「それぞれの当たり前の日常が戻ってくればいいなと思える作品」『まっぱだか』柳谷一成さんインタビュー


    『轟音』、『追い風』に出演し、存在感を残した俳優・柳谷一成さん。彼が主演を務めた安楽涼・片山享共同監督による映画『まっぱだか』が、8月21日(土)より元町映画館、9月10日(金)より京都みなみ会館、11日(土)より大阪シネ・ヌーヴォにて京阪神先行ロードショーされる。


   元町映画館の10周年を記念して企画された本作は「当たり前」という言葉を題材に、もがきながら生きる男女の葛藤を描いた人間ドラマ。全編神戸ロケ、さらに元町を中心に撮影が行われており、劇中ではその地域に生きる実在の人々も多数登場している。今回は、柳谷一成さんにインタビューを敢行。安楽・片山組としては初主演作となった本作への思いや、その裏側について伺った。



■撮影時の様子

――――『まっぱだか』の撮影に至るまでの流れについて、どのような形で進めていったのかについて、お聞きしたいです。

柳谷:2020年、コロナ禍の真っ只中だったんですが、脚本を読んでZoomの意見交換などもしながら、そのまま撮影に入りました。


――――撮影までは対面で会うことができず、脚本から演技へのアプローチについての話をZoomで詰めていったのでしょうか。

柳谷:実際は脚本も変わっていったため、撮影中に追加のシーンも増やしていきました。そのため、台詞に関しても、最初とは全然違うことを言っていたりしています。


――――そうなんですね。かなり自由度の高い現場だったようですが、その点はどうでしたか。

柳谷:主人公の俊は自分と重なる役柄でもあったので自由な演技には苦戦しなかったのですが、決まったシチュエーションの中で「自分だったらどうするか」と試されているような感覚だったので、一瞬たりとも気は抜けなかったです。

基本的に監督は、その時々で僕自身がどう思ったのかということを重要視してくれました。

ただ、ちょっと違うなと感じれば、そこでお話をいただくので、自分が思ってやったことが「そうじゃない」と言われる怖さはありました。



――――今のお話を聞いているとワークショップに近い方法なのかなと思いました。演技の方向性を探りながら、撮影していったのでしょうか。

柳谷:演技のやり方というのもあってないようなもので、ちょっとでもお芝居に見えると絶対にオッケーにはならないという現場でした。

監督のお二人は、そういうところがすごい鋭いので、セリフは頭に入っていても、その通りにならない可能性もありました。

演じていくうちにセリフや演技も違うものが出てくるので、「これとこれをつなげるには、これとこれを入れた方がいいよね」といった形で作品が変化していきました。

ただ、最終的に出来上がった映画は、ほとんど脚本通りだったとは思います。


――――以前、監督お二人にインタビューさせて頂いた際に柳谷さんとは過去にも作品を作ったけれど、『まっぱだか』では"本能的な演技"に衝撃を受けたとおっしゃっていました。

柳谷:両監督の作品には出演してきたものの、主演は初めてで、これまでは脚本通りの役割を果たそうと参加していましたが、今回はそうではなかったです。

野性的や武士っぽいということは、片山さんにもよく言われるんですけど、その点に関して、僕はあんまりよく分からないですね。


――――今回は主役で演技の自由度が高く、今までとは全然違う部分も多かったということですよね。

柳谷:この作品に関わる時には「これがダメだったらヤバイな」 という焦りはありました。

今回のように直接オファーを頂けることも貴重な機会なので、「この2人の期待に応えられなかったら、これからの役者活動に意味はあるのかな」と思うところまで考えました。


■監督との関係性

――――ある程度の信頼関係があったからこそというのはあるかもしれませんね。監督であり、劇中では友人・吉田役も務めた安楽さんは、柳谷さんにとってはどういう人ですか。

