「皆さんの内臓を躍らせたい!」注目の吉開菜央特集:Dancing Films、スペシャルトークでその真髄を語る


 関西では2月から3月にかけて開催された次世代映画ショーケース2021で特集上映されて以来となる、振付家、ダンサーとしても活躍する吉開菜央監督の中編・短編計6作品を集めた特集上映、「吉開菜央特集:Dancing Films」が9月24日(金)〜10月7日(木)まで出町座(京都)、9月25日(土)~10月1日(金)まで元町映画館で絶賛公開中だ。2019年カンヌ国際映画祭監督週間正式招待作品『Grand Bouquet』を含め、

Aプログラム『Grand Bouquet』『ほったまるびより』『静坐社』

Bプログラム『梨君たまこと牙のゆくえ』『みずのきれいな湖に』『Grand Bouquet』『Wheel Music』

と、吉開菜央監督による「ダンス・フィルム」を一挙に観ることができる絶好の機会となっている。



 元町映画館では公開初日となる25日(土)Bプログラム上映後に吉開菜央監督と、『ハッピーアワー』『スパイの妻』の共同脚本を務めた映画監督の野原位さんをお招きし、スペシャルトークを開催した。

 冒頭に、「目の前にあるけれど通り過ぎている物や音を観させていただいた。それらが気持ち良いイメージとして連なっています」と吉開監督に羨望の眼差しを向けながら感想を伝えた野原さん。まず『梨君たまこと牙のゆくえ』の着想について話を聞かせていただくことに。


■『梨君たまこと牙のゆくえ』~はじめて社会で生きる人間を描く


 吉本興業の地域発信型映画として鳥取の梨農園を舞台に作られた『梨君たまこと牙のゆくえ』は、それまで社会に生きる人間を描いたことがなかった吉開監督にとって新たなチャレンジの一作となった。脚本に高橋知由さんを迎え、島根県湯梨浜町でシナハンを敢行。南イタリアのような現地を全力で楽しみながら、それらの場所を使うにはどうしたらいいか、高橋さんと何度も意見を交わしたという。

「最初は5人ぐらいの女性がやってきて梨を作るミュージカル映画を考えていましたが、プロデューサーから、果樹園の仕事はしんどいので、夫婦など信頼ができる人とでなければ経営できないと却下されました。

そこから、食物をただ食べるだけの都会の人(アヤノ)と、食物を生産する地方の人(サトコ)を主人公に、梨や牙というモチーフが浮かんできました。当時、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』を読み、人間が土を耕すのは罪ではないかとも考えていたことも高橋さんに話をしました。主人公の出会いのシーンでは滝の下で梨をかじりながら溶け合う2人をイメージしています」

脚本段階では半信半疑気味だったプロデューサーも、編集時点で「つながってますね」と感激してもらったという本作は京都国際映画祭でワールドプレミア上映された。


■『Grand Bouquet』~作るときは自分が体験、作品と観客が暗闇で交わってほしい


 カンヌ国際映画祭監督週間正式招待作品『Grand Bouquet』。主演を務める香港の俳優ハンナ・チャンさんは香港ではすでに次世代スターの呼び声が高い人気俳優。吉開監督がネットやインスタグラムでこの役を演じられる俳優を探している中で白羽の矢を立て、香港のアートディレクターの知人を介して出演を打診したところ、日本語を3年間勉強し、日本での芸能活動を目指していたハンナさんは出演を快諾。その存在感と異物との闘う姿に注目したい。


 独特の造形や動きが印象的な吉開監督作品の中でも群を抜いている本作では、自分で動いてみることで話が展開したり、景色が見えたという。

「富士の樹海に行き、大きな根っこを見つけて、その中に自分が入ってみると、大きな心臓の中に入っている感覚がありました。木を中心に下にも上にも根っこが生えているように見え、引っ張り合って対になっている。この黒い塊は、彼女の体の中のものが出てきたとも言えます。そして自分と闘っている。

赤く体中をおおうのは血管でもあり、自分の中にあるものと外にあるものが一緒になってくる感覚です。このシーンでは、園芸店で苗を買い、根を赤く染めたものを体に這わせたりしています」と独特のビジュアルの根っこにある考えについて説明。

 実際に映画館で観ていると、じわじわと体中に黒い網状のものが張り巡らされる感覚や、自分の中に侵食されるような感覚が視覚や聴覚から強く伝わってくるが、それも吉開監督の狙いで、「みなさんの内臓を躍らせたい!」と力強く発言。その真意を野原さんに聞かれると、

「人の肌に触れている映像を観ると、自分が触られているような感覚になるように、音や触覚で人に触れることができるのです。だから映画で実際には交わらないけれど、映画館の暗闇で交わりたい」

