9年の歳月を経て蘇る、77分ワンカットの588人斬りは「命を懸けた」 『狂武蔵』坂口拓さんインタビュー


 2011年にクランクイン直前まで準備をしながら、出資サイドの事情で中止に追い込まれた時代劇映画『剣狂-KENKICHI-』の撮影機材の返却前に、主演坂口拓の呼びかけに全スタッフ、キャストが応え、「77分ワンカット588人斬り」の撮影が行われた。そのまま長きにわたり封印されていた『狂武蔵』が、太田誉志プロデューサーと下村勇二監督を中心に、新キャストとして坂口が『キングダム』で共演した山﨑賢人らを迎え、9年の歳月を経て蘇る。

 リアルアクションを追求し、監督やアクション指導、後進の指導にも尽力している世界的アクション俳優坂口拓(TAK∴)が伝説の剣豪、宮本武蔵と吉岡一門との死闘を圧倒的な迫力と、気迫で演じきる、世界でも初となるまさに“狂った”侍映画。宮本武蔵=坂口拓の生き様が特に色濃く映し出される後半は、まさに命懸けだ。山﨑ら新キャストが参加しての追撮を経て、次世代に侍の魂を継承する7年後の武蔵の姿にも注目したい。本作は現地時間8月20日にモントリオールで開催されるファンタジア国際映画祭にてワールドプレミア上映予定(オンライン開催)で、北米、韓国と海外での展開も同時進行中だ。日本では8月21日(金)に公開される本作の主演、坂口拓さんにお話を伺った。





――――最初に、アクション俳優を目指したきっかけを教えてください。

坂口:お袋が真田広之さんのファンで、『吼えろ鉄拳』や『龍の忍者』を一緒に見ていた気がします。映画が好きで一人で映画館に通い、ハリウッドアクション映画の『ロボコップ』や『ダイハード』シリーズなどを見ていましたが、アクション俳優になりたい訳ではなかったんです。その後、千葉真一さんが設立したJAC(ジャパン・アクション・クラブ)に入り、アクションの基本を習いましたが、目指していたものとかけ離れていたので辞め、19歳から独力でリアルアクションを目指したんです。


――――本作の監督、下村勇二さんと出会ったのもその頃だそうですね。

坂口:当時、インディペンデント映画が流行りで、JACの友達と勇二(倉田アクションクラブ出身)が二人でアクションをやっている映像を見せられていたんです。よく体の動く人だなと思うと同時に、編集がとても上手いので会わせてもらったのですが、俺の最初の一声が「お前、編集上手いから、これから俺が動くのを撮ってくれ」。勇二にしてみれば、どれだけ上から目線やねんと思ったでしょうね。まだ二人が20歳ぐらいの頃です。


――――まだ何者でもなかった二人の、正に運命的な出会いですね。下村監督はそのまま香港に行かれ、ドニー・イェンに師事し、アクションの修行を積まれたそうですが、拓さんは自らのリアルアクションをどのように作り上げていったのですか?

坂口:リアリズムにこだわっていたので、どうリアルなのかを体で学んでいきました。道場破りに行き、リアルに闘いましたし、1対20数名でどうやって勝てるのかをカメラを回しながら闘いもしました。格闘技も一通りやりましたし、23歳ぐらいまではリアルなものを作りたいという一心でやってきました。

24歳の時、北村龍平監督が、めちゃくちゃ強い奴がいるということで、自分のことを知ってくれていたようで、主役として映画『VERSUS -ヴァーサス-』(01)に起用してくれました。その撮影中に、「これならリアリズムでいけるな」という手応えを感じたんです。


――――『VERSUS -ヴァーサス-』がきっかけで拓さんは世界で知られるアクションスターになった訳ですが、海外で活躍するアクションスターとの出会いもあったのですか?