柳谷:安楽さんは最初出会った時に僕のことが嫌いだったらしくて。

初共演が『轟音』(監督:片山享)だったんですが、その時に主演の安楽さんは僕のキャスティングが役柄に合っていないと感じていたようです。

僕自身の撮影は2日3日ぐらいで終わり、役者・安楽涼に興味もあったので、実際、目の前で芝居を見てみました。

すると、圧倒されて「すごいな、良い役者さんなんだな」と素直に思いました。

また、実直な方という印象もありますね。

その後には『追い風』(監督:安楽涼)にも呼んでいただき、これまでも一緒にお芝居をしたいなと思っていたので、今回は、やっと共演が出来て、面白かったです。

対面して、お芝居をする時もワクワクしていました。


――――念願の共演だったんですね。演じていく中で何か感じることはありましたか。

柳谷:人と関わることは映画の中での関わりでもあると思うんです。

日常だと嘘をついたり、素直な気持ちが言えなかったりするじゃないですか。

でも、『まっぱだか』の中では言いたいことが言えるし、それで傷ついたりもして、本当に人と関わることは、そういうことなのかなと思いました。



――――『まっぱだか』は、過去の両監督作に引き続き、主人公が自分と向き合っていく物語が印象的でした。より、ストイックに自分と向き合う片山作品と、友人の存在を大切にする安楽作品が見事に融合していた印象も受けましたが、柳谷さんは本作をどう受け取りましたか。

柳谷:自分は、まだ、『まっぱだか』を客観視できていないというのはありますね。試写で一度見たんですけど、正直、映画の感想が分からなくて。

自分の心の中で「こんな表情してるんだ」とか「あんなに目がいっちゃってる」と思いながら、あの時の撮影が蘇ってきた感じはあります。

ただ、まだ冷静に作品を客観視出来ていないので、何回か観れば、変わっていくのかもしれません。


■俳優でもある共同監督

――――実際にお話してみると、柳谷さんの映画との雰囲気の違いに驚きました。撮影中は、やはり役柄に入り込んでいたんでしょうか。

柳谷:あの状況が役柄に入り込んでいる状態だったんでしょうね。


――――1週間で一気に撮るとなると、実生活にも影響が出そうだなと思いましたが、その点はどうでしたか。

柳谷:でも、オフになるところはオフになるんですよね。

撮影が終わった後はホテルに戻るんですが、同じ部屋で録音部の杉本崇志さんと缶ビールを飲みながら話す時間があったので、そこで、ちょっとオフになっていた気がします。

ただ、後半のANCHOR(ロケ地となった元町にあるバー)のシーン以降は、役柄に入り込んでいるのでしんどかったですね。自分の演じた俊にとっては横山(演:片山享)が敵対する人物でもあるので、片山監督が帽子やサングラスで扮装してくれたのが、とても有難かったです。



――――以前、監督にインタビューした際にも、そのエピソードを話していて、監督が俳優でもあることの大変さを感じました。

柳谷:商店街のシーンでは監督と主演の4人が演者として全員集まっていて、フリーのスタッフが録音部の杉本さんだけだったんですね。

なので、安楽さんが、一旦、カメラを置いて、演技をしてという場面もありました。

安楽さんは監督をしている時と演技をしている時の目が違うので、すごいなと驚きでした。


――――小規模作品ゆえの珍しいエピソードですよね。

柳谷:あの時の安楽さんの切り替えようは、本当にすごすぎて、面白かったです。


――――監督の演出はどうでしたか。基本的には片山さんから演出を受けたと聞きましたが……。

柳谷:自分は二人(安楽・片山監督)との共演も多かったので、その時々で担当は変わるという形ではありました。


――――インタビューの初めのほうでは、監督の思っている演技と違っていたらと怖いなと緊張感を抱えていたと言っていましたが、二人監督となると、演技に混乱が起きたりはしませんでしたか。

柳谷:監督が二人いるからどうっていうのはなくて、何か言ってくれる時も結論をどっちか一人が話しにきてくれる形でした。

なので、まずは自分が演技をした後、毎回、監督二人がカット割などを相談する時間があるんです。

その間、タバコを吸いながら待っていると説明があり、撮影するという流れでした。


――――相談する時間があるというのが面白いですね。

柳谷:先に画作りや立ち位置を決めてというのは多いですが、今回はあくまで役者発信という形が特殊でした。


――――その都度、変わっていく演技に合わせて、撮影していく方式だったということですよね。

柳谷:そうですね。演技に対して、常にカメラが向けられているわけではなかったのですが、ほとんどの撮影は手持ちカメラで行われていたため、変わっていく演技が記録されていた部分はあるのかもしれません。


■リアルと虚構が混じりあう現場

――――本編を観ていても、半分、ドキュメンタリーに近い印象だったので、スポーツ中継に近い撮影なのかなとも思いました。半ドキュメンタリーという意味では、実際に元町に住んでいる人たちが登場するのも面白かったですが、その点はいかがでしたか。

