「オンラインの〔仮設の映画館〕参入者、使用者が増えれば、映画界が生き残れる確率が高まる」 『精神0』想田和弘監督インタビュー(後編)


 『精神0』想田和弘監督インタビュー後編では、新型コロナウィルスの影響が拡大する中、本作と共にニューヨーク、ベルリン、そして今は東京で隔離状態の中リモートワークを続けている想田監督に、国の対応策について感じることや、先ごろ発表されたオンライン上の〔仮設の映画館〕立ち上げの経緯、コロナ後の映画界展望について伺ったお話をご紹介したい。

※『精神0』想田和弘監督インタビュー前編はコチラ ↓↓↓



―――想田監督は『精神0』は2月に行われたベルリン国際映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞し、ニューヨークに一旦戻られた後、3月下旬に本作のキャンペーンのため東京に入られています。その間、新型コロナウィルスによる様々な影響を受け、また上映に関しても様々な苦難を強いられることになりましたが、時系列でその時々に感じたことを教えていただけますか。

想田:ニューヨーク近代美術館(MoMA)で2月14日にワールドプレミア、2月下旬のベルリン国際映画祭でインターナショナルプレミアを行ったのですが、当時のニューヨークも、ヨーロッパも既に新型コロナウィルスの患者がいたはずなのですが、皆、本当に無防備でした。挨拶のキスやハグをするし、食事を食べに行けば大皿を皆でシェアするという、いつも通りの生活だったのです。一方、日本は既に自粛モードになっており、日本の映画館関係者からは「観客が半分になった」と聞きました。だから、なんだかんだ言って、日本は人々が対応するのが早かったのだと思います。僕たちがニューヨークに戻った頃から、急に事態が変わってロックダウンが起こったのですが、元々本作のプロモーションのため日本に戻る予定にしていたので、いつ日本から入国禁止が出るかとヒヤヒヤしました。入国禁止が発令される直前に日本へ戻れたのは良かったですが、その過程で本当に色々と思うことはありましたね。


―――日本の入国制限は比較的遅かったですが、その間、待機問題が起こりました。

想田:まずおかしいと思ったのが、入国制限が始まった後に帰ってきた人は全員2週間の自己隔離を要請される訳ですが、空港からホテルや自宅まで電車もタクシーも使えないのです。迎えに来てもらうか、レンタカーかという話ですが、無理な方も多いはずです。また自宅待機となれば、(ニューヨーク在住の)僕の場合は通常なら実家に滞在することが選択肢になりますが、高齢の両親がいますからとても危険です。もし両親に感染したら命に関わる。今は改善されているのかもしれませんが、少なくとも当初はそういうダメなことを要請されていたのです。今回は配給会社東風の助けもあり、僕らは一旦ホテルに滞在してから、今はアパートを借りて、そこにほぼ隔離状態でいることができていますが、そんなことは経済的に難しい人の方が多いと思います。そういう方が高齢者のいる実家に帰らざるを得ない場合もあるでしょう。政府が隔離のためのホテルを借り上げ、そこまでの交通手段を用意してくれるなら、皆、喜んでそういう場所に入ると思います。しかし実際にはそういう支援はありませんでしたから、水際作戦と言いながら、全く機能していませんね。


■「自分が感染しているかもしれない」ということを前提にして行動しないと危ない。

―――水際作戦と言いながら、自費負担でしたね。

想田:僕が危ないと思ったのは、「帰国者は感染している可能性が高いので隔離する」という施策が取られていましたが、実際には市中感染が起こり、帰国者を媒介としない感染が東京、大阪などの大都市ですでに広がっていた訳です。そういう状況で「感染源は帰国者だ」ということが過度に強調されてしまうと、市中感染には無防備になってしまう。でも本当は、帰国者だけでなく、大都市に暮らす全員が「自分も感染しているかもしれない」ということを前提にして行動しないと危ないのです。今回緊急事態宣言が出ている大都市の人は皆、そのような意識で、「うつさない、うつされない」という意識で行動しなければいけないはずです。日本政府のやり方は二重にも三重にもおかしいし、危ない。お店や映画館に自粛は要請するけれど、補償はしないという方針も、補償しなければ働かざるをえないので、感染リスクが高まります。人権の問題でもあると同時に、感染拡大を抑えるという戦略的な観点でも、非常におかしなことが、今行われているのです。




■「公開延期にしたら、映画館が死にます」配給と立ち上げたオンライン上の〔仮設の映画館〕で、予定通り公開(配信)するという選択。

―――映画館は自粛要請され、緊急事態宣言が発令された都道府県はもちろん、それ以外の県でも自主的に休館している映画館が多数あります。事態が長引けば、映画館が持ちこたえられない悲痛な状況にある中、『精神0』は〔仮設の映画館〕をオンライン上に作り、そこで公開予定の劇場を選び、自宅で観ることができる配信を5月2日(土)より行うことを発表しました。非常に画期的な試みだと思いますが、いつ頃から考えていたのですか?

