自分たちにも矛先を向け、「メディアや市民の無関心が腐敗を招くことに気づいてほしい」 『はりぼて』五百旗頭幸男監督インタビュー後編


 『はりぼて』五百旗頭幸男監督インタビュー後編では、日本民間放送連盟賞優秀賞の受賞他大反響を呼んだドキュメンタリー番組「はりぼて」以降の取材や、映画化の経緯、そして本作を作るにあたっての五百旗頭監督自身の葛藤についてご紹介したい。

※映画の結末に触れる箇所があります。

※『はりぼて』五百旗頭幸男監督インタビュー前編は以下よりご覧ください。



■14人の市議が辞職後も何も変わらなかった今、感じるのは「無力感」

――――ドキュメンタリー番組「はりぼて」がオンエアされたとき、視聴者からはどんな声が寄せられたのですか?

五百旗頭:砂沢がTBSの「ニュース23」や「報道特集」に出演したので、全国からいまだかつてないほど激励のメッセージをたくさんいただきました。メディアの影響力を改めて感じましたし、14人もの市議が辞職したということに責任も感じたのです。ただ、それから4年経ち、何か本質的に変わったのかと言えば、何も変わらなかった。今、感じているのは無力感なのです。4年前は、あれだけ不正をした議員を辞めさせたのだから、「はりぼて」というタイトルは議会や当局に向けられたものだった。でも、4年経った今、この状態を招いたのは、僕らメディアや市民にも責任があるのではないかと思ったんです。


――――全国で反響を呼んでからも、チューリップテレビは取材を継続していますね。

五百旗頭:2016年にドミノ辞職が起こり、地元メディアは2017年の春ぐらいまでは何かしらドキュメンタリーでまとめていたのですが、それ以降はチューリップテレビも含めてどこもドキュメンタリーとしてまとめることをしていなかった。まさにメディアの特性で、盛り上がっている時は競って取り上げるのですが、旬なネタでなくなると扱いが小さくなり、次第に継続取材もしなくなる。担当者もコロコロ変わって、それまでやってきたことが引き継がれない。それではダメだと思ったので、僕らはこの4年間、自分たちにも矛先を向け、取材をしてきました。


――――「はりぼて」で文化庁芸術祭賞をはじめ各賞を受賞したことで、社内的にはどんな影響があったのでしょうか?継続取材をすることの難しさも感じたのですか?

五百旗頭:社内では、これだけ成果が上がったことはなかったので戸惑いも大きかったと思います。報道部内でも砂沢や僕は各種表彰式に行き、それが何度も続いて、またニュースで報道もしましたので、それに対する社内の冷めた空気はありましたね。ただこの取材に関しては、社内外から圧力がかかったことはなかったです。



■メディアや市民の無関心が腐敗を招くことに気づいてほしい。

――――テレビ版から4年の時を経て、今映画化した理由は?

五百旗頭:4年前は当局側だけに目を向けていましたが、何も議会が変わっていない責任はメディアや市民にもあります。何よりも今市民が無関心ですし、無関心であることが腐敗を招く。権力側からすれば、市民が無関心であることがむしろ望ましい。これは国政ともリンクしていることですから、市民が無関心だとこういうことが起きるとわかってもらいたい。実際、コロナ禍での政権の迷走ぶりによって、ようやく市民が気づき始めた。でも、こういう大きなことが起こらない限り気づかないのは寂しい話です。やはりみなさんの地元で起きていることに関心を持たなければ、腐敗は進み、取り返しがつかないことになる。そこに気づいていただきたいのです。映画では砂沢が言いくるめられる冒頭のシーンもあれば、最後に僕自身が絶対に入れたくなかったシーンも入れることにしました。自分たちにも矛先を向け、これだけの成果を出したと誇るような映画にはしたくなかったのです。


――――同局初めてとなる映画化にあたり、どのように企画を進めていったのですか?

五百旗頭:2019年1月に管理職登用試験があり、僕の書いた論文はこういうものでした。

「今までのやり方だとローカル局がこの先立ち行かなくなる可能性があるので、新たな売り物を作る必要がある。これまでドキュメンタリーは金食い虫と思われてきたが、世界やアジアに目を向けるとNETFLIXで配信されているものもしかり、きちんとしたコンテンツとして成立している。そのとっかかりとしてドキュメンタリーを映画化し、海外へ配信してはどうか」と。この提案に対し、会社からOKが出たので第一弾として「はりぼて」の映画化に動き始めました。実際に動き始めたのは8月ごろからです。


