『在りし日の歌』非情な運命を受け止め生きる夫婦、30年の軌跡
寄せては帰す波のように、コツコツと働く市井の夫婦に、何度も人生の岐路が訪れる。それは80年代以降、激動の中国を生きてきた人たちの共通体験に違いない。さらに主人公のヤオジェン、リーユン夫妻は、何よりも大切な一人息子を水難事故で亡くし、消えない悲しみが二人の人生に大きな影を落とす。ワン・シャオシュアイ監督(『我らが愛にゆれる時』※三大映画祭週間2011にて上映)の最新作は、ヤオジェン、リーユン夫妻を中心に彼らの同僚夫妻やその子どもたちを交えながら、80年代から10年代に至る中国の改革・解放の30年を紐解く壮大なヒューマンドラマだ。第69回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で最優秀男優賞に輝いたとヤオジェン役のワン・ジンチュンと、最優秀女優賞に輝いたリーユン役のヨン・メイが体現する「ある中国人夫婦」の30年が訴えかけてくるものに、静かに心を寄せてみたい。
90年代、まだ小学生だった愛息子シンをある日突然、川での事故で失うところから始まる本作は、80年代、00年代と時代を行き来しながら、時代を行き来しながら、ヤオジェン、リーユン夫妻の運命や、その時彼らが下した選択を振り返っていく。その中で浮かび上がるのは、国家の政策に翻弄された庶民の苦しみと、その苦しみを乗り越えるのに家族同様の絆を結んでいた友人家族の存在だ。
ヤオジェン、リーユン夫妻の工場の同僚、インミン・ハイイエン夫妻には、シンと生年月日が同じ息子、ハオがおり、二家族は義兄弟の契りを結び、お互いの息子をまるで双子のように一緒に遊ばせ、育てていた。遠くの親戚よりも、近くの他人とはまさにこのことで、運命的な絆で結ばれていた二家族だが、計画生育事務局という、いわば第二子妊娠者を取り締まる部署だったハイイエンが、第二子を身ごもっていたリーユンに気付き、病院へ連行し、堕胎させてしまう。一人っ子政策下で行われていた出産制限の現実が生々しく映し出されるだけではない。手術のせいで子どもを産めない体になってしまったリーユンが、「超過出産がゼロになった。地域の手本になった」と工場労働者が集まる中、夫婦で無理やり表彰を受けさせられ、ハイイエンからは「湿っぽい顔はやめて。賞金も出るのよ」と促されるのだ。抜け道のない庶民、特に女性の心も体も痛めつける政策に抗うすべもなかった人たちの無念さが滲み出る。
さらに、表彰を受けた者は「手本を示せ」と、リストラリストの筆頭に載せられてしまう。工場を去り、息子を失い、絶望の中、それでもヤオジェン、リーユン夫妻は、ある決断をして、知り合いが誰もいない、言葉もわからないような小さな港町へ移っていく。90年代、都会では発展が目覚ましい時期で、早々に工場を辞めて不動産業に転じたインミン・ハイイエン夫妻は典型的な中国の勝ち組となるが、愚直なヤオジェン、リーユン夫妻は、お金よりももう一度息子を育てることを選んだのだ。
亡くなった息子と同じ名前をつけ、育ての親となった二人も、思春期にトラブルを起こした息子をうまく扱えず、家を飛び出したまま行方知れずになってしまう。帰ってこない息子への気持ちを抱えながら、「時間は止まった。あとはゆっくり老いていくだけ」と、粛々と日々を生きるリーユン。そんなリーユンに言えない秘密を抱えてしまうヤオジェン。30年にも及ぶ夫婦の間に起こる出来事は、国家のせいだけではなく、ある意味普遍的なものも内在する。それが、いまや頼る人は夫しかいないリーユンを追い詰めることになるのだから、運命は本当に残酷だ。そしてそれを乗り越えてこその”夫婦”だということも、静かに訴えかけてくる。
非情な運命と言いながらも、皆がある意味平等な状態であり、文化大革命のことを思い出として語れるようになった80年代は、登場人物たちにとって”古き良き時代”だったのかもしれない。お正月や祝いの場では皆で歌ったり、踊ったりという華やかなシーンも印象的だった。本作の中国語原題「地久天長」は、私たちが年末や卒業式でよく歌う「蛍の光」で、劇中でも何度か流れる。ヤオジェンは、文化大革命時、田舎に行く青年が二度と戻れないことを覚悟し、涙を流して歌った曲だと「地久天長」にまつわる思い出を語り、レクイエムのようなこの曲が、喜びや悲しみを重ね、実の息子の喪失という耐え難き出来事を乗り越えるために必要だった30年という時に、改めて区切りをつけるよう意味合いもあるのではと感じる。時が経ったからこそ告げられる真実、幾多の歴史を背負った人々の血が受け継がれていくことがやさしい光となり、長年手を携えてきたヤオジェン、リーユン夫妻に降り注ぐ時、心の底から二人に拍手を送りたくなった。
<作品情報>
『在りし日の歌』”SO LONG, MY SON”[地久天長]
(2019 中国 185分)
脚本・監督:ワン・シャオシュアイ
出演:ワン・ジンチュン、ヨン・メイ、アイ・リーヤー、チー・シー
5月29日(金)〜テアトル梅田、京都シネマ、6月5日(金)〜シネ・リーブル神戸他全国順次公開
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