『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』全てを脱ぎ捨て、自分の壁を解き放つ
新型コロナ禍の今、ソーシャルディスタンスが世界的に推奨され、濃厚接触禁止のお触れが出ている。レジでの各種受け渡し時ですら、手渡しではなくトレイを介してがデフォルトの時代になった。業務的なものはそれで仕方がないのかもしれないが、本来なら握手する、ハイタッチする、ハグする、頭をなでる、キスする・・・とさまざまな日常的接触を介して、相手とのつながりを確認し、パワーをもらい、癒され、そして愛を感じていたはずなのに。
本作は、ルーマニア出身のアディナ・ピンティリエの初長編で、ベルリン国際映画祭 2018において金熊賞(最高賞)と最優秀新人作品賞のW受賞を果たしている。人間そのものを際立たせるシンプルなセットと、その生き方を刻み込んだ裸体をクローズアップするカメラワーク、そしてカメラで撮るという行為が相手に与える影響、撮る側に与える影響にまで迫るアプローチと、さまざまな登場人物たちの生き様を思慮深く捉えている。葛藤するヒロインと共に、自分を解放する術を模索し、親密なコミュニケーションが与える影響についても改めて考えてみたくなる。アートの匂いすら感じる、いまだかつてないカウンセリングムービーだ。
寝たきりの父の介護をするローラ(ローラ・ベンソン)が病院で目を留めたのは、患者同士がカウンセリングする姿。本作ではそこでローラが出会う、病により全身の毛がないトーマス(トーマス・レマルキス)、自由に四肢を動かせない車椅子のクリスチャン(クリスチャン・バイエルライン)らが、相手の顔を触るというある種特別な体験を重ねながらカウンセリングが行われる様子や、クリスチャン、トーマスへのインタビューの様子を映し出す。ローラが次第に愛情を抱くようになるトーマスも、思慮深いが故に自身の中に壁を作っていた。一方クリスチャンは「この体に感謝している。人生はそれを理解するための旅」で、障がいを持つことで苦しんでいるという言葉は嫌いだという。秘密のナイトクラブで、他のあまたな人たちと同様に、性の歓びを「奇跡の瞬間」と謳歌する姿も映し出され、周りや自分が持っているかもしれない身体障がい者へのイメージを見事に取り払う。日本でも劇映画の『37セカンド』や『パーフェクト・レボリューション』で、障がい者の性について描かれているが、クリスチャンは「セクシャルアート」と表現しているのが興味深い。秘密のナイトクラブでの体験が、ローラやトーマスの心の扉を開く、一つのきっかけにもなるのだ。
自分自身を見つめ直しながら、ローラがアプローチした中には、50歳で女性になったトランスジェンダー、ハンナ・ホフマンもいる。自身の半生をローラに明かしながら、距離感を縮め、性についても気楽に考えるように指南する。ローラと同世代のハンナの生き方や性への好奇心もまた、ローラの奥にある何かを突き動かすのだ。また声をあげて叫ぶことで、自身の中の抑圧された感情を吐き出すようなカウンセリングもあり、カウンセリングが必ずしも癒しではなく、心を動かすきっかけを与えるものでもあることを実感する。
カメラで撮ることの暴力性も度々ドキュメンタリーで指摘されることだが、ドキュメンタリー的要素も兼ね備えた本作では、それをあえて意識的に映し出し、撮影側のアディナ監督自身がフレームに入った姿も登場する。それだけではなく、被写体のハンナと監督の立場を逆転させ、ハンナから質問を受けることで、映画を撮ることが被写体に与える精神的負担を自ら実証しているかのようにも見えるのだ。
ローラが築いていた心の壁、トーマスが築いていた心の壁を、それぞれどのように解き放つのか。それは人それぞれだ。ただ一つ言えるのは、それができるのは自分しかいないということ。様々なマイノリティの人々にインタビューを重ね、その肌を至近距離で目にし、その生き方や考え方を聞いていると、人間本来の持つ美しさや可能性が立ち上がってくる。マイノリティの人たちに対するラベリングを消し去り、一人の人間としてその内面に触れる体験は、性的なものも含め、着込んでいた服を全て取り払うかのような開放感を与えてくれる。今一度、自分の心の声にじっと耳を済ませ、偏見のない目で他者をみつめる。リアルでの他者との交流がしにくい今だからこそ、そのベクトルを自分自身に向けてみる絶好の機会だ。そのきっかけを与えてくれる、今こそ観ていただきたい作品である。
<作品情報>
『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』”TOUCH ME NOT” R-18
(2018年 ルーマニア=ドイツ=チェコ=ブルガリア=フランス 125分)
監督・脚本・編集:アディナ・ピンティリエ
出演:ローラ・ベンソン、トーマス・レマルキス、クリスチャン・バイエルライン、グリット・ウーレマン、ハンナ・ホフマン、シーニー・ラブ、イルメナ・チチコワ、アディナ・ピンティリエ
配給:ニコニコフィルム
後援:在日ルーマニア大使館
公式HP:tmn-movie.com
6月6日(土)より「仮設の映画館」にてオンライン先行公開中
7月4日(土)よりシアターイメージフォーラム、シネ・ヌーヴォ、アップリンク京都他全国順次公開
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