■同業他社が口を揃えて無理だという内容も、「服部と砂沢は覚悟を決めて映画化を実現させてくれた」

――――五百旗頭さんの発案がきっかけとなった映画化は、タイミング的には取り組みながら、退職も考え始めたということでしょうか。

五百旗頭:やはり組織ジャーナリズムにおいては、いろいろな制作番組で編集方針の違いや意見の食い違いがあり、僕も制作者として絶対に譲れない一線があります。自分として離れる決断をしてから映画の制作に入り、葛藤や苦悩の中で作ったからこそ、こういう作品になったかもしれません。今、冷静になって見ると、メディアに対しての不信感や、チューリップテレビに対してもおかしな方向にいってほしくないという思いで編集しています。残留する決断をした服部や砂沢が経営側と向き合って話し合い、その結果、会社もこの映画を認めたわけで、その意義をぜひ考えていただきたいと思います。同業他社の人は口を揃えて「うちでは無理です」とおっしゃるのですが、覚悟を決めてやればできるし、服部と砂沢は覚悟を決めて映画化を実現させてくれました。報道機関が自分たちに火の粉のかからない取材をし、そういう報じ方をしている。そういうことを視聴者は敏感にキャッチしています。気が付いていないのはメディア側なのであり、そこに対する危機感を僕らはすごく抱いています。


――――砂沢さんが重鎮の議員へ異動の挨拶に行った時も、日頃は鋭い質問を受ける側だったけれど、笑顔で談笑し、労いの言葉がかかっていて人間臭さを感じたシーンでした。

五百旗頭:五本議員も砂沢が最後ということで、リップサービスをしてくれている。どこか憎めないという面も出したかったところです。昔ながらの政治家ですが、それが地方の政治をダメにしていること、そこと微妙な関係を築きながら取材を続けているという実態。いろいろな複雑なものが含まれているシーンですね。



■制作者以前に一人の人間として葛藤があった「大事なことを告げる場面」

――――最後のシーンを撮ることには葛藤があったそうですね。

五百旗頭:映画の中で自分たちの葛藤をどう描くかという命題がある中、今まで一緒にやってきた仲間に退職するという大事なことを告げる場面で、いくら自分が映画を撮っているとはいえ、制作者以前に一人の人間として素材として使うことに抵抗があったんです。そんな中、東京で配給との打ち合わせをした帰りの新幹線で砂沢と撮影・編集の西田から言われたのは、「苦悩や葛藤を描けるのは五百旗頭しかいないから、(数日後退職を告げる予定の)部会にカメラを入れた方がいいぞ」と。

直属の上司にも了解を得て、当日は実際に退職を告げた後、今映画を撮っていること、一人でも反対の声があれば撮らないと伝えて意見を求めたところ、反対意見はあがらなかったので、結果的に撮影することができました。ただ、僕は被写体かつ監督でもある中、最初その素材を見た時は、自分の醜態を晒すので使いたくなかった。けれども砂沢と西田は入れるべきだと強く言ってくれ、数日議論の後に皆納得してくれました。


――――キャスターの五百旗頭さんと共に「正々報道」と書かれたポスターが外されるところは、チューリップテレビの一時代が終わったような印象を受けました。

五百旗頭:ただ、そのシーンで終わりにしなかったのは、次のホープである記者、京極に僕らのイズムを託したいと思っているからです。これからも続けていくという意思表示のラストシーンと、冒頭で僕が中川議員に食い下がる最初のシーンは、ほぼ同じところをとっているので、記者は違うけれどつながっているのです。


■メディアの役割は「いかに根気よく取材を続けられるか」に尽きる。

――――改めて、メディアの役割とは何だとお考えですか?

五百旗頭:権力をチェックするというのは最低限の仕事ですし、市民の無関心に加担しているのはメディアだと思います。お祭り騒ぎのような状況が収まってから、根気よく取材を続けることができない。自分たちが報じることで劇的に世の中が変わることは絶対にないのですが、それでもコツコツやり続けなければ小さな変化も起こらないし、おかしいことを正すこともできない。すごく地味ですが、僕らの役割の本質はそこにあると思います。いかにずっと続けられるかに尽きますね。どこも人件費削減で取材に人を割けないなら、そこを頑張ることで注目度や信頼のされ方も変わってくると思います。


――――最後に、これからご覧になる皆さんにメッセージをお願いいたします。

五百旗頭:くしくもコロナ禍で、モリカケ問題や河井夫妻問題など色々なことが連想されると思います。ドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』もヒットしていますし、政治への関心が高まっているタイミングで『はりぼて』を世に問えるのではないでしょうか。ご覧になったみなさんが今の状況も含めて考えていただければと思います。

(江口由美)


<作品情報>

『はりぼて』(2020年 日本 100分)

監督:五百旗頭幸男 砂沢智史 

撮影・編集:西田豊和 プロデューサー:服部寿人 

語り:山根基世 声の出演:佐久田脩

8月22日(土)より第七藝術劇場、9月より京都みなみ会館、今秋より元町映画館他全国順次公開

※第七藝術劇場、8月22日(土) 14:30の回上映後、五百旗頭幸男監督、砂沢智史監督によるオンライン舞台挨拶予定

公式サイト⇒https://haribote.ayapro.ne.jp/

©チューリップテレビ