坂口:ハリウッドスターにはすごくたくさん会いましたが、あまり興味ないんですよ。アジアではドニー・イェンと言われますが、『デス・トランス』(06)で拳の先にクッションを入れ、顔面をリアルに殴るアクションを作り、すごくいいものができたと思ったら、ドニーにパクられてしまったこともありましたね。勇二が監督だったので、師匠のドニーに教えたみたいで、次の日に同じものを作ってきて自分が発明したと言ったのだとか(笑)ただ、僕が今やっているのはウェイブですから、これは誰も真似できません。


――――『RE:BORN』(17)で登場したウェイブは、肩甲骨が要です。

坂口:肩甲骨をなくしたら、自分は虎ではなく、ただの人間に戻りますから。肩甲骨がただ動くというのではなく、360度動く、回るからスピードが出るんです。普通肩甲骨を動かそうとしても肩が上がるだけになってしまいがちですが、肩甲骨だけを回せると前から見たら全然分からないです。そして骨から波を伝えるから「ウェイブ」、リアル戦闘術です。『RE:BORN』の時、国内外で戦闘術を学んで「ゼロレンジコンバット(零距離戦闘術)」を教えてきた稲川義貴さんと1年間ずっと一緒にいて、師匠という人間を盗むという気持ちで1年間取り組みました。殺しの世界に一歩足を踏み入れて、全てを学んだ感じですね。




■「刀に殺意がなければ動かない」〜アクションチームに1年間で叩き込んだことは?

――――園子温監督初の時代劇として『剣狂-KENKICHI-』の撮影準備をしていた時、10分ワンシーンワンカットでリアルアクションをするためにアクションチームは1年間の訓練を重ねたそうですが、その内容は?

坂口:アクションには人を傷つけないという理念がありますから、アクションマンは相手の体に接触はせず、相手の体をかわし、役者はそれに合わせるのが王道です。一方、自分らが一年かけてやったことは、自分(武蔵)の頭をかち割っていいということ、目を突いていい、喉を突いていい…ということを1年かけて叩き込んでいきました。やっぱり人は理性が働くので、相手に切り込むことは怖いんです。それを1年かけて、全力で殺そうと切り込んでも「この人には通用しない」ということを学ばせた。武蔵を狙っても当たらないぞと。


――――確かに、向かってくる相手が弱腰だったらアクションのリアルさが出ませんね。

坂口:そういう点でもアクションマンを育てなければいけない。『RE:BORN』も、僕がぬるいなと思うと勇二は特殊部隊の人を呼んで、リアルナイフを持たせて、「刺しに行ってください」と紛れ込ませるということをよくやっていました。そうすると、僕もいきなり動きが良くなるんです。『キングダム』(19 下村さんがアクション監督)の時も最初敵が来た時、動かなかった。勇二と目があった時、「でかい映画だから、俺に嘘をつけと言っているの?どうなの?」と問いただすと、勇二がキャストを集めて、「本気で行かなきゃだめだ、殺すつもりで行っていいから」と号令をかけ、途端に僕に向かってきたところを一網打尽に斬っていったんです。刀に殺意がなければ、僕は動きませんから。



■『キングダム』山﨑賢人を変えた一言、「殺しに来ていいから」

――――山﨑賢人さんが本作に出演するきっかけとなった『キングダム』での共演時、下村監督と拓さんから大事なことを教わったと語っていましたが、まさにリアルアクションの真髄を学んだのでしょうか?

坂口:賢人もアクションをやっていましたが、僕は形だけになってはいけないと思い、勇二にはカット割りはやめて、賢人の好きにアクションさせることを提案し、賢人には「殺しに来ていいから」と告げたんです。すると、「殺さなければいけない」と賢人の顔つきが変わりました。彼に形ではないリアルアクションとは何なのかを教えられたのなら、『キングダム』に参加して良かったと思いました。今でもかわいい弟みたいな存在です。


――――1年かけてアクションチームをリアルアクションができる部隊に仕上げ、いざ撮影という時に頓挫したというのは、その心中たるやですね。

坂口:頭が真っ白でしたね。実は園さんと共同監督・主演だったのが、撮影直前に映画自体がなくなってしまった。スタッフも全員撮影の準備をし、まさにクランクインする直前だったし、僕自身も紆余曲折を見てきたので、もうボロボロでしたね。ただ解散時の挨拶の前に、カメラや照明機材の使える期限を確認し、やりたい人だけと前置きして、「長編になるように70分以上俺はやるので、一緒にやりませんか」と言うと、全員が残ってくれたんです。今でも覚えていますが、みんなの前で77分ワンカットと言ったものの、一人になってから、「なんてことを言ってしまったんだ、俺、アホちゃうか」と。


