「メディアがチェック機能を果たすのが基本中の基本。注目されること自体、今の日本を物語る」『はりぼて』五百旗頭幸男監督インタビュー前編


 2016年8月、平成に開局した若いローカル局「チューリップテレビ」のニュース番組がスクープ報道をした自民党の重鎮市議の政務活動費不正受給問題に端を発し、半年の間に14人の議員が辞職していった。それから4年が経ち、「全国一厳しい」と呼ばれる政務活動費の運用指針を定めた条例の成立や、議会改革が行われる一方、不正が発覚しても辞職せず居座り、何も変わらない市議会の姿は、まさに中央政治の縮図そのものだ。

 2016年12月にチューリップテレビで放映され大反響を呼んだドキュメンタリー「はりぼて〜腐敗議会と記者たちの攻防〜」とそれから4年間の取材をもとに、地方から現代日本の政治、そしてメディアや市民に大きな問いを投げかけるドキュメンタリー映画『はりぼて』が、8月22日(土)より第七藝術劇場、9月より京都みなみ会館、今秋より元町映画館他全国順次公開される。



 監督は、報道キャスターとして現地取材をしながら、日々ニュースを報じ続けた五百旗頭幸男と、富山市政記者として地道な調査及び裏取り取材を重ね、慢性化した腐敗の一角を切り崩した砂沢智史。記者の取材に見せた余裕の表情が、謝罪会見の苦悩の表情に変わり、辞職ドミノにいたっては呆れるばかりだが、そこに見えるのは人間の弱さや慢心であり、我々の無関心さが生んだ結果をまざまざと見せつけられる。それだけではなく、見事な成果を生んだと思っていたメディア側のほころびも静かに浮かび上がるのだ。

 本作の五百旗頭幸男監督にお話を伺った。前編では富山市議たちの不正を究明した取材の裏側や、テレビドキュメンタリー「はりぼて〜腐敗議会と記者たちの攻防〜」についてお話を伺った。



■メディアだけれど弱い立場だった最後発のチューリップテレビ。「弱者の視点で取材することができた」

――――同業他社がテレビのいい時代を知っている、ある意味変わりたくても変われない風土がある中、チューリップテレビのような新興勢力は、また違う社風があるのでは?

五百旗頭:封建社会的な風土は全くありませんでしたし、比較的やりたいことを何でもやらせてもらえる会社だったので、今回のような思い切ったこともできたと思います。メディア自体が権力と化している中、僕らは最後発だったので、常に弱者でバカにされてきましたし、自分たちが強いと思ったことは一度もなかったんです。メディアだけれど弱い立場だったので、ある意味弱者の視点で取材することができた。それは良かったと思います。

2016年の調査報道で色々な賞をもらいましたが、それまで主に中央のメディアの振る舞いを見ていて、そうはなりたくないと思っていたので…。


――――こうはなりたくないとは?

五百旗頭:例えば番組の作り方でも手前味噌で、うちがやったとアピールしたがるのですが、視聴者から見れば興ざめですよね。また富山で事件が起こると全国紙は本社から助っ人の記者が取材に来ます。例えば2011年に起きたえびす食中毒事件には、問題を起こした企業の記者会見に全国から取材が来たのですが、まだ容疑者と決まった訳でもないのに、記者たちがヤジを飛ばしたり、質問の仕方が横柄だったりすると「こうなりたくはない」と思いました。助っ人の記者が皆そうではありませんが、不遜な態度で荒らすだけ荒らして帰る記者もいるわけです。でも、ぼくたち地元のメディアは引き続きこの地で取材を続ける訳で、同じメディアとして括られ、取材を拒否されることもありました。そういう他のメディアの振る舞いを散々見てきたので、自分たちの取材で結果が出ても、今までの姿勢を変えてはいけないと気を引き締めていました。



