『ソン・ランの響き』ベトナム伝統芸能を織り交ぜ描く”魂の共鳴”

 

 影のあるワイルド系男子と、目鼻立ちの美しい男子。窓辺で思いを馳せる二人を結びつけたのは、カイルオンと呼ばれるベトナム大衆演劇だった。

 カイルオンは、南部民謡を取り入れたベトナム版オペラで、今は消えゆく運命にあるという。本作は、サイゴン(現ホーチミン)生まれで、カイルオンを愛してやまないというレオン・レ監督の長編初監督作。ベトナム芸能界随一の存在感を示すゴ・タイン・バンが本作のプロデュースを務めており、同じくプロデュース兼出演した『サイゴン・クチュール』と合わせて消えゆく文化、ファッションを映画に刻もうとする彼女の心意気が伺える。『サイゴン・クチュール』は世代を超えた女たちが大奮闘するファッションSFコメディーだったが、『ソン・ランの響き』は男同士のある意味運命のような魂の共鳴を、カイルオンの悲劇と並行しながら、実にしっとりと見せていく。まさに、主演の二人に引き込まれるのだ。


 取り立て屋をするヤクザのユン(リエン・ビン・ファット)は、暴力もいとわず、周りから“雷のユン兄貴”と恐れられる存在。カイルオンの劇場に出向き、借金返済に応じない団長の前で、舞台衣装にガソリンをかけて燃やそうとするが、若きスター俳優、リン・フン(アイザック)が止めに入り、自らの時計と金の鎖を一時払い用にと差し出す。受け取らずにその場を後にしたユンは、翌日、借金取り立てのため、幼い子供達の前で返済しない夫婦を恫喝したあと、再びカイルオンの劇場に訪れる。リン・フンの歌と演技に心を動かされたユンは、ある日食堂で酔っ払いに絡まれ、殴り合いになったリン・フンを助けるのだったが…。



 『さらば、わが愛/覇王別姫』の京劇シーンを思い起こさせるような、ベトナムのカイルオン。リン・フンが演じる「ミー・チャウ とチョン・トゥイー」も、戦に巻き込まれ引き裂かれる悲恋物語だ。ソン・ランというベトナム民族楽器(木鼓の一種)や、ダン・グエットと呼ばれる弦楽器の調べの中、伝統的な大衆芸能ならではの化粧に、艶やかな衣装を身にまとい、歌に乗せて役の気持ちを表現する。ユンが公演に足を運んだのは、最初は自分の父がダン・グエットを演奏するカイルオン奏者だったことも大きかっただろうが、多くを語らぬその瞳から、リン・フンの演技を見た時の衝撃が伝わってくる。今まで、忘れようとしてきた過去の扉が開く瞬間でもあった。


 この作品の中で印象的だったのが、停電した夜中に、二人が屋上で自らの過去を語り合うシーンだ。借金取りと借金を取り立てられる側。ついさっきまで真逆の立場だった二人が、誰にも語らなかった自らの過去、人知れず大事にしていることを語り合う。この人なら言えるという人に出会えたことが、無我夢中で日常を過ごしながらも、どこか満たされなかった二人ん心の灯をともしていくのだ。



 長らく弾いていなかったダン・グエットを取り出し、ソン・ランでリズムを取って伴奏を奏でるユンと、亡き父が記した歌をしっとりと歌っていくリン・フン。二人が奏でる響きが、お互いの心を満たしたに違いない。魂が共鳴する相手に出会った二人の未来が、絵に描いたような幸せになるかといえば、否だが、だからこそ深い余韻を残す。共鳴したからこそ自らの人生を見つめ直したユンのそれから。会いたいと思う人に会えない辛さを知ったソン・ランのそれから。愛を言葉にしなくても、その演技に思いが重なる様が、あまりにも美しく、そして切なかった。

 余談だが、ゴ・タイン・バンがプロデュース、主演を務めた『ハイ・フォン: ママは元ギャング』”Furie”(大阪アジアン映画祭2019でも上映)では裏社会での女性の暗躍ぶりが見て取れたが、本作も高利貸し屋の女性ボス、ズーが物語の思わぬ鍵を握っている。男性がメインの物語の中で、ズーがぐっとノワール感を醸し出すあたりにも、ゴ・タイン・バンの思惑を感じずにはいられなかった。