尖った親子物語に自身の体験を滲ませて。大山晃一郎監督、初長編を語る〜映画『いつくしみふかき』インタビュー後編
『いつくしみふかき』インタビュー後編では、進一、広志親子のキャラクター造詣や、ご自身の父親との体験を反映させたシーンについて、さらに主題歌、挿入歌を担当したタテタカコさんについてのお話をご紹介したい。(インタビュー前編は以下よりご覧いただけます)
■広志が獣から人間らしさを取り戻すまでの物語(大山)
――――広志はどうしようもない男ですが、一番助けを求めているのは彼自身ではないかと思わずにはいられませんでした。
大山:この作品は遠山雄さん演じる息子、進一の成長物語ですが、それと並行して広志の成長物語で、一匹の獣のような男が、最後は情けない顔をして「生きたい」と吐露するまでの物語です。現場ではいっけいさんと二人で、広志が獣から人間らしさを取り戻すまでのどの地点にいるのかを確認しながら進めていきました。
――――渡辺さんは、遠山さんと事前に打ち合わせをして演技するというよりは、現場で進一の動きにリアルに反応するような感じだったのですか?
渡辺:遠山さんとは、以前ドラマで少しだけですがご一緒したことがあり、彼のポテンシャルの高さを分かっていたので、余計な心配は全くなかったです。遠山君と「ここをどうしようか」という話は一度もしなかったけれど、ジャズのように、その場の演技を楽しんでやっていました。ご覧になったお客様がツイートで「異種格闘技のよう」と書かれていたのですが、それぞれ演技のアプローチが違うという点をうまく言い得ているなと思いました。
――――スーパーの買い物シーンは、コミカルさの中に二人のキャラクターの対比が鮮やかに浮かび上がる名シーンです。
渡辺:トイレットペーパーのシーンは10テイクはやりましたね。撮影2日目でしたが、「このシーンに、こんなにこだわるのか」と身が引き締まりました。やっているときはピンと来ませんでしたが、細かい修正を重ね、出来上がったOKシーンを見て、監督の意図が分かりましたね。
大山:あのシーンは音楽のようなイメージで、進一と広志がゆるやかにお互いを押すようなやり取りをしながら、最後には「もういいや」となるまでの一連の流れを目指したんです。それが途中で一瞬プツッと切れてしまったり、リズム感が失われると、もう1テイクとなっていましたね。僕の父親がなぜかダブルのトイレットペーパーにこだわりがあり、シングルを買って帰ったらすごく怒られたという経験を反映させたシーンなので、それもあって、すごくこだわりました。この映画の親子関係はかなり尖っていて、実際にあそこまでの親子関係はないと思いますが、その中でも少しは「うちでもこんなことがあるな」という部分があるのではないでしょうか。海外映画祭で上映した時も、ダメおやじの息子の気持ちが伝わったのか、共感していただきましたね。
■この作品の魅力は、リアルなエピソードと監督の父親との思い出が入った、妙に生っぽいところ(渡辺)
――――迷える子羊のような、顔を合わせたこともない親子の出会いの場所でもある教会が非常に大きな役割を果たしていますが、教会シーンを描こうとした経緯は?
大山:実際のモデルである親子二人ともクリスチャンだったんです。他にも飯田弁やリニアや村など、実際に二人が身を置いていた環境をそのまま映画に取り入れました。『いつくしみふかき』というタイトルの割に、一番いつくしみふかくない二人の話になっていますし、登場する牧師も聖人っぽい人ではなく、俗っぽい部分を合わせもっています。実はそれもモデルとなる牧師の方からインスピレーションを得たものです。金田明夫さんが演じる牧師は、結果的に父子がしんどくなるような選択を強いります。しかもその結果、いい風に導くわけでもない。親子で実際にぶつかり合うことは、普段なかなかできない分、それが残酷なことであっても仕向けていく。そんな役割をしています。
渡辺:遠山君は、実際に進一役のモデルになった友人の葬儀に参列し、「いつくしみふかき」の賛美歌も歌っているし、「とんでもない親父でした」という弔辞も聞いている。だからセミドキュメンタリーのようでもあります。この映画の魅力の一つは、それらのリアルなエピソードや監督である大山君の個人的な父親との思い出が入り、妙に生っぽいところではないでしょうか。
大山:実際の葬儀では、息子は弔辞の途中で泣きすぎて読めなくなってしまったそうですが、遠山君はそういう芝居は選ばなかった。中盤、地下駐車場でのシーンで初めて進一がグチャグチャになった後は、感情が爆発するというよりは、そうではない複雑な思いを抱くようになっていたのだと思います。だから、ラストの進一の様々な仕草にそれらを乗り越えた何かが見いだせるのではないでしょうか。
■飯田弁は、柔らかい言葉の中にある深みや奥行きが感じられる(大山)
――――長野県飯田市が舞台で、登場人物の皆さんが飯田弁を話しています。地方ロケをしても登場人物が話すのは標準語というケースが多い中、飯田弁の醸し出す雰囲気が、より生っぽさをもたらしたのでは?
