『東京不穏詩』剥き出しの感情が自然の中で昇華する

 いきなり傷だらけでうごめく顔の女性が映り、ただならぬ気配を感じさせる。夢を持つ人たちがうごめく街、東京で、夢を掴むため、男たちを相手にするアルバイトをし、お金を貯めて、女優としての成功を目指すジュン。同じクラブで働く恋人、タカの差し向けた男が、ジュンの家に押し入り、強盗中に鉢合わせたジュンの顔に大怪我を負わせ、金を持って逃げてしまう。受かるはずだったオーディションも、身を粉にして貯めたお金も全て失ったジュン。帰る場所は一つしかなかったが…。


 日本在住のインド人監督、アンシュル・チョウハン監督の初監督作『東京不穏詩』は、大阪アジアン映画祭2018でアジア初上映されたが、その時の衝撃は忘れがたい。日本の女優でここまで鬼気迫る演技をできる人がいるとは。何をしでかすかわからないジュンのあやうさの奥に、父の母に対する仕打ちや、父が自分を見る目の厭らしさという深いトラウマが潜んでいる。全てを切り捨てて向かった東京で、自分は単に消費される存在になるだけだった。東京の空虚な狂乱ぶりを映し出す一方、アンシュル監督は田舎で、地に足をつけて働くジュンの同級生ユウキと再会し、死んだような魂が息を吹き返すジュンの姿をひたむきに映し出す。


 先日大阪アジアン映画祭2020で上映されたアンシュル監督の最新作『コントラ』と比べると、本作の狙いがさらに浮き彫りになる。広い画面サイズを採用し、固定カメラで映し出すモノクロ映像の『コントラ』が客観的視点で語られるのとは正反対に、狭い画面サイズいっぱいに、ひたすらジュンの内面に肉薄するマックス・ゴロミドフのカメラワークが、ジュンを演じる飯島珠奈の全てを映し出すかのよう。主観的な視点で、ジュンの心の揺れと呼応し、カメラも生々しい動きをみせるのだ。都会の狂乱と、山に囲まれ、田んぼの緑がつらなる田舎の静けさ。髪をバッサリと切り落とし、自転車に乗って田舎道を走るジュンは、どんどん都会で付いてしまった垢を落とし、浄化しているように見える。一糸まとわぬ姿で、子どものように川で水遊びをする彼女たちの輝く瞬間は、アンシュル監督作品にこれからも連なるであろう躍動感が見事に現れている。

 

 何者にもなれなかったジュン、自立しているようで誰かに頼っていたジュンがみせるラストシーンは、アンシュル監督の女性に対する眼差しではないか。自分を痛めつけるほどに傷つき、消えそうになっていたジュンの再生を、渾身の演技で表現した飯島珠奈。大阪アジアン映画祭で日本人初の最優秀女優賞に輝いた観るものの魂を揺さぶる演技は、見逃してほしくない。ジュンの剥き出しの感情が、自然の中で昇華する。それは、アンシュル監督の現在に生きる人に向けた詩情豊かなメッセージに見えた。

<作品情報>

『東京不穏詩』”Bad Poetry Tokyo"

(2018年 116分 日本)

監督:アンシュル・チョウハン

出演:飯島珠奈、望月オーソン、川口高志、真柴幸平、山田太一、ナナ・ブランク、古越健人

2020年3月28日(土)〜シネ・ヌーヴォ、近日、元町映画館、出町座他全国順次公開

※2020年5月5日よりオンライン配信開始。