――――でも、見事に撮影をやり遂げました。

坂口:男の弟子によく言うのですが、「男というのは、かっこいい生き物じゃない。関係や周りがあって、格好をつけさせてもらう場所があるから、男になっていくんだ。師匠を見ろ、背中を見せているだけで、正面は泣いている。格好をつけているだけだから」。『狂武蔵』も格好をつけて言ってしまったけれど、心では泣いていました。多分、77分ワンカットでアクションをする人間は、映画の歴史の中でも自分が最初で最後ですね。もし塗り替えるとしても、自分ですね。意味があって死ねるなら、24時間でも闘いたいです。



■武蔵と似ているのは生きる(アクションする)ための執着

――――今回演じた宮本武蔵に対しては、どんなイメージを持っていたのですか?

坂口:武蔵は人間っぽいところが好きですね。意外と卑怯ですし、剣術が長けている人で武蔵好きはあまりいないです。武蔵も普通に闘えば強かったと思いますが、ただ強いだけではないところがいいんです。吉岡一門が逃げ回り、田んぼに足を取られて転んだら、戻って来て刺すみたいな守りの闘いだったそうで、そういうのも含めて生きるための執着があります。自分も19歳からリアルアクション道をやってきましたが、武蔵に似ているのかなと思います。何があってもリアルアクションで生きるという執着があり、当時の自分ができる集大成が『狂武蔵』だったのではないかと思います。


――――黙々と闘う中で、ほろりとこぼれる本音のようなセリフが拓さん=武蔵の気持ちを十二分に表していましたね。

坂口:77分ワンカットの部分はセリフがなく、言いたかったらと委ねられていたのですが、最後の門での闘いに行く時、「いいか、どうせ死ぬんだから」と口から出たんです。武蔵もこんな感じだったかもしれないし、もっと心配して「怖いな〜夜眠れないわ〜」となっていたかもしれない。



■ウェイブ誕生で「アクション界で生きていく上の翼が生えた」

――――ワンシーンワンカットというのはカメラマンの長野泰隆さんと77分間のセッションのようでもありますが。

坂口:アクションはカメラありきなので、カメラの動きに合わせて全て計算してやっていましたが、77分の中で1秒だけ、我を忘れて刀を振ってしまいましたね。ただ撮り終わった後は、何もできなくて1年棒に振りました。引退前に最後に出演したのはかわいい弟分(石原貴洋監督)の『大阪邪道』(13)でしたが、何をやっていいのかわからず、絶望していた時期でした。その頃稲川先生から電話があり、役者を引退したのならこちらの戦闘術をやらないかと声をかけてもらい、ウェイブの原型につながったのです。勇二から、「ウェイブの技ができたら革命だけど、できる?」と言われ、本格的に作り上げていきました。今まではリアリズムだけだったのでお客様には伝わりにくかったけど、リアリズム×ウェイブだとよりわかりやすくなった。肩甲骨を回すウェイブが誕生したことで、僕がアクション界で生きていく上の翼が生えた感じでした。ミリタリーの動きを取り入れるアクションは珍しいので、世界でも「やべぇ奴がいるな」と思われているはずです。


――――さらに無敵になっていきますね。

坂口:もはや俳優では相手になりません。ほぼ無敵ですが、あと一人だけ日本で一番強いと言われている特殊作戦軍の方と闘いたいと思っています。その方には「坂口拓だったら闘ってもいい」と言っていただけたので、最後に侍姿で一対一の勝負に挑んでみたい。どちらかが果てるまで闘い抜きたいですが、そのためには僕も本当に鍛えないと、今は勝てません。それぐらい強い人です。


――――太田プロデューサーが映画の存在を知ったことから、『狂武蔵』が復活しましたが、まだこの作品は序章で、次の作品を視野に入れているそうですね。

坂口:リアルアクション道を映画でやっているだけでは誰も追いついてくれないので、太田とYouTubeを始め、リアルアクション道を広く伝えていく取り組みを行なっています。今までは自分一人で闘ってきたけれど、太田と出会えたことで、これから二人でこの世界に対してどう闘うかの戦略を立てています。監督と役者という関係のパートナーは今までもありましたが、自分自身の闘いという点でいえば、太田は世界と闘い抜くための相方であり、世界に侍がいることを知らしめるための相方だと思っています。カッパ寿司が大好きなカッパPですが(笑)



■自分が命を削った分を映画にのせて〜『狂武蔵』ほど、坂口拓を表現している映画はない。

――――日本のアクション映画に対して思うことはありますか?

