生きづらさを感じている人が少しでも「一人じゃない」と思ってもらえるとうれしい。 『追い風』安楽涼監督、主演DEGさん、出演柳谷一成さんインタビュー


 『1人のダンス』安楽涼監督最新作『追い風』が、10月3日(土)より元町映画館他全国順次公開中だ。『1人のダンス』に出演し幼馴染でもあるDEGを主演に、彼の半自伝的要素を取り入れ描いた本作。30歳を間近にしたラッパーDEGが好きな人や自身のコンプレックス、音楽に向き合う姿は、不器用だからこそ美しい。DEGとギタリストの藤田義雄ことふじにーのセッションシーンやライブシーンなど、DEGの音楽の魅力がほとばしる作品だ。

 元町映画館での一週間限定上映に合わせて来神、神戸BLUE PORTでの生配信ライブを終えて滞在中の安楽涼監督、主演DEGさん、そして初日舞台挨拶にかけつけた出演の柳谷一成さんにお話を伺った。



■大人数でのライブならではの緊張感を味わえ、贅沢な時間を過ごせた。(DEG)
りょーちん(石田さん)が何をしてもいいよという場を作ってくれた。(安楽)

――――昨日、神戸BLUE PORTで元町映画館公開前夜に行われた『追い風』公開記念生配信ライブ、素晴らしかったですが、まずはお二人の感想をお聞かせください。

DEG: 吉祥寺のリハーサルスタジオから、アップリンク吉祥寺で4週間毎日スクリーンに映すための配信ライブをやっていたので、昨日は配信ライブ29日目だったんです。久しぶりにたくさんの曲をやれたし、吉祥寺ではあんぼー(安楽監督)と二人だけでしたが、BLUE PORTのメンバーやライブを企画してくれたりょーちん(元町映画館石田涼さん)神戸のラッパー、Crafty Naweさんという大人数でのライブならではの緊張感を味わえて、またまた青春してるなとすごく楽しかった。音もめちゃくちゃいいし、照明も最高だし、贅沢な時間を過ごさせていただいた。感謝です。


――――ふじにー(藤田義雄)とのコンビは長いんですか?

DEG:一緒に曲を作ったのは2年前ですが、よりぐっと一緒に曲作りを始めたのは昨年ぐらいからですね。脚本の片山さんは自分がTwitterに練習風景をあげたのを見て映画でふじにーとのシーンを入れたそうで、『追い風』を経て距離感がぐっと近くなったと思います。


――――安楽さんは昨日のライブでもDEGさんをずっとカメラで追っていましたね。

安楽:東京では二人だけで毎日配信ライブをやっていたので、配信がうまくいくかどうかを考えてしまい多少集中できない部分があったんです。神戸という街で元町映画館のりょーちんが何をしてもいいよという場を作ってくれ、「あっ、映画を撮るようなスタンスでいいんだ」と思い、僕は冒頭からワンカット映画を撮る感覚でした。いつも自分が映画を撮る時、用意スタートが始まればあとは僕がカットをかけるまで、監督としての自分の自由な時間だと思っているのですが、何をやっても写っているものが正解で、写っていなければ僕の責任だと思い、すごく集中できました。


――――昨年、元町映画館で『1人のダンス』を上映した時は車中泊で連日舞台挨拶をされましたが、どんな一週間でしたか?

安楽:僕は東京生まれで東京育ちで、ほとんど西葛西で過ごし街も大好きですが、街の友達と一緒にいても、その街の人と何かをすることはなかったんです。滞在中は元町のみなさんを巻き込みたいと思って滞在していたのですが、東京で味わえない感覚を元町で過ごした一週間で味わえました。最初は10人ぐらいだったお客さんが最終日には街の皆さん40人ぐらい観に来てくださった。それは巻き込むという上からの感覚ではなく、皆さんと友達になることだった。僕が西葛西でDEGと友達になり、街の友達が増えていくのと変わらない。街といっても人ですからね。


――――DEGさんは『1人のダンス』の出演者でもありますが、映画はいかがでしたか?

DEG:やばかったですね。自分にはない怒りをぶつけるエネルギーと、それを映画にする身勝手さもすごい。自分の出せないものを代弁している感覚がありました。


――――そのエネルギーを持つ安楽監督に次はDEGを撮りたいと言われた時は?

