「どんな人生であれ、人が生きているのは美しい」と思ってもらえる作品に。 10年をかけ16mmフィルム撮影に挑む『刻』塚田万理奈監督インタビュー
初長編『空(カラ)の味』が田辺・弁慶映画祭グランプリで弁慶グランプリ・女優賞・市民賞・映検審査員賞と史上初の4冠に輝き、見事劇場公開を果たした気鋭の映画監督、塚田万理奈が、最新作となる長編第2作の『刻』で、16mmフィルムで10年かけて撮影するという偉業に挑むにあたり、現在クラウドファンディングで制作費の支援を募っている。
同作は、塚田監督の実話をベースにした主人公の中学生が大人になるまでの10年間の物語。故郷長野在住の中学生の子ども達と共に、出演者たちが成長するのに付き合いながら撮影をする予定だ。既に1年に及ぶワークショップより出演者を選び、パイロット版として『刻』の制作スタッフ、出演者による短編『満月』(クラウドファンディング2万円以上で限定配信のリターンあり)を制作。世界初上映となったSpain Moving Images Festivalで見事、最優秀アジア短編賞を受賞している。
現在春の『刻』中学編撮影に向けて準備中だという塚田万理奈監督に、『刻』にかける意気込みや、その経緯についてお話を伺った。
■前作『空(カラ)の味』公開中に再会した友達がきっかけで書き始めた10年間の物語『刻』
――――1月11日よりクラウドファンディングを開始した『刻』の脚本は、前作『空(カラ)の味』を公開している頃に書き始めたそうですね。
塚田:『空(カラ)の味』は2017年5月にテアトル新宿での公開を皮切りに、約1年間全国の劇場で順次公開したのですが、『刻』の脚本は7月ごろからこちらも約1年をかけて執筆したので、公開が終わった夏ごろから撮影準備を始めたいと思っていたのです。
――――『空(カラ)の味』は初長編で、それを生み出す苦しみもあったでしょうし、公開となって届けることに注力したくなるかと思うのですが、その最中に脚本に着手するというのは、何か大きな動機があったのですか?
塚田:『空(カラ)の味』は本当に愛している作品です。作品を生むまではその子に1ミリも妥協せずに生まねば納得できないと思って取り組みますが、それをやり遂げることができたので、公開に際して届けたい人に届くようにと宣伝はしていましたが、あとはご覧になる方の自由な解釈に委ねようと思っていました。そんな中で『刻』の脚本を書こうと思ったのは、中学時代以降ずっと疎遠になっていた友達がきっかけです。私はずっとその子がどうしているのかと心残りに思っていることがたくさんあった中、『空(カラ)の味』の新聞記事を偶然読んだその友達が映画を観に来てくれたのです。思い出すと今でも泣きそうになる程ですが、生きているかどうかもわからなかったので、とにかく生きていてくれたことがうれしかったんです。私と共通の大きな痛みがあり、その子の心の中に、人には言えず溜まったものがありながら、誰とも連絡を取らずに長野を去ってしまった。後日飲みに行った時、連絡が取れなくなってからの10年間どういう人生を送ったのかを聞いた時も、大変だったんだと思う一方、やはり生きていてよかったという気持ちが圧倒的に大きかったのです。
その体験がきっかけで、自分の家族や周りの人たちの10年間を振り返ってみると、いろいろハードな出来事を乗り越えながら生きてきたわけで、みんながこの10年間を生き延びてくれたことが本当にうれしいと感じることができたんです。そのことも含め、今まで自分が言えなかったことや、みんながどんなに頑張っているのかを言っておかなければ後悔してしまうという気持ちから、脚本を書き始めました。
――――最初から10年に及ぶ物語を想定していたのですか?
