『淪落の人』立場も境遇も違う二人が夢を追いかけた、輝く一年


 事故で半身不随の障害を抱えながら、孤独に生きる老人と、貧しさゆえに夢を諦め、住み込みのお手伝い業で本国の家族に仕送りをするフィリピン人の女性。それぞれ人生の先が見えないどん底にいた二人だが、人と人が少しずつでも歩み寄り、相手のことに関心を持つようになることで、少しずつ日々の生活が輝き出す。地道な日常のエピソードを積み重ね、二人がお互いを理解し合い、互いへの信頼を深め、そしていつしか諦めていた夢に向かって歩み出す姿を香港の四季と共に描いた、静かなる愛に溢れる作品。大阪アジアン映画祭2019で観客賞を受賞した本作は、香港の新鋭、オリバー・チャン監督が自らの介護体験や、実際に街で見かけた介護者と介護される車椅子の男性にインスパイアされ、脚本を執筆した初長編作だ。


 離婚で母親と共にカナダに渡った息子と、時々スカイプで話をするのが唯一の楽しみである口は悪いが、人のいいチョンウィン。広東語が分からないフィリピン人の新しい住み込み家政婦エヴリンがやってきても、意思疎通をするのに四苦八苦だ。半身不随ではあるが、口は至って元気なチョンウィンが、家政婦仕事の細かいことにも指示を出し、広東語でまくし立てる様子に、エヴリンの気持ちになって大変やなぁと思ってしまうが、実は密かに英語の勉強をし、片言の英語でエヴリンと意思疎通をしようと試みる。言葉はコミュニケーションにとってとても大事であることを改めて実感する一方、言葉を覚えるという姿勢が相手に与えるなんとも言えない安心感も丁寧に描かれる。最初は英語一辺倒だったエヴリンも、チョンウィンからスラングだらけの広東語を教えられ、周りから見れば片言のような言葉も、二人の意思疎通をするには十分なものになり、少しずつ絆が生まれていく。



 本作の見どころは、チョンウィンとエヴリンの絆を描くだけではなく、エヴリンが時々参加する香港在住フィリピン人女子会での赤裸々トークが度々挿入されるところだ。雇い主に対し、どのような態度を取れば長く続けることができるのか、どんな雇い主がオススメなのかと、その道10年以上のベテラン家政婦女性が力説。ダンボールに囲まれた場所での女子会は、時には、お店でドレスアップ用のワンピースを選び、クラブで弾けて、その後はドレスを返品と、したたかに香港での出稼ぎ生活を楽しんでいる。決して愚痴を言うだけではなく、雇い主に愛着を感じているセリフもあり、異国で働く人たちの情報交換の様子が伺い知れるのだ。

大陸人でチョンウィンが元気だった時職場で世話になったことから、今や家族よりも親身になってくれるファイ(サム・リー)と疑似家族のような気持ちを味わう瞬間もあれば、チョンウィンの妹で、いつも不機嫌なジンイン(セシリア・イップ)からは冷たくあしらわれ、家政婦の現実を突きつけられることもある。さまざまな困難を経ながらも、カメラマンになるのがエヴリンの夢であることを知ったチョンウィンは、彼女の夢を叶えることに邁進する。


 

 家の事情、金銭的理由で夢を諦めたエヴリンと、事故以来夢を持てなくなってしまったチョンウィン。移ろいゆく四季の中で、エヴリンの夢はチョンウィンの夢ともなり、大きく羽ばたかせるために、チョンウィンもある決断をする。お互いを思い合う心、夢を諦めない気持ち。それらを実現するのが簡単ではない状況にいるからこそ、お互いに手を差し伸べながら、一歩ずつ近づいていく姿が眩しかった。永遠に一緒にいることはできなくても、共にいることで、諦めたことに改めて向き合える。そんな立場も境遇も超えた二人を演じたのは、香港の名俳優、アンソニー・ウォンと、映画初出演となる香港在住のフィリピン人女優、クリセル・コンサンジ。香港デモを支持したことで、中国からの仕事がなくなり、干された状態になってしまったというアンソニーは、脚本に共感し、本作にノーギャラで出演したという。そんなアンソニーの魂がこもった見事な演技に、芯の強さを内に秘めたクリセルがしっかりと応え、何度でも見たくなるチョンウィンとエヴリンが誕生した。ちなみに本作のプロデューサーを務めた名匠、フルーツ・チャン(『メイド・イン・ホンコン』)も、ラストの転機となるシーンで出演している。厳しい現実の中でも、信じる相手がいれば、希望が見える。心に火が灯るような、大事にしていきたい作品だ。




<作品紹介>

『淪落の人』”Still Human" [淪落人]

監督:オリバー・チャン(陳小娟)

出演:アンソニー・ウォン(黄秋生)、クリセル・コンサンジ、サム・リー(李璨琛)、イップ・トン(葉童)、ヒミー・ウォン(黄定謙)

2020年4月3日(金)〜シネ・リーブル梅田、4月11日(土)〜京都シネマ、近日、元町映画館他全国順次公開