想田:僕自身はかなり早い段階から公開を延期した方がいいのではないかと提案していました。やはり、3月になって観客がより減ってしまい、時には一桁の時もあるという状況下で映画を公開しても、それは公開したと言えるのか。また今は僕自身が積極的に「映画館に観に来てね」と言えない状況ですから、すごく葛藤があったのです。でも、配給の東風に延期を打診すると、「(延期にしたら)映画館が潰れちゃいます」とおっしゃるわけです。実際、4月に入って公開延期作が相次ぎ、慌てて旧作を掻き集めて上映するのですが、旧作ではなかなか観客も入らず、さらに経営に行き詰まってくる。そんなタイミングで『精神0』まで延期するなどと、私たちは映画館に言えません!と。

それを聞いてハッとしました。確かにこのままだと映画館は立ち行かなくなってしまいます。政府の補償がない中、映画館が生き残るためにはどうすればいいのか。その議論の中で、オンライン上の「仮設の映画館」で映画を配信し、収益は劇場公開時と同じように映画館に配分するやり方をすればいいのではないかというアイデアが出てきました。リアルで映画館に行く時に映画館を選ぶように、オンライン上でも普段通っている映画館や、ふるさと納税のように思い入れのある映画館を選べるようにしたらいいのではないかと。


―――実際にオンライン上の〔仮設の映画館〕には全国各地の映画館が多数ラインナップされていますが、映画館にとっても歓迎されている試みということですね。

想田:配信は映画館にとって普通は脅威となる存在ですから、抵抗感もあったと思います。でも、この時期、この状況下では仕方がないですよね。普通の配信ではなく、きちんと収入が各映画館に配分されるやり方なので、歓迎していただけたのではないかと思います。


■本当に利己的になるなら、利他的にならざるをえない。

―――観客目線で見ても、ただの配信ではなく、劇場を選べることで、観ようというモチベーションが高まります。

想田:僕が最初延期を申し出た時は、自分の作品のことだけを考えていたのですが、自分の作品だけを守ろうとしても、そんなことは不可能だと気づいたんです。映画館(ミニシアター)がなくなってしまうと、僕たちの発表の場が失われてしまう。結局、自分が生き残りたいと思うなら、みんなにも生き残ってもらう以外に方法はないのです。「本当に利己的になるなら、利他的にならざるをえない」、これは今回の新型コロナへの対応に対する全てに言えることです。政府がこれだけ支援をしないというのは、小さい店や映画館は潰れていいと思っているのでしょう。自分たちのことだけ考えての施策でしょうが、日本で中小零細企業に雇用されている人がどれだけいると思っているのか。それが人口の中でどれだけのパーセンテージを占めているのか。その人たちが皆、立ち行かなくなったら、日本も立ち行かなくなるはずです。いわゆる「上級国民」は自分を守れているつもりかもしれませんが、守れていません。身も蓋もない言い方で恐縮ですが、「下級国民」がいなくなってしまったら、上級国民はどこから養分を吸い上げるつもりなんでしょうか。不思議で仕方がないです。


■他の配給会社や映画館などが〔仮設の映画館〕に参入し、お金が回るようになれば、映画館が生き残れる確率は高くなる。

―――支えている層のことは全く見えていないのでしょうね。スカイプでのインタビュー、ありがとうございました。最後に、いつコロナ禍が収まるのか分かりませんが、コロナ後の映画界はどうなっていると思われますか?

想田:僕らがやろうとしている〔仮設の映画館〕が『精神0』1作品だけで終わってしまっては、映画界全体は生き残れません。今回の試みが上手くいき、他の配給会社や映画館など、皆が参入し、お金が回るようになれば、映画界が生き残れる確率は高くなるのではないでしょうか。積極的に取り入れてもらえればいいですね。


―――本当に世界の中でも前例のないような取り組みです。〔仮設の映画館〕での『精神0』がいいモデルケースとなり、後に続く作品が現れてほしいですね。

想田:「ミニシアター・エイド」など寄付も並行してやるべきだし、積極的に応援していますが、本当の意味でお金が回っていかないと、現在の状態が長期化すれば、映画館が生き残ることは難しくなっていきます。そういう意味では、お客さんが広く浅く、作品と劇場と配給会社を支えていく普段のお金の流れを温存しながら、なおかつオンラインに移行する「仮設の映画館」は、かなり持続可能性のある方法と言えるのではないでしょうか。


<作品情報>

『精神0』

(2020年 日本・アメリカ 128分)

監督:想田和弘 製作:柏木規与子

出演:山本昌知、山本芳子他

2020年5月2日(土)~シアター・イメージフォーラム、第七藝術劇場他、「仮設の映画館」にて全国同時配信。劇場にて全国順次公開(詳細は公式サイトにて)

公式サイト⇒https://www.seishin0.com/

仮設の映画館⇒http://www.temporary-cinema.jp/seishin0/

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