■県外出身者の報道局長が背中を押し、大物市議による不正究明調査が本格的に動き出す。

――――チューリップテレビの中に取材チームを作り、中でもコアメンバーが時間もコストもかかる非常に地道な検証作業を積み重ねていますが、チーム編成や取材を続行する決断の時について教えてください。

五百旗頭:領収書を徹底的に調べ、富山市議たちの不正究明の調査にあたったのは砂沢と、当時デスクだった宮城です。領収書が9000枚ほどあり、コピーをすると十万円以上になるので、最初はどうしようという雰囲気が流れたのですが、本作のプロデューサーで当時は報道局長だった服部が「気にするな、思い切ってやれ」と背中を押したので、一気に動きました。砂沢も宮城も富山県民で、やはり地元には自民党の関係者がいれば、地元ならではのしがらみも、もちろんある。自民党会派である市議の不正を報道することで、報復などがあるのではないかという不安があったようですが、服部は青森から来た人間ですから、そんなことは気にしなかった。僕も兵庫出身ですし、地方の報道の場で、地元出身者と県外出身者がほどよく混じることは、必要なのだと感じました。


――――五百旗頭さんは兵庫県(阪神地区)から、富山のチューリップテレビで取材をするようになり、地域の特色をどのように感じていたのですか?

五百旗頭:市議会の緊張感が本当にない。その緊張感のなさは、当局と議会が手を結んでしまっているところから来ているのです。当局側の市長も自民党会派のドンである中川議員を押さえておけば良かった。持ちつ持たれつの関係でこうなっているのだろうなということが、確たる証拠はなくても容易に見える状況でした。



■共同監督、砂沢さんの「どんな相手にも敬意を払い、決して見下したりしない取材姿勢」に学ぶことが多かった。

――――地道な不正究明調査の中心として尽力し、本作の共同監督でもある砂沢さんについて教えてください。

五百旗頭:砂沢とは同期で、2003年に入社してから2年間同じ営業だったんです。本当に表裏のない人で、最初の飲み会でいきなり「五百旗頭だけには負けたくない」と言われ、当時は大嫌いでした(笑)。でも全然頓着しないで遊びに誘ってくるし、僕が食中毒で寝込んだ時は差し入れしてくれ、そういうことが積み重なって砂沢のことを理解できるようになりました。今は家族ぐるみの付き合いですし、100%信頼できる友人です。

今回一緒に取材する中で学んだのは、僕は取材をする中で冷静でいようと意識してもつい感情的になったり、強い言葉が出てしまうのですが、砂沢はひたすら淡々と物腰柔らかく質問するのです。相手は砂沢に対して警戒していないのだけど、よく聞くとなかなかシビアなことを質問していて、いつの間にか刺されるみたいな感じですね。メディアは横柄になってしまいがちですが、彼はずっと同じテンションで、きちんと質問するのです。その根本にはどんな相手にも敬意を払い、決して見下したりしない。疑惑が生じている人であっても、取材に応じてもらっているわけですから、敬意をもって聞こうとするので、相手もつい語ってしまうのではないでしょうか。


■一言でコミュニケーションを遮断する話法は新聞なら記事にならないが、テレビならその姿を撮り続け、顔色の変化を見せることができる。

――――富山市の森市長は、五百旗頭さんや砂沢さんがマイクを向けて意見を求めても、「コメントすべき立場ではない」と一点突破するシーンが散見されましたが。

五百旗頭:森市長は全国で初めて次世代型の路面電車ライトレールを導入し、注目されている人です。頭が良く、人気もあるのですが、その一方狡猾な面もあり、都合が悪いと制度論を盾にとり、逃げようとする。映画の中ではエッセンス的なシーンで、色々な想像を喚起させると思います。僕は、望月記者の質問に「それは分かりません」と一言でコミュニケーションを遮断する菅官房長官を連想しました。権力側からすると最強の話法で、新聞はそれをされると記事にもならないけれど、僕らはテレビなのでその姿を撮り続け、質問も含めて相手の顔色の変化を見せることができる。そこに本質が詰まっているんです。僕らは映像メディアですから、今回は対市長、対議員でマイクを向けて質問を投げかけた時の表情を全編に渡って、徹底的に見せています。


