「今思えば、天国のような現場でした」 映画初出演で永瀬正敏とW主演を果たした『ホテルアイリス』陸夏(ルシア)インタビュー


 全編台湾、金門島ロケで小川洋子の官能小説を映画化した奥原浩志監督(『黒四角』)の7年ぶりとなる最新作『ホテルアイリス』が、2月18日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋、3月4日(金)よりシネ・リーブル梅田、京都シネマ、3月18日(金)よりシネ・リーブル神戸他全国順次公開される。

   歴史が染み込んだホテルアイリスとノスタルジックな街並みの中、何が現実で何が幻想なのか、何が現在で何が過去なのかわからない独特の世界観が、息をのむほど美しい映像で描かれる。マリとマリーの一人二役を演じた台湾の新人、陸夏(ルシア)は、永瀬正敏が演じるロシア語の老翻訳家と激しいシーンにも挑み、堂々とした存在感をみせる。菜葉菜、寛一郎ら日本の実力派キャストに加え、台湾からはツァイ・ミンリャン監督の常連俳優、リー・カンションやマー・ジーシアンも参加。豪華キャストが人間の隠された欲望と死の匂いを映し出した上質なミステリーだ。

  本作で俳優デビューを飾った主演の陸夏(ルシア)さんに、オンラインでお話を伺った。


■紆余曲折してたどり着いた映像の仕事への覚悟

―――まず、陸夏さんのご出身地は、台湾のどの地域ですか?

陸夏:以前は台北の郊外だった新北市出身です。台湾は高温多湿ですが、新北市は台北市と比べても3倍ぐらい湿度が高く、年中雨が降っているような場所で18歳まで暮らしました。


―――モデルや俳優活動をはじめたきっかけを教えてください。

陸夏:私は絵を描くのが好きで、高校時代は広告デザインを勉強していたのですが、大学ではマスメディアを専攻し、報道やニュースのことも学びました。一時は報道記者を目指したこともありましたが、表舞台に立つより、それを裏で支える制作や企画の勉強もしたので、就職はそちらの方面に進みました。

 でも仕事でストレスを抱えることが多く、改めて自分が本当にやりたかったことは何なのかと初心に返った結果、自分は表現者になりたいのだと気づきました。まだ自分の顔を出して人前で表現することに抵抗があったので、仕事の後、まずは声優のレッスンに励んでいました。その時の先生が俳優にも向いていると言ってくれたのです。確かに台湾の声優界はとても小さいパイ(規模)なので、そこで活動し続けるのは大変です。俳優でも舞台と映像のどちらに向いているのかを考え、映像でやっていこうと決めてからは様々なオーディション情報を探し、いくつも実際に受けているうちに『ホテルアイリス』のオーディションを見つけたのです。


―――なるほど、最初は声優を目指しておられたんですね。陸夏さんはアニメで日本語を学んだそうですが、具体的にどんなアニメが好きですか?

陸夏:「進撃の巨人」、「HUNTER×HUNTER」が好きですね。最近忙しくてあまり見ることができないのですが、「カードキャプターさくら」は私の成長過程で一番影響を受けた作品になります。


―――『ホテルアイリス』のオーディションを受けるにあたり、小川洋子さんの原作は読みましたか?

陸夏:翻訳された原作を読みましたので、オーディションは主人公のマリがどんな服装をしているのか、表情作りなど、原作からイメージして臨みました。



■奥原監督から撮影中に言われた「お互いを写しあう、鏡の中の鏡」

―――原作と脚本を読み比べて、それぞれの世界観や訴求したいことの違いを感じましたか?

陸夏:原作は情欲に関する描写がかなり多いのですが、脚本はそのような描写が少しまろやかで和らいだ一方、どちらかといえば内面的な描写や魂レベルでの交流に重きを置かれているように思いました。原作で描かれるSMや情欲的なところに惹かれていくという設定はあえて変えていませんが、実際に映画の中でそこを前面的に押し出しているわけではありません。映画は虚実をないまぜにしながら、何が真実で何がリアリティーなのか。私は誰なのか。そして、この世の中は何をもって真実と言えるのかという探索をしているようなものです。

奥原監督から撮影中に言われてずっと頭の中に残っているのが、「これは鏡の中の鏡で、写し鏡がお互いを写しあっている」。このことは作品の的を言い当てていると思うのです。私が鏡を見ているのか、鏡が私を写しているのか。私の中にも鏡があり、ずっと写しあっている。原作の文字の羅列のなかではそこまで掬い上げて想像できないかもしれませし、私がオーディションに臨んだときも、そこまで深く読み込めていなかったと思います。原作は完成された小説ですが、この映画はそれにプラスして物語を付け足したようなもののように感じます。