塚田:大人になってから、中学時代のあの時に起きたことはこうだったのかとわかることがたくさんあると思うのです。だから『刻』で中学時代にわからなかったことに気づいたり、感じられるようになるまでを撮ろうとすれば、10年かかってしまうんですね。
■自分の人生を丸ごと見せ、入り込んでもらいながら映画を作る。
――――『空(カラ)の味』は、家族の様子がきめ細かに描かれ、生活をそのままきちんと映し出しているので、リアルさや生っぽさが伝わり、塚田監督の作風なのかなと感じ入りました。
塚田:私はあまり現場で演出のようなことはしません。役者さんも、監督の私も、登場人物としてのキャラクターもみんな人間なのに、フェイクなものを役者に作り込む(演技をつける)のはおかしな話だと思っています。イントネーションの指導やセリフを正確にということは、ほとんど言ったことがなく、『空(カラ)の味』なら主演の堀さんの家族の話やキャラクターの話をひたすらお話していました。演技というよりも、この一言を理解できるかどうかについて、私と役者さんとの感覚の溝を埋めていく作業をしているんです。
あと、役者さんやスタッフが私のことを信じられなくなったら、みんなが心を使えなくなってしまうと思うので、みんなが心を使ってもらえるようにするためには、私自身がすっぽんぽんでいるしかないと思っています。だから私は現場でもとにかくよく泣いたり、怒ったり、笑ったりしながら映画を作っています。それにいつも私の家族のそば(長野)で映画を撮り、役者さんやスタッフは家族と寝泊まりしてもらうことも多いんです。私の一番プライベートな部分を全部みんなに見せているので、だんだん家族が増えてくる感じなんですよ。役者さんと家族が家でお茶をしたり、一緒に買い物に行ったりすることもありますし、私の人生を丸ごとみんなに見せて、入り込んでもらいながら映画を作ってきた気がしますね。
――――監督だけでなく監督のご家族もまるごと関わっているという関係性がとても温かくていいですね。
塚田:私自身、撮影中は余裕がなくて、撮影が終わったら爆睡してしまうので、スタッフと家族が私を支えようということで一致団結してくれているのだと思います。そんなみんなにお返しできるとすれば愛しかないので、それでみんなを支えられるわけではないけれど、私はみんなのことをとにかく好きで「愛してる」ということを常に伝えるようにしています。
――――「愛」や「生きる」ことへのこだわりは、昨日開催されたオンラインでのクラウドファンディング説明会でも塚田監督の言葉の端々から感じ取れたし。それと同時に映画を信じている人なんだなと思いました。
塚田:生きるのは今でも難しいし、多分みなさんも同じだと思います。だからこそいつも苦しいし、生きるのはとても大きなことなんです。でも映画は色々な人が画面の中で生きていて、私はその姿を見ることでたくさん救われてきました。だから映画には本当に感謝しているし、自分はひとりぼっちのように思っていても、映画の中のキャラクターに励まされたので、映画を愛しています。
■心を撮りたいなら本物に近づけていくしかない。
――――ある意味映画はフェイクの芸術でもあるけれど、そんな中でも嘘ではない本物にこだわりがあり、塚田監督の中にその基準のようなものがあるのではないかと。
塚田:私も映画の中で生きる登場人物たちのことを本物だと思いたいし、みんなにもそう思ってもらいたい。偽物を作っていたら「他人だ」とよそよそしい気持ちになってしまうんです。私にとって映画に関わってくれた俳優さんやスタッフ、そして家族は本物だから、愛せてきたのだと思いますし、本物だから心が壊れそうになったりもするけれど、赤の他人であったり、作り物の人形に対して私はそこまでの愛情を持てない。心は本物が持っているものだと思っているので、心を撮りたいなら本物に近づけていくしかないと思っています。
■ワークショップとパイロット版の短編『満月』、『刻』のキャスティング。
――――本物という意味では、クラウドファンディングの視聴特典になっているパイロット版の短編『満月』も、長野の中学生、満月さんの日々を描いたドキュメンタリーのようなフィクションです。『刻』『満月』のキャストが選ばれたワークショップについて教えていただけますか。
塚田:『刻』に出演してもらえるような中学生との出会いを期待してのワークショップではありましたが、『刻』に参加するかどうかは関係なく、参加してくれたみんながこれから生きていく上で何か残るようなものにしたいと思いました。最初は何も伝えず、今のみんなを映像で撮ってもらおうと、小学生、中学生を対象に自分のセルフドキュメンタリーを撮るワークショップを長野で開催しました。2ヶ月の間に隔週で4回集まるワークショップを2回行ったのですが、まずは自分のことを紹介する文章を書いてもらいました。次は携帯や、持っていない子にはカメラを渡して映像を撮ってきてもらい、次は何が撮れたかをみんなで見たり、最初に書いた自己紹介の文章を読んで、編集の台本作り。それらを全て私が編集して1つの作品を作り、最後は上映会を行いました。
その作業をする中で、私の記憶の中の友達に近い話し方をする子や、似たような部分があるなと思う子に、親御さんを連れてきてもらって、「実は長編映画を計画していて、それは10年間かかるのだけど、一緒に生きてみない」と一人一人に声をかけていったんです。
――――満月さんはワークショップではどのような感じだったのですか?