DEG:『1人のダンス』は神戸で成功し、東京でも盛り上がっていたので、側から見ていても(安楽監督が)これから注目されていくと思っていたところ、2作目が俺で大丈夫なのかなという気持ちがありました。自分にとってもチャンスだし、仲間とできるのも嬉しいのでもちろん全力でやりましたが、『1人のダンス』のパワーに勝てているのかなとはすごく思うんです。上映するまでは不安でしたね。




■『追い風』で、主人公を客観視できるようになった。(安楽)

――――『追い風』と『1人のダンス』は、主人公のキャラクターは違えど悩みや向き合うものは共通のものを感じ、対になるような作品だと感じました。

安楽:僕が映画にしているテーマは正直に生きているかという部分で、そこは共通していますね。『追い風』ではDEGが自身の愛想笑いと向き合う形をとっていますが『1人のダンス』は本当にやりたいことをやっているかを問うています。僕が1年に1本映画を作るのも、本当はこうなりたいと思って始めたはずのものが、どんどん大人になるにつれてずれていくことに対し、根本を忘れてはいけないという思いに立ち返りたいから。そこがどうしても映画のテーマになるし、この2作は人は違えど、やっていることは似ています。ただ『追い風』は俺が見つめるDEGでもあるので、明らかに客観視できているし、この作品を見て、自分自身が人を見ることができるようになったなと感じました。『1人のダンス』は巻き込んだら勝ちぐらいの気持ちでカメラマンがわざと焦るような動きもしていましたが、今回は作っている時もDEGのペースに合わせて撮っていたので、自分自身半歩でも成長したかなと思います。


――――お二人は小学校時代からの幼馴染ですが、今回主演をし、映画監督としての安楽さんをどう思いますか?

DEG:あんぼーしか作れないものを撮っていると思います。二人でやっている「すねかじりスタジオ」のパートナーとして昨日の配信ライブの映像を観て思ったのが、あんぼーの映像のおかげで自分の曲が良くなっていると感じるので、もっと俺も頑張って、あんぼーとバチバチでやっていきたいと感じましたね。



■DEGは妥協なきモノづくりに付き合い、それを許してくれる人。(安楽)

――――『追い風』の撮影で安楽監督が粘ったシーンはあるのですか?

DEG:ありますね。冒頭のクラブでのライブシーンでゴリゴリに粘られました。

安楽:撮影初日のワンカット目が基準になるんです。そこを譲ると、撮影期間中譲り続けることになるという感覚があったので、ワンカット目を撮るのに4〜5時間ずっとカメラを回していましたね。作ることは妥協と向き合うことが多く、妥協するかしないかを考える自分がすごく嫌だし、それをするたびにすごく落ち込みます。DEGは妥協なきモノづくりに付き合ってくれる人であり、僕にとってそれを許してくれる人の圧倒的な代表なんです。役者だとその人のいいものが見つかればさらに良くすることを考えるのですが、DEGの場合は「いいな」という感覚より、言葉にしづらい瞬間を捉えたい。一度しかこない瞬間を撮りたいけど、それは本当に妥協が許されないんです。それが『追い風』ではできたと思っています。


――――ライブで「さらけ出したけれど清々しい気持ち」とおっしゃっていましたが、本人役を演じたという気持ちなのか、まさに自分自身であり続けたのか、どうでしたか?

DEG:自分的には演じたという感覚は一切なかったですね。『1人のダンス』の撮影を見て、何か準備をして臨んでも仕方がないとわかっていたので、セリフの流れだけ入れて現場にいた感じですね。あとは柳谷さんや共演者を含め、皆がちゃんと俺を見てくれていたので、それを受けていれば大丈夫だなという感じがありましたね。

柳谷:僕はずっとDEGを見ていて、DEGからもらったもので僕らは芝居をするという現場でした。塾メンツ役のみんなとも仲良くやって、楽しい撮影でしたね。


――――もう一つライブで思ったのがDEGさんの地元である西葛西愛の強さです。ラッパーの方ならではの感覚なのでしょうか?

