繊細な映像で綴る、母の故郷、台湾・高雄で23年ぶりに再会した兄弟の心模様 『燕 Yan』今村圭佑監督、水間ロン、山中崇インタビュー


 日本アカデミー賞受賞作『新聞記者』(藤井道人監督)や『ホットギミック ガールミーツボーイ』(山戸結希監督)の撮影で今最も注目されているキャメラマン、今村圭佑の初長編監督作、『燕 Yan』(2020年6月5日劇場公開)が、第15回大阪アジアン映画祭で、特別招待作品部門作として日本初上映された。


<物語>

 燕を中国語で「イエンイエン(燕燕)」と呼んでいた台湾人の母は、燕が幼い頃、兄の龍心を連れていなくなってしまった。燕は、自分は捨てられたという気持ちを抱えたまま、父の再婚相手と3人家族で育ち、仕事に明け暮れる日々を送っていたが、ある日父から、台湾に住む龍心に、ある書類を届けてほしいと頼まれる。音信不通の兄と23年ぶりの再会を果たすため、母の生まれ故郷、台湾・高雄の地に降り立つ燕だったが…。

 初めて訪れる台湾で兄を探す燕を演じるのは、中国にルーツを持ち、本作の企画段階から関わった水間ロン。自身の実体験を元にした本作では、その佇まいで、燕の複雑な心情を見事に表現し、流暢な中国語を披露している。母と二人で台湾に渡ってきた兄、龍心を演じるのは山中崇。燕のことばかり気にかける母の傍で心を痛めながら、言葉の分からぬ台湾で孤独に生きてきた龍心を、深みのある演技で魅せる。燕と龍心の母を、一青窈が演じ、包み込むような優しさと、日本文化に溶け込めない様を浮かび上がらせる他、龍心のルームメイトで中国から来たトニーを、テイ龍進が好演している。二つの国にルーツを持つこと、離れ離れになった家族の再会で明らかになる真実など、様々な問題について気持ちをむけたくなる物語。燕と一緒に高雄の街を彷徨う気分になれる、美しくノスタルジックな映像も秀逸だ。主人公の名前でもある、夏は日本に来て、冬には暖かい場所に飛び立っていく“燕”に込められた思いも感じとることができるだろう。

本作で長編監督デビューを果たした今村圭佑監督、出演の水間ロンさん、山中崇さん、そして松野恵美子プロデューサーにお話を伺った。


――――本作は水間さんの実話から生まれた作品だと伺いましたが、まずは自己紹介をお願いできますか?

水間:僕は父が中国の大連と日本のミックス、母が中国の大連人で、4分の3が中国人の血、4分の1が日本人の血です。大連で生まれ、生後4ヶ月で大阪に来て、そこから22歳まではずっと大阪育ち。大学卒業後に俳優を目指して上京しました。


――――大阪育ちの大阪人ですね。ご家庭では何語を話していたのですか?

水間:父親はミックスと言っても完全に中国育ちなので、両親ともに日本語は片言で、両親同士は中国語で会話をしていました。兄と僕は、親と喋るときも日本語で話していたので、中国語の聞き取りはでき、両親同士の話は理解できましたが、喋ることはできませんでした。大人になってから、自分で勉強して中国語を覚えましたね。



■「祖父母の墓前で、今までコンプレックスだった血筋が、どんどん誇りに変わっていった」(水間)

――――大人になってから中国語を覚えたというのは、やはり生まれ故郷に対する思いが強まってきたのでしょうか?