塚田:満月ちゃんは、台本書きや撮影も一人で黙々と進めていました。人と関わりたいのではなくただ自分の大事なものを撮っておきたくて参加しているのだろうなと思い、彼女が撮るものを楽しみにしていました。完成したものを見た時、ダンスや歌、小説を愛し、自分の大事なものに自信を持っているのだなと。満月ちゃんは『刻』のキャラクターとしても登場してもらい、一緒に10年間生きていくことは決まっていたのですが、その瞬間に満月ちゃんの大事なものを撮りたい、満月ちゃんと1本撮りたいと思ったんです。
プロデューサーの今井さんからクラウドファンディングの相談時に短編のパイロットフィルムの制作を提案され、私の中ではまさにコレだと思いました。今井さんとしては『刻』の一部分を制作したかったのでしょうが、私はみんなでヨーイドンという形で『刻』をスタートさせるつもりでいたので、パイロットフィルムとして満月ちゃんを撮らせていただきたいとお願いしました。
■会話や生活音を録音してもらい、脚本に書き起こした『満月』。
――――パイロット版の短編『満月』の脚本にも本物にこだわる塚田監督ならではの取り組みがあったそうですね。
塚田:いざ撮ろうと思った時に、満月ちゃんのことを全然知らないと気づいたんです。毎日ずっと一緒にいるわけにもいかないし、カメラを回し続けるというのも撮られることへの違和感が生じてハードルが高いだろうと思い、ICレコーダーを渡して毎日会話や環境音を撮ってもらいました。最終的には100時間ぐらいの音源を1ヶ月かけて全て聞き、脚本を書いていきました。私がいつも「大丈夫?」と言っているから、「万理奈さん、大丈夫だから」とみんなが私を支えようと思ってくれているみたいで(笑)これからもどんどん面白いことにチャレンジしていくと思います。
■映像にすると消えてしまいそうなものをフィルムなら残していける。
――――『満月』は16ミリフィルムで撮影された風合いがすごく印象的で、これはぜひ大きなスクリーンで観たいと思いました。
塚田:ありがとうございます。今はデジタルでもフィルム撮影風の加工ができたり、フィルムで撮られたものでもデジタルに見える作品もありますが、現場にしかなくて、映像にすると消えてしまいそうなものをフィルムなら残していけることを自分の経験から感じています。フィルムこそなまものだと信じていますね。
――――クラウドファンディングに踏み切った理由として、16ミリフィルムで撮影することによりかかるコストの大きさもあったと思いますが、そこは『刻』を撮るにあたりどうしても譲れなかったということですね?
塚田:コストがかかるのでフィルム撮影をやめるかどうか、何年間も今井さんやカメラマンの芳賀さんと話し合ってきたし、もうやめようかと思ったことが何度もありました。でも、もうやめようと決めて寝ていると、「やめたくない!」という気持ちが湧き上がって、私の心が「それって、1個目の妥協じゃん」と呟くのです。私が死ぬ時に『刻』が撮れていたとしても、「やっぱりフィルムで撮りたかった…」と思ってしまうでしょう。私はお金持ちでもなく、評価されなかったかもしれないし、色々な幸せを勝ち取れなかったかもしれないけれど、『刻』を一つも妥協せずに作れたと思えば、幸せに死ねるという自信はあるんです。だから、やはり妥協せず、16ミリフィルムでの撮影にこだわり抜きます。
■『満月』のエキストラ出演で、子どもたちに映画撮影の流れを理解してもらう。
――――『満月』は16ミリへのこだわりが身を結んだ作品だと思いますが、パイロット版として、『刻』と同じスタッフで子どもたちが参加して作ったことに対する手応えはありましたか?