――――本当に徹底的でしたし、テレビの報道チームがここまで粘って取材し、警察でも見逃しているような不正を暴くことができるのだということに驚きました。またキャスターの五百旗頭さん自ら取材現場で、厚顔の議員たちに鋭い質問をしっかりとし続けておられ、日頃テレビであまり見ることのないキャスターの姿だと衝撃を覚えました。

五百旗頭:アナウンサー試験を受けて入社したのですが、途中から報道番組を制作する方が面白くなってきました。僕の場合はいわゆるアナウンサーではなく、記者キャスターなんです。ただキャスターは取材をせずにスタジオでしゃべるだけでは、言葉に重みが出ないと思っています。


――――砂沢さん、宮城さん主導で中川議員の不正を暴いた後、五百旗頭さんはどの辺りから取材チーム活動を本格化させたのですか?

五百旗頭:議員報酬引き上げの時は結構取材をしていました。2016年4月にキャスターになったのですが、その後政務活動費問題が火を噴いていた時、富山大空襲の番組制作に携わっていたため、ニュースで報道はしていましたが、取材時間はあまり取れなかったんです。番組がひと段落した10月に、今まで取材してきた市議たちの不正問題を番組にしなければということで、当時の上司から声がかかり、ディレクターを担当することになりました。



■ニュースには出てこない記者と議員の化学反応を使って、人間の複雑さを描く。

――――ディレクターということは、編集などもされたのですね。

五百旗頭:初めて自分が行っていないものも含め、全ての素材映像を見たのですが、すごく面白かった。ニュースで報じてはいましたが、そこに出ていないものがたくさんあったのです。ニュースは尺が短いので、取材対象者の言動しかオンエアしませんが、記者がどういう質問をし、それに対して対象者がどのような表情をしているか。そこを見せることによって、すごく伝わってくる。テレビは残酷に本質を炙り出してしまうメディアですから、番組制作にあたっては、記者と議員の化学反応を使おうと思いました。ただ、そのやりとりを見ていると、悪いことをしている議員たちが、ただの悪者には見えなくなってきた。人間臭くて、ちょっと憎めないんです。単純に不正を働いた議員たちを悪者として描けば、視聴者の胸にストンと落ちるかもしれませんが、実際そんな単純なものではありません。その複雑さを描きたかったですね。


■メディアがチェック機能を果たすのは基本中の基本。それが目立つことこそ今の日本を物語る。

――――本当に謝罪をした舌の根も乾かぬうちに、また次の不正が・・・と困った状態ではありますが、人間の弱さがにじんでいるとも言えます。一方、権力側を監視することの重要性を改めて感じますね。

五百旗頭:特に中央はそれが失われている部分がありますね。権力に対して常に批判的である必要はなく、是々非々でいいと思うのです。ただチェックがないと、本当に緩みきり、腐敗してしまうので、そこのチェック機能をメディアが果たすのは基本中の基本ですし、僕らはただそれをやっただけなのです。こういうことが目立ってしまうことこそが、今の日本を物語っています。


――――関西では、コロナ禍で大阪の吉村知事が連日在阪民放各社のワイドショーやニュースに出演し、権力の宣伝ばかりしているような状態にうんざりしている視聴者がツイッターで声をあげる事態になりました。

五百旗頭:中央の政治家が自分の言葉で語らない中、自分の言葉で語る吉村知事がフューチャーされた形だと思いますが、世の中が持ち上げても、冷めた目で実態はどうなのかをチェックするのがメディアの役割です。数字が取れるからと逆に乗っかっているのはメディアのあるべき姿ではないはずです。

インタビュー後編に続く)

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