坂口:「カット割り、スタント、CG、どうぞやってください」という感じです。ただ、僕はリアルアクション道でやってきましたし、命を懸けるしか表現できるものがないと思って生きているので、自分が命を削った分を映画にのせていきたい。血だらけ、傷だらけになるので普通の俳優は事務所が許さないと思いますが、僕自身はそれが自分の生き方なんです。自分の命の代償で、これから何を遺していけるのか…。だって、お金を懸けるより、命を懸ける人間ですから。ただ生きて死ぬだけですから、生き方ですよね。


――――拓さんの生き方が映っているのが『狂武蔵』ですね。

坂口:『狂武蔵』ほど、坂口拓を表現している映画はないんじゃないですか。誰が理解してくれるか分からないけれど、命を懸けた作品ですからね。


――――7年のブランクを経たことで、武蔵の7年後の姿と、山﨑さん演じる若侍、忠助に武者の精神を伝えることができた。これは見ていてハッとさせられました。

坂口:武蔵は「忠義、大義、そんなもの知らねえよ」と言いますが、格好をつけて言えば、世界に誇れる映画を作りたいという大義はありますよ。ただ本音で言えば、自分の生きてきたアクションに対して嘘をつかず、ただ真っ直ぐ生きたいだけなので、大義はどうでもいい。自分の生き方は19歳から変わらず、通して生きていきたいし、それで死ねばいい。



■もがき苦しんでアップデートしたいし、世界を獲りたい。

――――変わらないというのはすごく強いことですが、変わらず生きることはとてもしんどいのでは?

坂口:しんどいですよ。トレンディードラマに出演して「お前が好きだ」と言っていたら、どれだけ楽な道かと。売れる機会なんて腐るほどありましたが、それを全て蹴飛ばしましたし、テレビ局のプロデューサーにも「売れてから好きなことをすればいいじゃない。なぜそんなに尖ってるんだ」と言われました。僕は「売れることに興味があるのは、その辺の俳優だけでしょ。売れることではなく、自分の生き方を通すことの方がカッコいいと思うので、この先一生売れたくありません」と。売れればアグラをかくし、『狂武蔵』なんてやらない。売れたくないし、有名にもなりたくない。チヤホヤなんて一番されたくない。自分なんてクソだからこそ、もがき苦しんでアップデートしたいし、世界を獲りたいと思っています。もう体は傷だらけですが…。


――――年を重ねて増えた傷こそ、7年後の武蔵の凄みにも繋がっています。

坂口:自分も、体の傷は生きてきた勲章だと思っています。9年前に自分の中では全て終わっているし、それで強くなれました。それでも、今回みんなの思いで『狂武蔵』を復活させてもらい、太田や勇二が頑張ってくれたことには本当に感謝しています。今は、次を考えていかなければという思いが強いです。


――――侍映画の継承ですね。

坂口:そうですね。やはり日本に生まれ、日本で死ぬことに誇りを持って欲しいし、侍は強いし辛いということを今表現できるのは僕しかいないと思っています。伝え、遺していきたいし、世界の中で「侍と言えば、坂口拓がいるじゃないか」と広げたい。「拓」は祖父が道無き道を開拓してほしいと名付けてくれたので、名前通り、道無き道を開拓し、自分のアクション道をもっと進化させていきたい。『VERSUS -ヴァーサス-』からずっとアクションをやっていますが、今の自分が一番強いです。ずっと進化してきたと思うし、これからも進化します。昔の自分に負けた時が、僕の引退する時ですが、まだまだ進化は止まりません。

(江口由美)


<作品情報>

『狂武蔵』(2020年 日本 91分)

監督:下村勇二  原案協力:園 子温

出演:坂口拓(TAK∴)、山﨑賢人、斎藤洋介、樋浦 勉他

8月21日(金)から新宿武蔵野館、シネ・リーブル梅田、Tジョイ京都、8月28日(金)からシネ・リーブル神戸他全国順次公開

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