塚田:今井さん以外は『空(カラ)の味』に参加しているスタッフで、もう私のすっぽんぽんを見てきているので、10年間撮影するにあたって、人間関係を築いていけると全幅の信頼を置いています。今回、『満月』でエキストラ出演した子どもたちは、ほとんどが『刻』に出演する子どもたちなのでした。「10年間の映画を作る前に、短編映画を作るから遊びにおいで!」ときてもらい、映画の撮影する順番やスタッフの役割を一から説明したり、監督の仕事や「よーいスタート」からどこまで演技をするのか、演技の仕方などをみんなに体験にしてもらいました。中には実際にカメラを覗いてもらったり、現場でスチール写真を撮ってくれた子もいたんです。映画撮影の流れを大体理解してくれたと思うので、この体験をふまえて、あらためて10年間一緒に映画を作りたいかを考えてもらう機会ができたのは良かったです。
――――今回クラウドファンディングをすることにあたっても、最初は葛藤があったそうですね。
塚田:今でも、自分のやりたいことにみなさんからご支援いただくお金を使わせてもらうということは、自分の人生に自分で責任を取れていないのではないかと思う気持ちがあったのですが、クラウドファンディグに参加いただく皆様には、完成するまでに時間はかかってしまうけれど、見て後悔させない作品を作りますので、絶対に長生きしていただきたい。そのことが私の闘志にもなりますし、皆さんにとっても励みになればと思っています。
■この先10年、何が起きるかわからないのがとても楽しい。
――――10年の間に子どもたちも、塚田監督ご自身も変わっていくでしょうし、その変化を楽しみながら、10年後の完成を待ちたいですね。本当にスケールの大きな作品ですから。
塚田:出てもらう中学生たちには、中学編までのストーリーしか教えていないので、その時その子たちの人生がどうなるかによって脚本も変わっていくでしょうし、『刻』は私の人生を元に書いた脚本で、そのキャラクターを照らし合わせながらオファーしているのですが、この先どうなるかは伝えていないんです。ひょっとしてもう彼女たちがやめたいとなっても、なぜそう思ったのかも含めて映画ですし、この先10年、何が起きるかわからないのがとても楽しいなと。『刻』という作品は私がいなければ生まれなかったものなので、圧倒的に我が子のようであるし、それだけは10年後も変わらないはずです。
――――『刻』の前半の舞台となっている出身地、長野は塚田監督にとってどんな場所ですか?
塚田:プライベートな思い出をたくさん持っている場所なので、私にとっていつかは戻りたい場所ではありますが、今はまだ東京にいたいですね。東京は人や街に可能性が溢れて、ワクワクするし、まだここで生きてみたいんです。『刻』も中学編、高校編は長野ですが、大人編は東京が舞台です。
――――実際の撮影は毎年、季節を選んで数日ずつを繰り返していくそうですが、集中して撮影するのとは違い、役に対する気持ちが途切れてしまったりはしないでしょうか?
塚田:役とその子自身をわけたくないので、その子の中から役を引っ張り出してほしいし、それが少しして変わっていくのは、人間が変わっていくのと同じです。みんなの変化によって役が変わっていくことで、より私が撮りたい本物に近づいていくと思います。大人編になるまで、私が書いた脚本のキャラクターのような人生をみんなが歩むとは思っていないので、随時脚本も変えていきたいと思います。
■みなさんが一生懸命生きた10年をきっと肯定する作品に。
――――最後にクラウドファンディングでの支援を考えてくださる方や、『刻』を楽しみにしてくださる方へメッセージをお願いします。
塚田:私は、どんな人生であれ、人が生きているのはすごく美しいことだと思っているし、そのことを書いた脚本なので、10年後完成した時にそう思ってもらえるような作品を作るつもりです。私も生きるのがしんどい瞬間はたくさんありますが、10年後に「人生は美しかった」と言うので、みなさんも長生きをして待っていてほしいし、待ったことを絶対に後悔させません。みなさんが一生懸命生きた10年をきっと肯定する作品にします。生きるのがしんどい時は、私がまだ映画を撮るためにがんばっているのを横目で見ながら、一緒に生きてもらえたらいいなと思っています。
『刻』クラウドファンディング第一弾は5月10日まで開催中。
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