水間:僕が演じた燕と同じで、小さい頃は中国のことが嫌いでコンプレックスを感じていました。18歳の頃、父親が倒れて入院した時に、日頃無口で会話をしなかった父親と、病室で初めて深い話をすることができたのです。その時、満州孤児だったという父親のルーツを聞き、自分が中国に対してコンプレックスを持っていたことに対し、急に恥ずかしさを覚えました。なぜ、中国というルーツがあるのに、自分は中国語を喋れないのかと思い、すぐに一人で中国に旅立ったのです。親戚たちにお墓に連れて行ってもらったりもしました。まだ中国語もわからず、親戚と会話もままなりませんでしたが、いざ祖父母のお墓の前に立つと、色々な思いが湧き上がり、今までコンプレックスだった血筋が、自分の中で、どんどん誇りに変わっていきました。


――――ご自身の中で、コンプレックスが誇りに変わる瞬間を体感されたんですね。そのような体験が映画に反映されていたと思いますが、カメラマンとして今大注目されている今村さんと、一緒に映画を作ることになったきっかけは?

水間:プライベートで一度ご一緒したことはありましたが、仕事でご一緒するのは今回が初めてです。プロデューサーが、今村さんにオファーをして実現しました。

松野プロデューサー:今村さんの作品を撮影監督として拝見し、今まで見たことのない世界だと感じました。今村さんの眼と心が、撮影の瞬間に動いている、そのような映像を目の当たりにして胸がざわつき、それ以来、今村さんが撮影した作品を常に追いかけています。撮影監督である今村さんが、レンズを通して、役者の持っている力を演出するかのように映し出している。そんな今村さんが監督として映画を撮ったら、どんな世界が見えるのかという興味と、そしてシンプルに私自身がファンだったということから、今村さんにこの作品の監督をお願いしました。


■「台湾を舞台にしたこの作品の企画に興味。そろそろ新しいことをしてもいいかなと思った」(今村)

――――なるほど、松野プロデューサーから今村さんへの熱烈ラブコールがあったんですね。今村さんは、このタイミングでの監督デビューを元々考えていたのですか?

今村:監督をする気は全くなかったので、プロデューサーがオファーしてくださった時は「チャレンジャーだな」と思いました(笑)でも、色々なことをするのは好きですし、やったことがないことをやることに対するハードルは、自分の中では低いんです。そして何よりも、台湾を舞台にしたこの作品の企画に興味を持ちました。ちょうど、20代最後の年で、カメラマンになって数年経つので、そろそろ新しいことをしてもいいかなと思ってはいましたが、まさか監督をするとは(笑)プロデューサーの熱意に負けましたね。


――――脚本家や水間さんと共に脚本開発をされたそうですが、今村さんの中で外せなかったことはありましたか?

今村:どちらかといえば、最初の場所決めにこだわりましたね。 どういう場所で撮るかをまずロケハンし、高雄の海沿いにある燕の母が住んでいたところや、周りの道を調べて、その導線を脚本に当て書きしていく形でした。また、水間さんが実際に母親に言った言葉やエピソードを取り入れながら脚本が完成していきました。僕は最終的に映像としてどう映し出すかを考え、脚本を直したりもしました。


――――撮影をしながらの監督業はいかがでしたか?

今村:俳優が企画段階から参加して、一緒に脚本を作ることはなかなかないと思うので、脚本段階でしっかりと話し込み、イメージを共有している分、現場で話すことはほとんどなく、シーンの解釈を間違えることもない。「ここの気持ちは…」みたいなシーンの説明をする必要がなかったので、カメラを回しながら監督することができたのかもしれません。



■「監督脳で撮ると客観的な画になってしまったので、途中からカメラマンとして本番に臨んだ」(今村)

――――撮影面で今回新たに取り組んだことはありましたか?