渡辺:飯田市には飯田線というローカル線が走っていて、その終点が愛知県豊橋市。僕は愛知県豊川市生まれで沿線民だったので飯田線に慣れ親しんでいたし、県をまたいでいますが、電車で行き来がある文化なので、方言はほとんど一緒でした。だから、そのニュアンスを出しやすかったですね。
大山:進一の伯父ヨシタカ役の小林英樹さんが飯田市出身ということで方言指導にも入ってくださいました。やはり飯田弁だからこの映画になったという気がしますね。例えば「お前が嫌いだ」というセリフは、「お前さんが嫌いなんだに」となるので、柔らかい言葉の中にある深みや奥行きが感じられます。
渡辺:進一に向かってヨシタカが「この村から出て行ってくれんかね」というセリフも、僕は最初、コバちゃん(小林さん)の言い方が優しすぎるんじゃないかと思ったけれど、お客様から「あの伯父さんが一番怖いですね」と感想をいただき、色々な見方があるなと実感しました。
――――確かにヨシタカは、過疎地特有の排他感情が露わになっているキャラクターでしたね。冒頭をはじめ、作品中に挿入される自然豊かな風景の数々は、物語が壮絶な一方、旅情を誘います。
渡辺:やはり撮影地の方々にご寄付いただいて撮影する場合は、これを紹介してほしいという声があると取り入れざるを得ず、出来上がったものが町の紹介映画になりがちだという話を知り合いの映画制作者から聞き、僕も少し心配していました。でも、大山監督は、村の行事や祭り、公共事業などを取り入れる一方、変に撮影地の人に気を遣いすぎることなく、自分が撮りたいものを撮り切っているので、大したものだなと思いました。
大山:理想はこの映画を観て、「どこだろう、ここは?」と思ってもらい、能動的に飯田市であることを探して、アクセスして行ってもらえたらうれしいですね。
■なんとなしに話したことが、実は心の糧になっている。そういうのが好きなんです(大山)
――――産まれながらにして家族から色眼鏡で見られる辛い境遇の進一のキャラクター作りはどのような考えで行なっていったのですか?
大山:僕もそうですが、大なり小なり、ちょっと他の人と違う環境で育つということは現実によくあることだと思います。結局そこに自分の問題が加わるので、100%周りが悪いとは言い切れることはまずない。でも進一は、100%周りのせいで、自分は幸せになれないと思っている子どもだった。それが少しずつ変わっていくという成長を見せていきました。通常なら親子間には信頼関係があるところですが、広志は裏切ることに麻痺して信じることができないし、進一も信じるということをしたことがない。そんな「信じる」ことを考えたこともなかった二人が、最後はなんとなしにある一つの目標を持とうとする。人には恥ずかしくて言えないけれど、なんとなしに話したことが、実は心の糧になっていることってあると思うんです。そういうのが僕は好きなんですよね。
――――以前から面白い役者だと感じておられた大山さんと共演しての感想は?
渡辺:後半、街中で偶然再会した進一と喫茶店でお茶をするシーンがあります。静かなシーンなのですが、すごく印象に残っていますね。広志は不機嫌で、早く帰りたがっている。でも本当は、居心地は悪くないんです。説明しづらいのですが、感覚としてすごく体に残っているし、役者としてとても楽しめたシーンです。広志のアマノジャクなところは、結構自分に似ているなと思いましたし、実は映画には描かれていない裏設定もあるんですよ。
大山:あのシーンこそ、完全に僕と父親が某ファーストフード店で再会したリアルなエピソードです。現場で感じたのは、いい作品を作ろうと気持ちのあるスタッフもキャストが集まると、作品が目に見えて良くなっていくということ。台本というただの紙切れが、美術や照明も含め、どんどんと進化していくのを現場で痛感しました。撮影が終わってからも効果音や音楽がどんどん進化していくのが見え、自分が撮っている作品なの?とみまがうほどでした。皆でそこにいる空間が映画であり、その場の空気が楽しかったですね。
――――音楽ではタテタカコさんによる主題歌、挿入歌が、神聖さの中に一本の芯が貫くような力強さがあり、圧巻でした。オファーの経緯は?
大山:タテさんは舞台となった長野県飯田市のご出身で、是枝裕和監督の『誰も知らない』主題歌をはじめ、映画の音楽も手がけてらっしゃるシンガーソングライターです。ご縁があり、最初は「いつくしみふかき」の賛美歌をタテさん歌ってもらいたいとオファーして、一旦撮影したものをつないだラフ編集のものをお送りし、埼玉で行われたタテさんのライブにスタッフと伺ったのです。するとそのライブが凄くて、僕も興奮が収まらず、ライブ後にタテさんに「賛美歌を歌ったらいいんですね?」と聞かれた時、感極まって「違います!映画を観て、タテさんの感じたままを歌ってください!」と言ってしまって…。タテさんも最初驚かれていましたが、その後送ってくださったラフの曲が6〜7曲もあり、今度は僕が驚くと、「誰か止めないと、私止まらなくって…」と。最初に送ってくださった曲が映画の主題歌「いつくしみふかき」で、もう1曲僕の好きな「もぐら」という曲を挿入歌に使わせていただきました。
――――ありがとうございました。最後に、これからご覧になる皆さんにメッセージをお願いします。
大山:僕は大阪出身なので、自分の育った町で自分の映画がかかるというのはとても感慨深いです。僕もなるべく時間を見つけて来ますので、大阪の空気の中で、ぜひこの映画を観ていただきたいと思います。
渡辺:100人観たら、100通りの捉え方がある。皆、引っかかるところが違うような気がします。一言では説明しづらい映画ですが、確実に僕を変えてくれた映画だと思いますので、ぜひ映画館で体感していただきたいですね。
(江口由美)
<作品情報>
『いつくしみふかき』
(2019年 日本 109分)
監督・脚本:大山晃一郎
出演:渡辺いっけい、遠山雄、金田明夫、平栗あつみ、榎本桜、小林英樹、こいけけいこ、のーでぃ、黒田勇樹、三浦浩一、眞島秀和、塚本高史
主題歌:タテタカコ「いつくしみふかき」
7月17日(金)よりイオンシネマりんくう泉南、7月24日(金)よりテアトル梅田、8月8日(土)より神戸アートビレッジセンター、順次、京都みなみ会館他全国順次公開
(C)『いつくしみふかき』製作委員会
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