■あえて何も考えず、実存を感じることを心がけて。

―――私も陸夏さんと全く同じことを感じていました。現実と虚構が入り混じり、何が真実で何が虚構なのかわからなくなる。一方で、虚実ないまぜになることで真実が写されるのかもしれないと、いろいろ考えると何度も観て、考えさせられる作品です。

陸夏:脚本が何度も修正され、最終版を読んだ時、この結末は何なのだろうと読んで呆然としてしまい、おもわず監督に「何が本当で、何が嘘なんですか」と愚問を投げかけてしまいました。奥原監督はそれに対して「君はどう思うの?」と聞いてくれたのです。全てが本当であると同時に、全てが虚構でもある。だから真実かどうかを解析するのではなく、私自身を脇に置いて全身全霊で臨まなければ、演技できないと思いました。マリもマリーも真実であり、自分が見たもの、感じたもの全てがリアリティーを帯びている。だから、あえて思考を放棄し、考えずに、ただ自分という本当の実存を感じることを心がけて演じました。


――確かに通常の一人二役とはニュアンスが違い、演じ分けも難しかったと思いますが、マリとマリー、それぞれどんな背景やキャラクターだと思って演じたのですか?

陸夏:マリーはマリが想像した理想の自分、理想の友達のような存在です。マリとは違い、明るくて穏やかなので、レモンイエローの鮮やかな服を着ています。マリは原作からどのような背景のキャラクターかを辿ることができますが、マリーは経歴がよくわからないけれど、マリと同じホテルアイリスにいることもありますし、大人びています。演じ分けが難しい中、マリーを演じている時はどちらかといえば私自身の本性が滲み出ていたと思うのです。マリーを演じた後にスタッフから「これはマリーではなく陸夏さんでしょ?」と言われた時は、まだ役者として精進しなければいけないと痛感しました。



―――マリは永瀬正敏さんが演じるロシア語翻訳家の男に惹かれていきますが、どんな役作りをしたのですか?

陸夏:私は役作りをする時、マリならどんな音楽を聞くだろうと考え、マリが聞く音楽リストを作って、その音楽を聞けばマリになれるという方法を実践しています。少し前に『ホテルアイリス』フォルダに入っていた音楽リストを久しぶりに聞いてみると、マリの鬱々した状態になりながら、撮影当時の自分のことや、永瀬さんの手の感触など様々なことが思い出されたのです。マリは原作でも第一人称ですし、それらを一字一句自分のものにしていくので、役作りの手助けとなるテキストがたくさんありました。


―――それはユニークな役作りですね。演じる上で永瀬さんや奥原監督から何かアドバイスはありましたか?

陸夏:永瀬さんと奥原監督と一緒にディスカッションしたのは、情欲的な部分が最も多かったです。私はまだ新人なので、立ち位置や、どのように演技をすればいいのかをリハーサルしてくださいました。最初にそのようにやっていただいたので、2回目以降はリハーサルなしでもやれそうな時はそのまま本番に臨む時もありました。

 永瀬さんはどのようにすればマリが美しく見えるか、動作や立ち位置に意見を下さるだけでなく、二人の動きが調和をなして見えるかどうかについても、建設的なアドバイスをたくさんしてくださいました。



■永瀬正敏は「一緒に演じている限り、絶対悪い演技にはならないという安心感があった」

―――永瀬さんは『KANO ~1931海の向こうの甲子園~』(14)で台湾でも高い人気を誇る俳優で、オーディションを受ける際には既にキャスティングされていたと思いますが、実際に共演していかがでしたか?また撮影時のエピソードが何かあれば教えてください。

陸夏:インターネットのオーディション情報では、すでに永瀬さんの写真が掲載され、スタッフ陣の名前も記載されていたので、このキャスト、スタッフなら絶対に安心して応募できると思ったのがすべての始まりでした。

 最初は無口でいらっしゃったし、ちょっと厳格で近づきづらいイメージがあったのですが、一緒にお仕事をさせていただくうちに、キャストのみならずスタッフに対してもとても細やかな気遣いをされ、何よりもユーモアに溢れている方だとわかりました。一緒にお芝居をする中で、私がうまくできずに何テイクも重ねてしまうこともあったのですが、永瀬さんは「大丈夫、大丈夫」と相手のミスに寛容であり、かつ私を信頼してくださっていたので、新人でも萎縮せず撮影に臨むことができました。また永瀬さんと一緒にお芝居している限り、絶対に悪い演技にはならないという安心感もあったのです。



