『バルーン 奇蹟の脱出飛行』自由を求めた東独一家、命がけの挑戦
ベルリンの壁がまだあった時代の社会主義国、東ドイツでは、自由を求めて西ドイツへの脱出を企てる人が後をたたなかった。だが、彼らのほとんどは、国境を警備する秘密警察の手にかかり、捕まったり、その場で射殺されていたのだ。命がけとは決して大げさではなく、失敗すればその場で殺されるか、もしくは生きて捕まっても、親は刑務所に入れられ、子どもは施設に送られ、一家離散状態となってしまう。東ドイツ建国30周年を目前にした1979年、東ドイツ、テューリンゲン州の小都市ペスネックが舞台の本作は、歴史から、改めて自由を制限される中で生きることの息苦しさや、そのような国家に一度なってしまうと、自由を求めることがいかに困難かも教えてくれる。
実話を基にした本作、電気技師のペーターと気球の設計者グンダー、そしてその家族たちの物語だが、一番驚いたのは、いきなり”失敗”してしまうことだ。周りに気づかれないように長い間準備を進めてきた手作り気球による脱出プロジェジュトなのに、怪我がなかったことは幸いとはいえ、西ドイツの国境にあとわずか数百メートルというところで、落下してしまう。しかも落下した気球本体を回収せず、とにかくその場を離れて、疑われないように日常生活に戻ることを優先したものだから、秘密警察シュタージがその威厳をかけて、全力で捜査をするのは明白だ。特にシュタージのザイデル中佐はその陣頭指揮に立ち、落下地点から離陸地点の予測や、回収した気球の縫い方からミシンまで特定するなど、どんどんペーター一家は追い詰められていく。
でも彼らは諦めない。一度だめで挫けるようでは、そもそも脱出などできないのだ。大きなハンデを背負いながら、もう一度、今度は落下しないで、しかも2家族が乗れるサイズの気球をグンダーと再び作ることを決意する。今のように監視カメラはなくても、人の監視や、市民に紛れたシュタージの追跡に晒されながら、捕まるまでに再チャレンジする過程が実にスリリングに描かれ、最後の最後まで、目が離せない。これだけマークされながら、あんなに大きな気球を手作りし、しかも子どもたちまで乗せて国境を超えることは普通考えたら無謀の一言だが、それを目の当たりにすると、また違った感情が押し寄せるのだ。
本作はすでに原作本をもとに80年代ディズニーにより映画化、伝記の権利ごと原作者からディズニーに売却されていたため、映画化の権利を取る段階で企画が頓挫しそうになったそうだが、本作のミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督が、巨匠ローランド・エメリッヒ監督に映画化の思いを伝えたところ、ディズニー側と話ができるように取り持ってくれたという。香港の一国二制度が形骸化する国家安全維持法成立が、香港市民に暗い影を落とし、世界中がどんどん監視社会に蝕まれていく今、ミヒャエル監督が信念を持って現代に蘇らせたこの作品から、改めて自由の尊さ、それが奪われた生活の恐ろしさに触れてほしい。
<作品情報>
『バルーン 奇蹟の脱出飛行』”BALLOON”
(2018年 ドイツ 125分)
監督:ミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ
出演:フリードリヒ・ミュッケ、カロリーヌ・シュッヘ、デヴィッド・クロス、アリシア・フォン・リットベルク、トーマス・クレッチマン
2020年7月10日より全国ロードショー
(C) 2018 HERBX FILM GMBH, STUDIOCANAL FILM GMBH AND SEVENPICTURES FILM GMBH
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