今村:撮影面でいえば、いつもはもっと事前に撮影のイメージを考え、撮影時には考えていたことを全て忘れて臨むのが基本的なスタンスなのですが、今回はほとんど俳優と一緒に動きながら撮りました。場所などのイメージはありましたが、いわゆるお芝居のシーンはとりあえず、一連の芝居をしてもらい、こちらはそれを撮っていきました。“一緒に撮る”という感覚でしたが、逆に監督兼撮影だったので、それ以外はできなかったと思います。ある種、ドキュメントみたいな感じもありました。

最初は「監督」という脳で撮っていたのですが、そうすると撮った画が良くないのです。脳的には客観的なのに、視覚的にはモニターの中の狭い画になってしまう。カメラマンをやっている時には、視覚的には広いのですが、脳的には超主観的になっているのです。あまりにも真逆なので、途中から本番の時はカメラマンとして臨み、撮った素材をチェックしてから、監督として指示を出すという形にしました。今回は事前に俳優の皆さんと役の思いを共有することができたので、このやり方だからできたのだと思っています。


――――今回、台湾に母と渡って以来23年間音信不通の燕の兄、龍心役で山中さんが出演されていますが、キャスティングの経緯は?

今村:山中さんは、今まで何度か一緒に仕事をしたことがあります。今回は中国語をしゃべるというハードルの高い役で、現地に長年住んでいる人になりきらなくてはいけない。水間さんも、母親役の一青窈さんも、中国語を喋ることができ、ルーツが中国や台湾であったりする中で、この兄役は一番難しかったと思いますが、山中さんならできるのではないかと。中国語の勉強は、相当大変だったと思います。


――――カメラマンとして何度か仕事をした今村さんから見た、俳優、山中さんの魅力とは?

今村:まさに現地の人にしか見えなかったんです。やはりこの映画の中で長年台湾に住んでいる兄という存在を嘘にしてはいけなかった。それが成立したのは山中さんだったからだと思っています。



■「中国語習得のハードルの高さは、チャレンジしがいがあった」(山中)

――――山中さんは台湾ロケのみの参加で、現地オーディションで選ばれた男の子と親子としての芝居もありましたが、どのように役作りをしたのですか?

山中:まず言葉を習得することが自分の中では一番大きな作業でしたね。初めて中国語をしゃべりましたが、そのハードルの高さはすごくチャレンジしがいがあったので、いい機会をいただいたと思いました。ただ、脚本にはないアドリブの言葉は、やはり分からないんです。例えば、夜市のシーンで息子役の子が、「いただきますは?」と聞いたら「いただきます」と答えるはずだったのに、テンションが高まってしまって、「いただきますしな~い!」と答えたんです。そんなことを言われても、返事を返せないし、おいおいと思いながら笑ってごまかしたり。いかに喋らずに、子役の子と仲良く見せるかは気にしていましたね。



■「子ども時代の描写が本当に幸せそうなのは、今村さんの演出力」(山中)

――――本当の親子のように、自然な雰囲気が出ていましたよ。

山中:とにかく子役のお子さんが、めちゃくちゃ可愛かったです。今日、改めて映画を観ても、子どもがみんなすごく可愛く映っているので、それは今村さんの演出力であり、撮り方だと思いますね。母親役の一青窈さんと、燕、龍心の子役たちとの子ども時代の描写が本当に幸せそうで、それがあるからこそ、23年離れ離れの兄弟がこうなってしまうという落差が浮き彫りになっています。


――――実際に燕も龍心も、子ども時代の自分と交差するシーンがあります。映画的で、ある意味ファンタジーとも取れる印象深さを残しますね。

今村:脚本段階ではなかったのですが、現場でファンタジー的要素が全体的にあってもいいと感じましたし、子ども時代と現代が気持ち的にシンクロするとき、実際にそれぞれの時代を演じる俳優も一緒にその場で芝居をした方がいいのでないかと直感したのです。


――――23年ぶりに再会した兄弟の距離感がなかなか縮まらないところに、離れて暮らす家族の簡単には受け入れられない複雑な気持ちが現れていました。演じる上で、お互いにどんな気持ちで演じたのですか?

水間:僕は崇さんのことが大好きなんです。大好きなのに、嫌いな芝居をしなければならないことに、心が痛かったですね。

山中:僕は良かったですね。芝居に嘘がなかった(笑)


■「一青窈さんが台本に(自分たちの)写真を貼っていたと聞き、母親の愛を強く感じた」(水間)

――――一緒に演じるシーンはなかったそうですが、母親役の一青窈さんの存在をどのように感じて、自身の役を演じたのですか?

