「彼女の覚悟を映画で残しておきたかった」 『海辺の彼女たち』藤元明緒監督、渡邉一孝プロデューサーインタビュー


 在日ミャンマー人家族の実話をもとに、日本とミャンマーに分かれて暮らすことになった家族を描いた初長編『僕の帰る場所』が高い評価を受けた藤元明緒監督。長編2作目の題材に選んだのは、実習先を逃げ出し不法労働者になった外国人技能実習生だ。3人のベトナム人技能実習生たちの失踪後の姿を描く『海辺の彼女たち』が5月7日(金)から京都シネマ、5月8日(土)からシネ・ヌーヴォ、元町映画館他全国順次公開される。

 前作同様、入念な取材に基づく圧倒的なリアリティで、移民大国となりながらも、今まで目を向けられることのなかった失踪した技能実習生たちに光を当て、その利害でつながった緩やかなコミュニティも映し出す。実習生を演じたベトナム人キャストたちの熱演と、彼女たちの内面に迫る岸建太朗のキャメラワークにもぜひ注目してほしい。トルコの名匠、セミフ・カプランオール監督(『蜂蜜』『グレイン』が「憐れみ深い物語。すべての心に響くことを望みます」とコメントを寄せた、まさに今見るべき物語だ。

特別招待作品部門として第16回大阪アジアン映画祭での上映時に来阪した、本作の藤元明緒監督と渡邉一孝プロデューサーにお話をうかがった。




――――前作『僕の帰る場所』は在日ミャンマー人家族の実話をもとにしたドラマでしたが、今回は最初からベトナムの技能実習生を描こうと考えていたのですか?

藤元:技能実習生が実習先を逃げた後のストーリーにすることは決まっていました。最初はベトナムというよりもう少し広いくくりで考えていたのですが、実際に日本ではベトナム人コミュニティが多いですから、そこは事実に即して描いていこうと思いました。逃げた後のブローカーのいるようなコミュニティがあることもストーリーを作る上で大事でしたから。ただ、演じる俳優がいなければ無理なので、まずはベトナムでオーディションをし、演者が本決まりすればベトナムの技能実習生を描く映画にしようと。そういう感じでスタートしました。



■オーディションの経緯と、3人が生む効果

――――かなり過酷なロケに挑む役ですが、オーディションではどのような募集の仕方をしたのですか?

藤元:オーディション時に伝えたのは、主人公はある秘密を抱え、技能実習生として来日したが、過酷な労働から逃げだし、不法労働を行うというストーリーラインだけでした。

渡邉:ベトナム側のプロデューサーに集めてもらい、ハノイとホーチミンで100名ぐらいオーディションをして、この3人に決まりました。

――――主演3人の経歴は?

藤元:主演のホアン・フォンさんは、中国映画に1本出演歴があり、最近パリ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞しています。農村部からハノイに上京し、俳優を目指して頑張っていたところだったそうです。普段はテレビのキャスターをされています。リーダー格のアンを演じたフィン・トゥエ・アンさんは、ベトナムの有名な若手俳優育成のワークショップを卒業していたり、もともとインディーズ映画へ積極的にアプローチしていたインディーズ映画界のミューズ的存在ですね。ニューさんは、普段はモデルをしたりCMに出ていて、映画への出演は今回が初めてです。オーディションの時に感情を捉えた演技が天才的に上手くてお願いすることにしました。


――――3人というのが肝ですね。

藤元:そうなんですよ。ただ見つけるのがすごく大変でした。2人だとその塩梅だけを見ればいいのですが、3人だと並んだ時のバランスで1人身長が高すぎてもいけないから。また、映画ではピリピリするシーンが多いのですが、3人なら違うキャラクターを置けるので、伝統的ではありますね。実は初稿は1人で逃げて新しい街に出会う物語だったのですが、途中のセリフの掛け合いのことを考えて、3人に増やしました。結果的にそれが良かったです。


――――女性3人が登場するとシスターフッド映画のように見えますが、連帯は確かにあるものの、究極のところで逆に監視になってしまうことを感じさせる映画です。

藤元:この3人は幼馴染ではない。そこが重要で、助け合うのだけど労働でしか利害がつながっていない。いつでも関係性が崩れる危うさの中で行動していかなければいけない3人という設定の方がいいねと脚本段階から話していました。


――――取材はかなりされたのですか?