DEG:地元を好きになることを意識し始めたのはラップを聴き始めた時で、ラッパーは自分の街のことを歌うし、街は結局人から成り立っている。俺は西葛西という街に、そこで生まれ育った友達や自分を重ねて歌っています。


――――顔で笑って心で泣いてというDEGさんの姿が印象的でした。映画では皮肉っぽく「いつも笑ってるな」と言われていましたが、これは実体験ですか?

DEG:特に女の子に「DEGは悩みなさそうだよね」って言われますね。どちらかといえば楽観的な人間なので、一人の時に凹むということは特にないし、楽しいから笑っているつもりなんです。だからこそ『追い風』のDEGを演じることで、本当の自分は違ったのかなとか、本当は悔しかったのかなと逆に気づく感じでした。

安楽:『追い風』はこれからのDEGのために作っている映画だし、DEGの普段ではない部分をすごく描いていると思います。普段自分がなかった感覚を突きつけられることで僕は価値観をどんどん作っているので、それを友達のDEGに突きつけ、DEGが今まで体感してこなかったことをやってもらいました。それが僕が撮る意味でもあると思うんです。




■『追い風』で自分をさらけ出したし、怖いものがなくなった。(DEG)
  『追い風』を経てやりたいことが明確になった。(安楽)
 20代最後に出演した映画が『追い風』だったことに運命を感じる。(柳谷)

――――悩むという意味では20代は映画を見ても様々な葛藤の中もがいている世代だなという印象を強くするのですが、みなさんにとって20代はどうでしたか?

DEG:『追い風』を撮る前は結婚コンプレックスもありましたが、『追い風』撮影後は全部自分をさらけ出したし、これが俺だからと。映画の上映を経て何も怖いものがなくなりました。そこまで深く思い詰めなくてもいいなと、風通しよく身軽になった気分でいます。同じようなことで悩みながらも、とにかく今は自分がやれることをやっていこうという気持ちですね。

安楽:この映画で友達が結婚する話を入れたのも、結婚していないことで社会に置いていかれているようなコンプレックスがすごくあったからです。それ以前に、僕の周りに30歳前後で役者を辞める人が多すぎて、20代半ばですごく焦った時期もありました。『追い風』の東京公開を経て、ようやく生き急がなくなりましたね。草の根活動は時間をかけないとうまくいかないので、年に一度は映画を撮って劇場公開すると決めていたのですが、生き急ぎすぎて目の前のことが見えてなかったと感じる瞬間があったんです。本当は12月に次の映画の撮影を考えていたのですが、一度『追い風』と向き合おうと思い、やめました。コロナ禍でネットの情報しか見なくなったことでそこに惑わされ続ける人生にも疑問を覚えたので、俺は目の前で作りたい映画を作る。作りたくないものは作らない。『追い風』を経てやりたいことが明確になりました。

柳谷:今32歳で日頃は年齢を気にしませんが、30代になるときは少し焦りがありました。僕は常々20代のうちに心に残る作品に出会いたいと思っていたところ、20代最後に出演した映画が『追い風』だったのはすごく嬉しかったですし、運命的なものを感じましたね。


■ふじにーと共作。今はラップの地力をつけていきたい。(DEG)

――――映画では絶望的な気持ちの中、ふじにーとのセッションから押し殺した気持ちが言葉になって溢れてきますが、日頃の曲作りも辛い時こそ生まれてくるものなのですか?

DEG:その通りで悔しいことがあると書きたくなります。そろそろ幸せから得るもので書いたりもしたいけれど。自分は音楽がないと詞が書けないので、ふじにーに「こんなテーマが浮かんでいるんだけれど一緒に曲を作りませんか」と連絡するんです。最近はふじにーとしか曲を作ってないですね。ふじにーがコロナ禍でギター演奏だけでなく、トラックメイクを覚えてくれたので、ずっと一緒に作りまくってました。


――――DEGさんのラップはゴリゴリのラップではなくメロディアスな部分もあるので、ラップ初心者の私にも心地よく聴けて、沁みるなと思います。

DEG:メロディも好きですが、最近はラップのフロー(乗せ方)で流れるように、メロディを使わずできる幅を練習しているんです。ラップもできてこそメロディがいきると思うので、ふじにーと研究し、サビもラップの曲にチャレンジしています。Jpopと比べると展開が少ないので、ラップの部分で違いを見せて聴かせ続けられるように、その部分のラップの地力をつけていきたいですね。