水間:一青窈さんが、台本の中に子役の燕、龍心の写真を貼っていて、それとは別に僕と崇さんの写真も貼っていたと聞いて、「この人がお母さんなんだ」とより母親の愛を深く感じました。


■「日本やアジアの文化をテーマに、初監督作を撮れて良かった」(今村)
 「母親に謝りたい気持ちをモチベーションに燕を演じ、上映を見てもらえて感無量」(水間)
 「言葉がわからなくても、作品を通して台湾人スタッフと分かり合える経験は大きかった」(山中)

――――最後に、日本初上映を一緒にご覧になっておられましたが、改めてこの作品の感想や、それぞれの役を演じた感想についてお聞かせください。

今村:きちんと劇場で見たのは今日が初めてですが、台湾のスタッフと一緒に撮影できましたし、日本やアジアの文化を題材に撮れたことは、すごく大きなことです。このテーマで初監督作を撮れて良かったです。アジアやその他の国の皆さんに、こういう文化があるとか、こういう思いがあるということ、また色々な目線で、この作品を見ていただければうれしいですね。

水間:この作品で子ども時代の燕が母親に言った「日本人のママが欲しかった」という言葉は、実際に僕が子ども時代に言った言葉で、そのことをすごく後悔し、謝りたいと思っていました。その気持ちを胸に燕を演じることが、企画段階から持っていたモチベーションだったのです。だから、日本初上映が地元の大阪というのはすごくうれしかったですし、母親も上映を見に来てくれたので、本当に感無量です。

山中:言葉はわからなくても、作品を作るということだけで、台湾人スタッフとも分かり合える部分があり、今回はそういう経験をさせてもらえたのが、僕にとって非常に大きかったです。『燕 Yan』を観るのは3回目ですが、今までで一番良かったです。演じている時は必死で、それどころではなかったけれど、距離を置いて改めて観ると、すごくいい座組みでしたし、今村さんに撮ってもらって、本当に幸せだったなと思いましたね。

(江口由美)



<作品情報>

『燕 Yan』“Yan”

2019年/日本/86分

監督・撮影:今村圭佑

出演:水間ロン、山中崇、一青窈、テイ龍進、平田満他

2020年6月5日(金)より新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、アップリンク渋谷、6月19日よりシネ・リーブル梅田、アップリンク京都、今夏元町映画館他全国順次ロードショー


映画「燕 Yan」|2020年6月5日(金)ロードショー

水間ロン早川燕 役「白鳥はかなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ」これは元々セリフとしてあった若山牧水の歌です。純粋なものほど何にも染まれず孤独で、主人公 燕もずっと漂っています。誰しもがそんな燕に共感できると思います。 燕という鳥は夏に日本に来て、冬に暖かい地方に飛んでいきます。この映画では台湾の高雄として描いています。僕自身も日本と中国、2つの家があり、そこに壁も境界線もありません。そういった思いでこの映画を見て頂けると幸いです。山中 崇林龍心 役翼が折れてしまった男 翼を休めている男 翼を探している男 いつの頃からか上手く飛ぶことを忘れてしまった、そんな男たちの物語。 想いは海をこえて監督・撮影今村圭佑今回初監督をやらせていただきました。 たくさんの作品を撮影監督として撮らせてもらってきましたが、このような形で映画づくりができるとは思いもよりませんでした。 この映画は大半を台湾の高雄というところで撮りました。 撮影現場で台湾と日本の両キャストスタッフが言葉も通じない中で一緒になって作品作りをしていく姿にこの映画の一端を見ました。 少しでも感じていただけたらいいなと思います。 宜しくお願いします。©2019「燕 Yan」製作委員会

映画「燕 Yan」