さらに内臓だけでなく、呼吸を乗っ取りたいという吉開監督は、編集をしていると音や呼吸に合わせて、自分の息を合わせ、シンクロをいざなうようになる実体験を語り、

「映画は時間の芸術ですが、呼吸は吸うと吐くが対になりながら進み、リズムを作ること、しいては人の体に憑依することができるんです」



■『みずのきれいな湖に』~現代のイザドラ・ダンカン、小暮香帆さんの踊り


 北海道の支笏湖で、水とダンサーとドレスが交わる。風を感じる湖上の舟で、一人ダンサーが背中を向け、その美しく、しなやかな背筋が右へ左へと揺れ、大きくたなびく。そして湖と舟、ダンサーの境界がなくなり一体となって溶けていく…。とても美しいダンスフィルム、『みずのきれいな湖に』に主演の小暮香帆さんは、吉開監督の初期代表作、『ほったまるびより』にも出演している。

「小暮香帆さんは現代のイザドラ・ダンカン(モダンダンスの祖と呼ばれるアメリカ伝説のダンサー)だと思っているので、『ほったまるびより』から3年ぶりに小暮さんのダンス映画を撮りたいと思いました。香帆というお名前は高貴な海原に運ばれていくようにという由来があるとお聞きしたので、前回は線香の煙の中で踊ってもらいましたが、今回は風を感じながら舟の上で踊ってもらいたいなと。日本で一番透明度が高いといわれる支笏湖での撮影でしたが、雨は降るしとても寒くて、生き生きというよりは、死にゆく感じを表現するようなダンスにならざるをえなかった。踊りについては、少しは相談しましたが、香帆さん自身の踊りをやっていただきました」と吉開監督がその舞台裏を説明。



 吉開監督はもともとダンサーとして活動していたが、踊っていたときは体に起きていたことが言語化できていなかったと振り返る。

「自分が自分の感覚で映画を作る。特に、編集で繰り返し観ることが学びになりました。客観的に観ることができるようになり、人体のしくみについても、様々なコントロールで成り立っていることを実感しました。それに自然の音、街の喧騒など、世界中踊りに満ち溢れていると感じるのです」


■『静坐社』~建物の呼吸と、時を超えた共鳴


 30分間深い呼吸をしながら静坐をする。自律神経を整える効果がありそうな「岡田式静坐法」は大正時代に岡田虎次郎さんが発案、当時大流行し、それ以降も脈々と受け継がれているという。生まれた京都で静坐法を広げ続けてきた家屋が取り壊される直前の記録を収めた『静坐社』は、脈々と営まれていた跡形がそこここに刻まれている。人も家も呼吸している。それは、日本家屋を舞台にした『ほったまるびより』とも重なる吉開監督の眼差しだ。


 本作はちゃんと撮れているか自信がなく、撮影後1年ほど”寝かせていた”時期があったという。

「引越しの手伝いをしながら、様々な記録が残されていることに気づきました。チラシの裏に日記を書いていたり、肉筆の手紙も多数残っていたのです。そこに、精一杯の力を振り絞った文字で『私のような名もない、学もない、金もないような者をご親切に思ってくださってありがとうございます』と書かれた手紙がありました。きっと静坐法を教わった人だと思いますが、1年後に映像を観ていてようやく気付いたのです。当時の自分もヨガや呼吸法を習いながら手探りだった時期で、自分にシンクロすると思いましたし、この手紙を契機に作品が作れるかもと思えた。改めて観なおすことで、いろいろな音が聞こえ、編集で素材を繋げられる手ごたえをつかめたのです」


■踊りは人間でないものになれる


 最後に、思春期に人間が一番しっくりしたものではなかったという記憶があるという吉開監督は、「踊りは人間でないものになれたり、何かにシンクロしてみたり、トランス状態になれる」と踊りが真に自分らしいものにシンクロできると振り返った吉開監督。 最近は民族的なもの、魔女伝説的なものにも結び付いて面白いと前置きし、初長編作の『Shari』(元町映画館では10月31日より公開)についても言及。写真家の石川直樹さんに誘われ、石川さんがプロジェクトを立ち上げている北海道の斜里町で最初は短編のつもりが、気が付けば膨らんで初長編になったと撮影の様子を楽しそうに明かした。


 石川さんが初の映像カメラマンにチャレンジし、斜里という土地に脈々と流れる文化と、地元の人が培ってきた経験や文化がたっぷり含まれている。松本一哉さんによる音楽を浴びるように楽しみたい注目作への自信を覗かせた吉開監督。スペシャルトーク終了後のサイン会でも観客が熱い感想を寄せ、一度体験したら虜になる作品の魅力を裏付けた。



 トークでは触れられなかったが、吉開監督自身が自転車を漕ぎ、街の中や河原を疾走する『Wheel Music』は、吉開監督が2013年から取り組んでいる自転車シリーズの最新作。逆さのまま泳ぐ水槽の金魚や、行きつけの皮膚科のハムスター愛溢れるディスプレイなど、吉開監督の日常生活に溶け込みながら、そのユニークな視点を味わえる。重なり合う街の音もまた、ダンスしていると言えるだろう。

 この日、観たことのない新たな映像体験は、確かに私の体のどこかをガシリと掴んだ。新しい才能のときめく映像体験を、ぜひお見逃しなく!

(江口由美)