藤元:取材に加えて、報道でも最近特に技能実習生として来日したものの不法労働者となっている人たちのニュースが最近は相次いでいるので、それらを読み込んだり、実際に実習生を支援している方に話を伺いました。僕の妻はミャンマー人ですが、ミャンマーサイドの技能実習生事情も彼女からよく耳にするので、それらを総合して物語を組み立てていきましたね。


――――都市部の過酷な長時間労働から逃れた場合、農村部に流れ、人口過疎化地域で肉体労働に従事するというパターンがやはり多いということですね。

藤元:色々な事情で都市部にとどまることは少ないです。映画では在留カードやパスポートを実習先が預かったままになっていますが、それを本人が所有していても、実習先を逃げ出した時点で身元がバレないように気を使いますから。



■「ここを歩きたい」フォンが辛さを抱えて歩く名シーン秘話

――――最初は新しい就労先での労働や日々の生活をする3人を捉えていましたが、だんだん焦点が主人公のフォンに絞られていきます。誰にも相談できない心身の苦痛を抱えながら雪の中歩くシーンは、圧巻でした。

藤元:歩くだけで映画にならないかと常々考えていたんです。巨匠のタル・ベーラのように、歩くだけとか、飯を食べるだけで映画にならないかと。雪の中のシーンは僕からの演出はなく、「ここを歩きたい」と言ったのもフォンさんだし、まさに彼女の力です。


――――普通はロケハンをして歩く場所を指示しますが、それを選んだのもフォンさんだったと?

藤元:キャメラマンの岸さんが、バスを降りてからずっと、フォンさんが歩いているのを撮っていたんです。僕が別の場所を指し示すと、フォンさんが「いや、ここがいいです」と。ずっと撮影をしてきてフォンさんが自分から具体的な意思表示をすることはなかったので、それならと歩いてもらったら、途中から岸さんのカメラワークがさらにのってきて、雪の中を裸足で入っていってましたよ。

渡邉:2020年の冬は記録的な暖冬で、撮影5日前時点で地元の行政の方から心配されるほど雪のない状態だったんです。どうしても雪の中を歩くシーンが撮りたくて、青森まで行って、雪を集めて道に撒いたりもしたのですが、ちょうど撮影中にちょうどいいぐらいの雪が降って本当によかったです。


――――フォンたちが新しい仕事に就く段取りをしたブローカーの狡猾ぶりから、何重もの搾取の構造があることが浮かび上がりますね。

藤元:ブローカー役のディン・ダーさんは、元々は通訳としてブッキングしていた方で、幼少期から日本で暮らしていたので日本語が普通に話せます。中古車販売業の社長なので、「車を人に変えただけなので、いつも通りでお願いします」と役どころを掴んでもらい、いい芝居をしてくれました。



■ここで生きていく覚悟を描くための演出

――――女性だから背負わなければいけない問題に迫っているのが見どころでもあり、いのちと向き合う、より大きな問題にもなります。

藤元:報道や実際の話でも、ラストのフォンのような選択をする失踪した元技能実習生が少なからずいらっしゃるのですが、それでもここで生きていく覚悟は映画であまり語られない物語なので、映画で残しておきたいという気持ちがありました。


――――今年の大阪アジアン映画祭では過酷な条件にさらされながら、その中を様々な手段で生き抜く移民や技能実習生などが描かれた作品が数々ありましたが(『空(くう)』『カム・アンド・ゴー』『金継ぎ』『JOINT』)、その中でも特に一人の実習生にフォーカスした作品でしたね。どんな演出をしたのですか?

藤元:これだけ同時多発的に移民や技能実習生と労働をめぐる映画が登場するというのは、時代を反映しているのかもしれません。ニューさんは、覚えも早く、10年に一人登場するかどうかぐらいの逸材でしたね。アンさんは、普段からリーダーシップを発揮するキャラクターだったので、それを生かして現場を引っ張ってもらいましたし、劇中のキャラクターでも3人を引っ張る存在になってもらいました。普段の精神性や気質を取り入れてもらいました。3人の細やかな会話ぶりに関しては、おまかせしていました。


――――3人で会話するシーンは、厳しい現実に立ち向かう彼女たちの素の表情が垣間見えましたね。主演のフォンさんはいかがでしたか?

藤元:フォンさんは台本を読み込み、事前にしっかりリハーサルをしてカメラの前に立ちたいタイプだったので、僕が今回やろうとしていた手法とはまさに真逆でした。価値観のすり合わせに一番時間をかけましたね。だから、しっかり演じてもらう部分を作る一方で、ただ歩くような、頭で考えるよりも体が自然と動くようなシーンでは段取りをせず、準備の間もあたえずに「とりあえず、辛そうに歩いてください」とお願いしました。どうしても監督がどうして欲しいかを聞きたがるのですが、僕がどうして欲しいかではなく、俳優がどう動きたいかを重視したかったのです。一発撮りで長回しのシーンで、彼女自身の言葉が出てきたときはうれしかったですね。



■俳優、監督でもある岸建太朗のキャメラワーク

――――撮影の岸さんとは長年タッグを組まれていますが、どのように撮影準備をされるのですか?

