『悲しみより、もっと悲しい物語』心の声に素直になることの難しさ


 もし自分の中に命の時限爆弾があったとすれば、その不安を抱えながら好きな人に愛を伝える勇気を持てるだろうか。仮にできたとしても、その先に明るい未来を描けないことがわかっているのに、自分の告白が相手の人生を変えてしまうことにはならないだろうか。そんな気持ちで過ごさざるを得なかった主人公、Kの気持ちに感情移入する一方、大きな愛くるしい瞳で、距離を近づけたいのにできないもどかしさを表現する同居人、クリームのいじらしさにもキュンとくる。

 本作は、2009年にヒットしたクォン・サンウ主演の韓国映画『悲しみより、もっと悲しい物語』の台湾版リメイクだが、2018年台湾国内映画興行収入第1位を記録しただけでなく、アジア圏でも大人気を巻き起こし、日本初上映で台湾ナイト上映作となった大阪アジアン映画祭2019ではもちろんチケット完売。多くの観客が涙した。韓国版とはまた違う、良質青春映画を産み続ける台湾映画ならではの爽やかさや、愛くるしいキャラクターを得て、難病ものだと分かっているのにもらい泣き。観る人の心を強く突き動かすのは、限りある命の時間の愛おしさ、そしてどんな時でも二人でいることの幸せさなのではないか。



 二人の出会いは高校時代。両親亡き後、一人で暮らすチャン(リウ・イーハオ)は、グラウンドで出会った自由奔放なソン(アイビー・チェン)に一目惚れ。両親が事故死し、孤独だったソンは、チャンに同居を提案する。チャンのことをKと名付け、自らをクリームと名乗ることにしたソン。そこからKとクリームの共同生活が始まった。大学、そして音楽プロデューサーの道をあゆむKと作詞家として奮闘するクリーム。今や家族のような存在の二人だったが、Kは恐れていた病気が再発してしまう…。




 長年二人で暮らしていながらも、一切男女の関係になることがなかったKとクリーム。それでも若い二人には結婚という二文字がちらつく。クリームが作詞を担当することになったポップアイドルのポニー(エマ・ウー)から、Kにヤキモチを焼かせるため別の男と付き合うことを提案されると、容姿端麗、歯科医で性格もいいヤンと出会い、結婚まで進むことに。自分の病気を隠し、クリームが自分以外の男性と結婚して幸せになることを望むKが、父親代わりとしてバージンロードを歩く。素晴らしいカップルのような二人が、Kはバージンロードを戻り、クリームはヤンに導かれていくその瞬間の二人の引き裂かれるような感情が切なくてたまらない。




 クリームをヤンに託すために、カメラマン、シンディの被写体となったKが、命の終わりに近づく自分と向き合い、自分の気持ちを見つめ直していくシーンは、実にストイックだ。そして、それだけで終わらないのが、この物語の泣かせどころ。お互いの思いやりは一見美しく見えても、結局自傷行為のように自分の心を深く傷つけていた。過去を回想するような形で、少し距離を置いて綴られることで、K本人はいなくなっても、後に残るものが伝わってくる。大阪アジアン映画祭2018の台湾ナイト上映作だった青春映画『私を月に連れてって』(帯我去月球/Take Me To the Moon)では眉上パッツン髪の初々しい高校生主人公を演じたリウ・イーハオが、クリームによって孤独から救われ、クリームを傷つけずに一人静かに去ろうとするKを好演。憂いのある佇まいがいい。



 一方、奔放で素直なクリームを愛くるしさいっぱいに演じたのは、大阪アジアン映画祭2010でエディ・ポンと共演した『聴説』や、『軍中楽園』では上官に結婚を迫られる慰安婦を熱演したアイビー・チェン。大きな瞳を一瞬で覆う、あふれんばかりの涙は、この映画を観る者全ての涙腺を刺激しているのではないか。明るさの裏に秘めた、クリームの声にならない思いを、その瞳で全て表現していた。結婚を意識する年齢の男女が織りなすラブストーリーは、難病ものならではの見せ場だけでなく、自分自身の心の声に素直になることの難しさを示していた気がする。それこそが、相手を思う証なのだけど。





<作品情報>

『悲しみより、もっと悲しい物語』[比悲傷更悲傷的故事]”More than Blue”

(2018 台湾 106分)

監督:ギャビン・リン  

出演:リウ・イーハオ、アイビー・チェン、アニー・チェン、ブライアン・チャン、エマ・ウー、A-Lin

4月3日(金)〜シネマート心斎橋、4月17日(金)〜出町座、5月9日(土)〜神戸アートビレッジセンター他全国順次ロードショー