「いろいろな顔を引き出してくれた作品、もっと映画をやりたいと思った」 渡辺いっけい、俳優人生と初主演作を語る〜映画『いつくしみふかき』インタビュー前編


   2019年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019で観客賞である「ゆうばりファンタランド大賞」の作品賞を受賞した、渡辺いっけい映画初主演作『いつくしみふかき』が、7月17日(金)よりイオンシネマりんくう泉南、7月24日(金)よりテアトル梅田、8月8日(土)より神戸アートビレッジセンター、順次、京都みなみ会館他全国順次公開される。




   監督は、テレビドラマの演出で活躍し、本作が長編映画初監督作品となる大山晃一郎。自身が作・演出を手がける劇団チキンハート所属俳優の遠山雄が友人の父の葬儀に参列した時に衝撃を受けたという実話を基に、人は変われるか、許せるか、また血の繋がりがもたらす悲劇など、様々な要素を含んだ圧巻のヒューマンドラマを紡ぎあげた。息子の進一を遠山自身が演じる他、村に突然現れ、あるトラブルから進一の出産と同時に行方をくらまし、他人を欺いて生き続ける父、広志を渡辺いっけいが演じ、不器用すぎる親子の物語を、時には暴力、時にはユーモアを交えながら、生々しく描いている。遠山の友人が実際に暮らしていた長野県飯田市を舞台に、重要な役割を果たす牧師役の金田明夫をはじめ、黒田勇樹、三浦浩一、眞島秀和、塚本高史らが思わぬシーンで登場するのも見所だ。


 キャンペーンで来阪した大阪出身の大山晃一郎監督と、主演の渡辺いっけいさんにお話を伺った。インタビュー前編では、渡辺いっけいさんの朝ドラ出演を含めた、俳優人生におけるターニングポイントや、本作への思いを中心にご紹介したい。


■嫌われてもいいからお客様に覚えてもらったら勝ち。演劇の世界でトンがり、頑張っていた朝ドラ以前。

――――渡辺さんはNHK朝ドラ「ひらり」でブレイクし、以来テレビや演劇の場を中心に活躍されていますが、まずは映画初主演作の『いつくしみふかき』と出会うまでのご自身のキャリアについて、そのターニングポイントを含めて教えていただけますか?

渡辺:僕が役者を志すきっかけになったのは、高校時代の文化祭でした。その時はなんのスキルも華もなかったので、すぐに上京するのではなく、きちんと役者になる勉強をしなければプロとして通用しないと思い、大阪芸術大学舞台芸術学科に入り演劇を学んだんです。また、在学中に劇団☆新感線に在籍し、鍛えられました。東京の劇団を辞めてから、26歳頃までプロデュース公演を渡り歩き、客演として出演し続けるのですが、その作品の演劇的な意図や深みは関係なく、「あいつ、誰だ?」と言わせたら勝ちだと思い、とにかく演技でアピールすることしか考えていない状態でしたね。当時は1年に6本ぐらい出演したので、奇跡的にアルバイトをせず演劇だけで食べていけたし、仕事も途切れなかった時代でした。


――――演劇の世界では20代にして一目置かれる存在だったんですね。

渡辺:その仕事の中には、野田秀樹さんが呼んでくれた公演もあり、メインメンバーはテレビで活躍している役者さんたちという中に僕が入れてもらうこともありました。チラシに名前や写真は載らないけれど、作品的には重要な役を担わせてもらい、仲本工事さんとコンビでやらせていただいた時はとてもうれしかった。その舞台では柴田理恵さんと「ロミオとジュリエット」のパロディのような芝居をしたのですが、全然柴田さんのリズムを考えず、自分のセリフの時、どうやったらお客さんにウケるかに重きを置いてやっていたら、柴田さんから「いっけいちゃん、全然私のことを見てくれてないよね」と。確かに全然見ていなかったし、コミュニケーションをしっかり取ろうとすらしていなかった。ベテランの俳優さんに飲み会の席で「お芝居っていうのは、みんなで作るものなんだよ」と優しく諭されても、頷きながら右から左へ流していたんです。嫌われてもいいからお客様に覚えてもらったら勝ちだとトリッキーに動いていると、当時主役の一人で、つかこうへいさんの劇団で鍛え上げた伝説の俳優、故三浦洋一さんだけは、僕のことをすごく面白がってくれた。とはいえ、今はあの時の自分が如何にダメだったかが、よく分かりますし、柴田さんにも、後年、その時のことは謝りました。