藤元:撮影前の夜や移動中に、俳優がどう動くかわからないようなシーンは特に色々なシミュレーションをします。二人でこんなシーンになるんじゃないかと妄想し、話し合うんです。そういう準備をしておくと、本番で想定外の動きがあっても、シミュレーションをした土台があるので、素早く反応してくれる。そういう岸さんと撮影していたので、気持ちよかったですね。


――――そういう撮り方は珍しいのでしょうか?

藤元:そうですね。岸さん自身も俳優であり、監督ですから。手持ちのキャメラを持っているキャメラマンの芝居をやっているという世界観なんですよ。だから俳優と呼吸を合わせ、俳優の動きに食らいついていく。そこが俳優ならではのキャメラマンですね。もう一つ監督としての岸さんでいえば、ディレクターズカットというとき、僕のOKだけでなく、岸さんがOKでなければキャメラは止まらないんです。二重のフィルターがかかっている。

渡邉:俳優が飛び出したら、絶対に岸さんがついてくるんです。

藤元:岸さんが飛び出したから、僕も付いていかなくちゃと(笑)


――――岸さん的にはカメラを止めたくなかったんですね。

藤元:前作の時は、僕がまだ岸さんの顔色を伺っている部分がありましたが、今回は「岸さん、もう行くんだな」とか、その逆もあり、僕と岸さんの一体感はより強くなりましたね。妄想するんだけど、それを壊せるような余地を作っておくんです。段取りしすぎると、それにしか反応しなくなるので、そこには注意を払いました。


――――動きをしっかりと指示したのは、どんなシーンですか?

藤元:ラストシーンは、ずっとリハーサルをして動きを細かく決め、ビデオコンテを作ってからフォンさんたちにそれを見てもらい、演出しました。前日までは自由に動いてという感じだったので、3人も戸惑ったと思いますが。今回は即興とキメのシーンを混ぜましたね。



■大変だった労働シーンとベトナム移民コミュニティの実態

――――彼女たちの仕事ぶりが前半しっかりと映されていましたが、まさに“海辺の彼女たち”で撮影も大変だったのでは?

藤元:労働シーンの撮影は確かに大変でした。通常稼働している漁師さんたちの現場に、僕ら撮影隊が入り、そして俳優の3人もそこで作業をしているシーンを撮影したので、入ってくる音が本物なんです。ただ喋る言葉は、場所を限定しない「ある地方」としていたので、撮影は青森でしたが、今回は標準語ベースで漁師役も俳優にやってもらいました。


――――本作で描かれた日本でのベトナム移民コミュニティは、コミュニティというにはやや小さく、利害でしか繋がっていない感じがしましたが、実際にはどうなのでしょうか?

藤元:ブローカーを中心にするとコミュニティと言えるのかもしれませんが、技能実習生の彼女たちの目線に立つと、アクセス可能なつながりが各地方に存在しています。自分がたどり着いた場所で早く稼いで帰国したいとか、行けるところまで日本で稼ぎたいとか、目的が明確にあった上でコミュニティを利用しているのだと思います。


――――日頃なかなか触れる機会のない技能実習生のリアルな姿を知るだけでなく、自分が何もできないこと、その距離感を痛感しました。

藤元:映画のラストシーンも少し引きで撮っていますが、やはり僕たちはその距離感でしか見ることができないのは事実です。僕も岸さんもそこは同じ意見で、寄らないで撮ろうと。あの距離感をどう感じるかが全てだと思います。

(江口由美)



<作品情報>

『海辺の彼女たち』(2020年 日本=ベトナム 88分) 

監督・脚本・編集:藤元明緒

出演:ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニュー、ディン・ダー、來河侑希

2021年5月7日(金)~京都シネマ、5月8日(土)~シネ・ヌーヴォ、元町映画館他全国順次公開

公式サイト→https://umikano.com/

※藤元明緒監督前作の『僕の帰る場所』が5月1日(土)〜5月7日(金)までの1週間限定でミャンマー支援チャリティ上映される。配給収益は、同作制作・配給の株式会社E.x.Nよりミャンマー市民を支援する活動に寄付される。


藤元明緒監督コメント:

『僕の帰る場所』をまた映画館で上映できる機会に恵まれたことに感謝を申し上げます。
「映画は限りなく中立的な立場でないといけない」というのが僕のポリシーでしたが、今は映画を通して一人でも多くの方にミャンマーの事を知ってほしい、また映画が平和を望む現地の人々に少しでも役立ってほしいと願うほかありません。
親戚や友人、知人がミャンマーで暮らしていて、圧倒的な絶望を突きつけられる日々ですが、微力ながら支援につながれば幸いです。