見が対立する。大げんかにはならないけれど、お互いに頑固で譲らない。筋の通った二人だと関心するのだ。



 戦時下で丁寧に手入れをしていた家も徐々に姿が変わっていく。鉄製のものは門から鍋から戦闘機の材料として国に没収され、庭には防空壕、食卓テーブルの下が避難用のスペースになり、幼いアーネストは田舎に疎開させての二重生活が始まる。どこの国でも戦時下での市民の苦労は変わらない。爆撃でこっぱみじんになった家を呆然と眺める二人だが、決してお涙頂戴ではなく、全てが淡々と描かれていく。戦勝祝いの後に、ラジオから流れる日本での原発被害のニュースへの反応も夫婦が全く違うリアクションをみせ、興味深かった。



 戦後は、労働党が政権を握り、それでもなかなか生活レベルが上がらない様子が描かれる一方、夫婦の一番の関心事であるレイモンドの話題に移っていく。エセルの自慢の息子、レイモンドの進路が、だんだん親の思いと本人の思いのズレが生じ、レイモンドがせっかく入れた高等中学を中退して美術の道を志すと決めた時のエセルの嘆きようといったら。多分、原作者レイモンドの中に刻まれた母の嘆きを、客観的に受け止めて、彼がこのように表現しているのだろう。フィアンセを連れてきた時のエセルの反応も、生真面目で常にきちんとした身なりの、日本で言えば明治の女ぐらい、古風な考えの持ち主であったエセルが、ヒッピー風女性を目にすれば、それは驚くはずだ。だんだん薄くなる頭髪までも実に忠実に再現しながら、妻を見守るアーネストの姿に、二人の未来が見える。



 慎ましく二人で生活してきたエセルとアーネスト。最後はアーネストがエセルの介護をし、自分のことがわからなくなってしまったしっかり者の妻の姿に嗚咽をもらすシーンもある。家の間取りだけでなく、親の老い、そしてその亡骸までも忠実に描いた、ドキュメンタリーのようなアニメーション。特別大きなことはなくても、戦争を乗り越え、自分たちの暮らしを築き上げてきたある家族の物語は、静かに深い感動を与えてくれた。




 『エセルとアーネスト ふたりの物語』”Ethel & Ernest ”

2016年 94分 イギリス・ルクセンブルク

監督:ロジャー・メインウッド 

原作:レイモンド・ブリッグズ(バベルプレス刊) 

音楽:カール・デイヴィス 

エンディング曲:ポール・マッカートニー 

声の出演:ブレンダ・ブレッシン/ジム・ブロードベント/ルーク・トレッダウェイ 

後援:ブリティッシュ・カウンシル 

配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ  

9月28日(土)〜岩波ホール、10月11日(金)〜シネ・リーブル梅田、10月26日(土)〜京都シネマほか全国順次ロードショー


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