■「朝の顔ではないけれど、あえて朝に出したい」
芝居の世界に戻れないと腹をくくって飛び込んだテレビの世界。

渡辺:そのままずっと1年間頑張って様々な劇団の公演を渡り歩き、自分なりに評判を上げたつもりでいたのですが、一年後、また野田さんが呼んでくれた公演でも、やはりチラシに名前も写真も載らず、すごく悔しかった。その時期に朝ドラのオーディションが重なったんです。少し前の自分ならテレビドラマの仕事は断っていたでしょうが、わざわざNHKさんの方から事務所にオーディションを受けてほしいと声をかけてくれたので、受けない訳にはいかない。だから芝居の本番前にさらっと受けに行き、オーディションのエチュードを楽しんで帰ってきたら、そのうちに最終選考まで残ってしまったんです。さすがに当時の社長から、「受かったら芝居を断らなければいけないよ」と釘を刺されました。僕も芝居をしたかったので最終選考の時、「僕は朝の顔じゃないので、ヒロインの相手役には適さないし、そういうのをやる気もありません」と、今から思えばとんでもないことを言ってしまいました。すると、NHKのスタッフの方が「確かに朝の顔ではないと思いますが、その渡辺さんを、こちらはあえて朝に出したいんです」。それで心が決まり、次の日が芝居のポスター撮影というタイミングで、その芝居をドタキャンしました。演出の方からは直電話で「おめーもそういう奴だったのか!」と怒鳴られ、電話を切られた後、もう芝居の世界に戻れないから朝ドラの仕事をちゃんとやるしかないと腹をくくりましたね。

テレビの仕事は未経験でしたが、NHKのディレクターが映り方をはじめ、一から教えてくれ、授業料を払いたいぐらいでした。テレビは完成形を自分で見ることができるので、反省点を次の撮影では修正して活かすことができる。半年という長いスパンの中、それを繰り返すことで、様々な演技を試すこともでき、かけがえのない時間になりました。


■長く気持ちが停滞していた中、ようやく『いつくしみふかき』に出会うまで。

渡辺:演劇界ではとにかく動くタイプでしたが、テレビで同じことをすると、テレビの画面からはみ出てしまうし、スピードが速すぎて、普通に振り向いたつもりが、周りが驚くようなことになってしまう。朝ドラに出演して以降はわかりやすい演技や、抑えたスピード、抑えた動きをやり続けていました。30代は、自分の感覚のままセリフを言ってOKテイクが出るような、何かがピタリとはまっていた時期があったのですが、40代になってからだんだん気持ちが停滞していくようになってしまった。わかりやすいことを追求することのデメリットを感じ始めたのです。自分でもやっていることに飽きてくるし、オファーされる役も、今まで自分がやってきた中の何かに当てはまる。あまり自分自身に引き出しがないままやっていると、演じる役も似通ってきてしまい、楽しくないなと思った時期が長く続いた中で、ようやく出会ったのがこの『いつくしみふかき』でした。



■映画企画段階でのオファーを快諾。「短編を見せてもらい、これは力があるなと思った」(渡辺)

――――大山監督は本作が初長編ですが、まだ脚本もできていない時期に渡辺いっけいさんを主役としてオファーした理由は?

