『今宵、212号室で』ひと夜の大人ファンタジーが問う夫婦の愛


 これぞフランス、大人のラブファンタジーと膝を打ちたくなるような、チャーミングさとコミカルさが心地よい。コロナ禍で、一度立ち止まって色々なことを振り返る機会ができた人も多いのではないかと思うが、まさに何もしなければ否応なく続いていく夫婦の関係を振り返る作品とも言える。主演のマリアを演じるのは、マルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴの娘で、近日公開の『アンティークの祝祭』ではドヌーヴと母娘共演も果たすキアラ・マストロヤンニ。夫リシャール役には、キアラの元夫でミュージシャンとしても有名なバンジャマン・ビオレが扮し、これだけなら熟年に差し掛かる夫婦の危機を描いた作品になりそうなのだが、ここからがまさに奇想天外なのだ。




 大学教授のマリアは、指導している学生と付き合っていることが、リシャールにバレてしまうところから始まる物語。結婚生活を続けるのには火遊びも必要という持論を持つ妻と、浮気もせずに妻一筋の夫という日本とは逆パターンの設定に、思わずニヤリとさせられる。いたたまれずに、アパートを飛び出し向かったのは向かいのホテル。ただ一人になりたいだけだったのに、そこに、どこか見覚えのある若い美男子が現れる・・・。



 かつてはラブラブな時もあったはずなのに、すっかり記憶の彼方に消えてなかったことのようになっていた過去から現れた、25歳のリシャール。自然体でキュートな『アマンダと僕』のヴァンサン・ラコストが、20年後の妻マリアに説教したり、かと思えば抱き合ったり、深刻な夫婦の危機の物語がいい意味で調子を狂わされる。残酷な時の流れを感じずにはおられない一方、過去からの刺客のような存在や、両手に余るほどいる元カレなど、マリアのいる212号室は大渋滞。いや〜これもマリアが刻んできた歴史の一部なのだ。まさに元祖肉食女子、アッパレ!マリア演じるキアラが魅力的なので、この突拍子もない設定も案外説得力がある。

 


 途中からは、浮気を知ってもマリアを変わらず愛し続けようとするリシャールの知られざる過去の愛にも迫る。マリアの本能的な衝動を抑えられない人生と、そんなパワーのある彼女だからこそ惹かれ続けるリシャール。隠し事をしながらもそれなりに重ねてきた夫婦の年月は、無意識のうちに、もはや他人が入ることのできない特別な関係を形作っている。思わぬファンタジーが展開した「一人になりたかった夜」は、幾つになっても愛を追求し続けるいい年をした大人の夫婦のすれ違いの底にある、本当の気持ちを浮かび上がらせた。


 ちなみに、本作を彩る音楽も秀悦。国民的歌手、シャルル・アズナヴールの「Desormais / これからは」で幕が開き、様々なシャンソンや、懐かしいところではバリー・マニロウの「Could it be magic/恋はマジック」など、名曲の数々が不思議な魔法のかかったひと夜にしっとりと馴染んでいる。音楽配信サービスSpotifyのプレイリストで聴くことができるので、映画を観た後は、ぜひ音楽でその余韻に浸ってほしい。


<作品情報>

『今宵、212号室で』”Chambre 212 / On A Magical Night"

(2019  フランス・ルクセンブルク・ベルギー  87分)

監督・脚本:クリストフ・オノレ

出演:キアラ・マストロヤンニ ヴァンサン・ラコスト カミーユ・コッタン バンジャマン・ビオレ キャロル・ブーケ

配給:ビターズ・エンド 

6月19日(金)〜Bunkamuraル・シネマ、シネマカリテ、7月3日(金)〜テアトル梅田、京都シネマ、7月10日(金)〜シネ・リーブル神戸他全国順次公開。

※第72回カンヌ国際映画祭ある視点部門最優秀演技賞(キアラ・マストロヤンニ)受賞