柳谷:僕自身が元町の方と共演するシーンは少なかったですが、撮影時に街に生きるANCHORの店長さんやRickey-styleさんが荷物運びやスチール写真の撮影で手伝いに来てくれたり、一緒に映画を作っている感じがしました。


――――街の人と一緒に撮影するっていうのは中々ない経験ですよね。

柳谷:画になる街ではあるので、自分が主役と言っていただいているものの、元町という街全体が主役だなと思いました。



―――劇中では、安楽さん演じる吉田とお互いにビンタをしあうシーンが印象的でした。大変な場面だったと思うのですが、 その様子はいかがでしたか。

柳谷:あのシーンは2日目の撮影で、一度、OKテイクが出たものの、ピントの問題で撮り直しになりました。

何回も出来る芝居ではなかっただけに、かなり苦戦しましたが、あのシーンがあったからこそ、安楽さんと、さらに距離が近づいたような気はしています。

あの時、自分の心の中では腹が立ったり、友人を愛おしく思ったり、色んな感情が渦巻いていて、その経験はとても貴重なことだなと思いました。


――――役柄に入り込んで、同じシーンを繰り返すうちに気持ちが揺れ動いていくという感じでしょうか。

柳谷:そうです。 あのビンタのシーンを序盤に撮れたのは良かったです。


――――あのシーンで関係性が深まったからこそ撮れたものもあったということですね。本当に、終始、自分に向き合わないといけない役柄だったと思うので、大変だったと思います。

柳谷:向き合っているのか、ずっとそこに閉じこもっているのかは分からないですけど、そういう役ではありました。そんな彼を外に出そうとしてくれてるのが吉田ですし、外に目を向けたらナツコがいて、一人では何も出来ない人物なんだなとは思います。


――――以前、監督にインタビューをした際は、片山さんの脚本に安楽さんが追加したことで友達の映画になったとおっしゃっていました。今回の撮影現場でもお互いの関係性が深まったということで、それは本編の内容と地続きだなと思いました。

一方、W主演の津田さんは脚本を読んで、ナツコの感情を理解するのに苦戦した場面もあったとおっしゃっていました。柳谷さんが苦戦した場面はどこでしたか。

柳谷:脚本では、クライマックスの長台詞の後に笑いだすということが書かれていました。

この場面では怒りから笑いへと感情が変化していく様子を長回しで表現しなければならず、読んでいる時は、かなり不安でした。

しかし、実際に演じてみると、上手くいったのが不思議でした。


――――脚本を読んでる時点では分からなくても、実際に声に出して演じてみると変わっていく部分もあるのかもしれないですね。

柳谷:そうですね。俊と横山とナツコの3人がANCHORに集まって口論になる場面でもそれはありました。


――――映画を観ている側としても、3人が話していくうちにエキサイトしていくので、どんどん居心地が悪くなっていきました……。(苦)

柳谷:あのシーンも脚本段階では控えめだったはずの自分のセリフが、役柄に入り込んでいったことで本編では怒号のようになっています。(笑)


――――演じるうちにキャラクターが動いていって、セリフも変わっていくというのが面白いですね。

――――柳谷さんにとって、俳優・津田晴香さんはどんな方でしたか。

柳谷:津田さんこそ、本能的な振る舞いをするという意味で動物だったと思います。

もちろん、安楽さんや片山さんと同様に共演していて、ワクワクするという感情もあったのですが、何を言ってくるのか、何をしてくるのか分からないという感覚はありました。


■最後に

――――これから観る方へのメッセージをお願いします。

柳谷:……。

そうですね~……。

僕、いつも、こんな感じなんですよ。いつも考えがまとまらなくて。(苦)


――――いえいえ。考えて言葉を選んでいただけて、有難いです。

柳谷:僕自身もそうなんですけど、近くにいる人を大切にしたいっていうのは本当に思っていて、それが映画の中でも表されていると思います。

『まっぱだか』は特別なことを描いてるような映画ではないです。

ただ、コロナ禍でいろんな当たり前がなくなっている中で、それぞれの当たり前の日常が戻ってくればいいなと思える作品ですね。


(大矢哲紀)


<作品情報>

『まっぱだか』

2021年/日本/99分

監督・脚本・編集:安楽涼、片山享

出演:柳谷一成、津田晴香、安楽涼、片山享

8月21日(土)より元町映画館、9月10日(金)より京都みなみ会館、

9月11日(土)より、大阪シネ・ヌーヴォにて京阪神先行ロードショー。

https://mappadakacinema.wixsite.com/mappadaka

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