―――永瀬さんとがっぷり四つに組んでの撮影は、様々な学びがありましたね。マリが翻訳家の男に惹かれる背景には、亡くなった父や一緒にホテルを営む母が大きく関係しています。父役は『KANO〜』監督のマー・ジーシアンさん、母役は菜葉菜さんです。

陸夏:マリの母を演じた菜葉菜さんは、役柄では性格がキツい感じでしたが、ご本人はとても可愛らしく、ほんわかした雰囲気で現場を和ませてくれる心優しい方でした。今でも、菜葉菜さんが私のお姉さんになってくれたらいいのにと思うぐらい、撮影中も自分のカットが終わると菜葉菜さんの隣にいたりしました。本当に素晴らしい役者でしたね。マー・ジーシアンさんはシーンが少なかったので、後半数日撮影に参加されたのですが、永瀬さんとは『KANO〜』でご一緒しているので、親友同士の強い絆があり、久しぶりの再会を抱き合って喜んでいらっしゃいました。永瀬さんはマリが心を寄せる翻訳家役で、マー先輩はマリの父役なので、この二人が抱き合っているのはちょっと不思議な気持ちにもなりました(笑)。

 マー先輩とは父娘でダンスをするシーンがあるのですが、とても身軽で自然にダンスをしてくださるので、私も身を預ければうまくいくという安心感を与えてくれましたね。



■歴史的に重い過去を持つ金門島での撮影は、特別な意味を持つのではないか。

―――一台湾の方にとっては歴史的にも特別な意味を持つ金門島での撮影は、とても美しかったですが、陸夏さんのような若い世代はこの場所に対してどんなイメージを持っているのでしょうか。また撮影をして感じたことは?

陸夏:私も今回の撮影で、初めて金門島を訪れました。私たちの世代でシュノーケリングやや孤島に行くとき、蘭嶼(らんしょ)島などが人気で、金門島はあまり選択肢として入らないのです。歴史の教科書で、金門島が軍事基地として機能し、そこで交戦してきた重い歴史を持っている島であることを学んだので、行くのをためらう部分があったかもしれません。ただ近年は『軍中楽園』(14)の舞台となったので、若い人の中で知名度が上がりましたし、コロナの関係で、海外旅行に行けない中、金門島に行く人がさらに増え、より観光地化していると言えます。このような歴史的に重い過去を持つ金門島で、『ホテルアイリス』のような美しい情緒的な作品を撮るというのは、特別な意味を持つのではないかと思います。



■自分の味を出しながら、役の人生を表現できるように、

―――初主演作で国際的な現場を体験したことが、陸夏さんのキャリアにどんな影響を与えましたか。また、今後の目標も聞かせてください。

陸夏:初主演作でたくさんの日本語を覚えなければなりませんでしたが、とても国際的なチームの中、役者の先輩方とお仕事をすることができ、今から思えば天国のような現場を過ごすことができた作品だったと思います。『ホテルアイリス』が初めての映画の現場だったので、この規模感がスタンダードな映画の現場だと思っていたのですが、それから他の現場に入る中で、『ホテルアイリス』の特殊性を感じるようにもなりました。新人でしたが、奥原監督は私の解釈の余地を尊重してくださいましたし、撮影の台湾人カメラマン、ユー・ジンピンさん(『少年の君』)と仕事を介して知り合えたことが何よりの財産になりました。

 他の作品にも出演する中で、自分の足りないものが客観的に見えてきましたので、今後の目標はそこを克服し、より良い役者になることです。その中で重要なのは自分の特色を保ちながらも、それぞれの役になりきり、その人生を演じることだと思います。どの役を演じても、陸夏の味がきちんと出ていると同時に、それぞれの役としてのリアリティがあり、その人生を表現できる。その結果、作品をイキイキさせることができればと思います。

(江口由美)


<作品情報>

『ホテルアイリス』Hotel Iris [艾莉絲旅館] (2021年 日本・台湾 100分)

監督・脚本:奥原浩志

原作:小川洋子「ホテル・アイリス」幻冬舎文庫

出演:永瀬正敏、陸夏(ルシア)、菜 葉 菜、寛 一 郎、リー・カンション、マー・ジーシアン

配給:リアリーライクフィルムズ+ 長谷工作室

2022年2月18日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋、3月4日(金)よりシネ・リーブル梅田、京都シネマ、3月18日(金)よりシネ・リーブル神戸他全国順次公開

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