――――ラップは曲もさることながら、やはり歌詞が魅力ですね。

DEG:俺も歌詞にヤラれてラップを好きになったんです。きっかけは中3で聞いたライムスターのmummy-dが歌う「廻し蹴り」。『1人のダンス』のRYUICHIが俺たちにヒップホップを教えてくれて、どんどんのめり込んでいったんです。「廻し蹴り」は今でもベストナンバー、いつ聞いてもカッコいいですね。



■ユミコテラダンスさんに気付かされた「映画は自分一人のものではなく、みんなで作っているもの」(安楽)

――――塾メンツで、結婚式でのダンスが魅力的だったユミコテラダンスさんのエピソードを教えてください。

安楽:DEGが実際に出席した結婚式でも踊っている人がいたので、結婚式のシーンで踊りを入れることは最初から外せなかった。踊れる役者を探していたところ、花嫁役の大須みづほさんと『宮田バスターズ』で共演し、仲が良いというユミコテラダンスさんが候補に上がったんです。DEGとも仲良くできそうだなと。

DEG:テラさんはすごくマイペースで最初の顔合わせは寝ばっくれされましたから(笑)

安楽:ダンスは一番驚きましたね。ユミコテラダンスさんが一人で踊るシーンは本番以外一切誰も見ていなかったので(笑)最近大須さんから聞いたのですが、踊っている時に花嫁役の大須さんの目を見ながら、きちんと花嫁のための踊りをしていたんです。僕たちはDEGの映画だし、結婚式のライブシーンが始まるとDEGや塾メンツ、巻き込まれていく人々という流れを頭で考えていたのだけど、彼女は本来あるべき姿で臨んでいたんです。僕もDEGも新郎新婦のことは頭になく、ここからDEGとどう勝負するかという感じだったのに、ユミコテラダンスさんは南という役を全うし、DEGの背中を叩くのも、セリフも全部重めで気持ちが乗っていましたね。俺の思い描いていたものと全然違うので一度調整しようとしたけれど、余計に気持ちが強まったり。役について何度も電話で話しあったので、彼女には映画はみんなで作っているもので、俺だけの映画ではないということを気付かされました。だから思い描いているものが上手くいかなくてもいいし、始まりが全然違うところからスタートしているので、ここから始まるものを撮れればいいと逆に気が楽になりました。


――――最後にこれからご覧になるみなさんにメッセージをお願いします。

DEG:生きづらさを感じている人が、何か少しでも「一人じゃない」と思ってもらえるとうれしいです。自分の一枚のアルバムのような映画で、これが自分の音楽ですね。

安楽:見てくれた人、この作品に関わってくれた人、上映してくれる映画館にとっても追い風になればと思っています。コロナ禍で映画館が休館し、配信で公開する作品が登場しはじめ、こんな状況なら映画監督を続けたくないと感じていたんです。映画館の上映が再開した今、自分たちは『追い風』という勢いを持ってきたので、映画館にはその風に乗って欲しいし、見てくれた人にも乗って欲しい。僕とDEGは明るい未来を信じてやっているし、映画監督として今、映画館と向き合わなくてはいけないと思っています。一週間来てくれたお客様とも向き合いますし、全力で楽しませたいと思っているので、ぜひ『追い風』を見にきてください。

柳谷:コロナで人と交わることが少なくなってしまったけれど、『追い風』の中では人の営みや心の通いあうコミュニケーションがしっかりとある映画だなと、コロナ禍の映画館で鑑賞し、ズシンときたんです。寂しさを抱えている今だからこそ『追い風』を観ていただきたいですね。

(江口由美)



<作品情報>

『追い風』(2020年 日本 71分)

監督:安楽涼 脚本:片山享、安楽涼

出演:DEG、安楽涼、片山享、柴田彪真、関口アナン、サトウヒロキ、大須みづほ、柳谷一成、ユミコテラダンス、藤田義雄

10月3日(土)より元町映画館他全国順次公開


元町映画館公開時の神戸滞在中に安楽監督が作ったDEGさんのMV「Two shot!!!」神戸編