大山:渡辺いっけいさんとは様々なテレビドラマの現場ですれ違っていたのですが、とてもお忙しい方なので、実際にきちんとお話ができるようになったのは、いっけいさんがレギュラー出演されていた連続ドラマ「TEAM -警視庁特別犯罪捜査本部-」(2014)の時でした。ちょうどこの映画の企画を考えていた頃で、息子役は遠山さんというキャスティングは決まっていて、父親役をどうするかが一番のネックでした。まだ映画が実現するのか見えない中、いっけいさんが、僕と遠山さんが主宰する劇団チキンハートの芝居を観に来てくださったことがあったんです。打ち上げの席で、いっけいさんに思い切って企画の話をすると、「やろう」と言ってくださいました。当時いっけいさんが事務所を変わるタイミングでもあったので、10日間という撮影日程面も見事にクリアできたんです。

渡辺: W主役の遠山君が、「TEAM」に1話だけ、チンピラ役でちらっと出演した時、誰だろうと思うぐらい面白い子だったので、思わず助監督の大山君に「あの子、面白いね」と聞いたら、大山君は嬉しそうに「うちの劇団の子なんです」と。それもあって、劇団チキンハートの芝居を観に行きましたね。さらに、芝居に行った翌週、大山君が遠山君主演で撮った短編『ほるもん』を見せてくれたら、ラストに長回しの仕掛けがあり、工夫して撮って、面白かった。これは力があるなと思ったんです。だから、台本はなかったけれど初長編への参加に迷いは全然なかったです。


■台本に書いてあることはあまり気にせず、各出演者同じぐらいのディスカッションを行なう(大山)

――――広志は、なかなかのクズっぷりですが、今までにこのようなタイプの人間を演じたことはあったのですか?

渡辺:ないですね。台本を読んでもいくつか分からないところもあり、質問をしたこともありましたが、推敲を重ねた最終稿を読んでもまだ分からない部分がありました。そこはもう監督に任せるしかないと思い、現場で分からないことを聞こうと決めてロケ地の長野に入りましたね。

大山:僕自身、台本に書いてあることをあまり気にしないですし、僕が間違っていたと直すこともありました。今思えば、各シーンで相談タイムも多かったですね。親子のシーンは結構しっかり台本に書き込んでいますが、その周りの登場人物たちも登場シーンは少ないだけで、それぞれがしっかりと繋がっているんです。だから労力としては各出演者同じぐらいのディスカッションを行い、そうなる背景にはこんな出来事があったということを伝えていました。



■いろいろな顔を引き出してくれた『いつくしみふかき』。もっと映画をやっていきたいと素直に思った(渡辺)

――――今回広志を演じたことで、自身の中での気づきや、今後の役者人生で「もっとこんなことを」というような欲が出てきたりしたのでしょうか?

渡辺:試写会で初めて自分の演技を見た時、「こんな表情で画面に映ることは、今までなかったな」と思うぐらい、いろいろな顔を引き出して下さっていることに、まずは驚きました。手応えのある芝居をしていると自分では思っていなくても、周りからは「本当にいっけいさんですか?」という反応が多く寄せられ、そこがまず新鮮でしたね。

テレビの仕事をして久しいのですが、ドラマでは「こういう風に映るな」ということが自分でもある程度わかっていて撮られるので、「新鮮な自分」を見ることはあまりなく、それが閉塞感につながっていました。そういう意味では、『いつくしみふかき』はわかりやすい台本ではないし、不特定多数の人、誰もがわかる作品でもない。でもそんな作品に携わることに役者としての喜びを感じましたし、自分に足りなかったパーツが映画の世界にありました。だから、主役でなくていいので、もっと映画をやっていきたいと素直に思っています。この作品を見て「渡辺いっけい、ちょっといいな。自分の作品で使ってみたい」と思うクリエイターが現れてくれたら嬉しいですね。口だけで「映画をやりたい」と言うのではなく、今回きちんと作品を撮ってもらったのは、本当に大きかったです。

(江口由美)

尖った親子物語に自身の体験を滲ませて。大山晃一郎監督、初長編を語る〜映画『いつくしみふかき』インタビュー後編コチラ