ゼロから共に作り上げた、エベレスト撮影の短編『バグマティ リバー』松本優作監督、岸建太朗(撮影)さんインタビュー


 3月10日よりシアター上映を開催中の第17回大阪アジアン映画祭で、インディ・フォーラム部門の松本優作監督作『バグマティ リバー』が世界初上映され、主演の阿部純子が見事、芳泉短編賞スペシャル・メンションに輝いた。

<審査委員コメント>
エベレストで行方不明になる兄を探し続ける妹の役を、極めて過酷な条件下で、完璧に演じられていたことに敬意を示します。


 『Noise ノイズ』で鮮烈なデビューを放った松本監督が、『海辺の彼女たち』の撮影、岸建太朗さんとタッグを組み、全編ネパールで撮影した本作。阿部純子と小橋賢児をキャストに迎え、エベレストから届いた差出人不明の葉書に導かれ、2年前にエベレストで行方不明になった兄を追ってエベレストを訪れる妹、那月の旅路を映し出す。2018年、松本監督と岸さんがヒマラヤでドキュメンタリー映画を撮影中に命を失った登山家の栗城史多さんに捧げる映画でもあるという。

 本作の松本優作監督、岸建太朗(撮影)さんに、お話を伺った。



■学校の先輩、藤元明緒監督を通して知り合った岸さん(松本)

―――松本監督と、『海辺の彼女たち』(藤元明緒監督)をはじめとする登場人物の内面を映し出すカメラワークに定評のある岸さんがこんな形で繋がっていたとは嬉しい驚きでした。

岸:松本監督とつなげてくれたのは、実は藤元監督なんです。松本監督は彼の後輩(ビジュアルアーツ大阪)ですから。

松本:藤元さんは1学年上で、学生時代から有名だったのですが、その当時はしゃべったことはなかったんですよ。卒業後、上京したときに知り合いが誰もいなかったので、藤元さんに連絡させてもらってから、時々飲みに誘ってもらう仲になりました。ちょうど初長編の『僕の帰る場所』を仕上げておられたころで、30分ぐらいのティザーを見せてもらった時に、岸さんのカメラがいいなと思い、紹介してくれるようにお願いしたんです。

岸:藤元君から、「ティザーを見せたら、『こういう感じのカメラワークをする人と仕事をしたいので、あわせてほしいという若者がいるんだけど、会ってもらえませんか』と。7年前、3人で品川のファミレスで会ったことは今でも覚えています。


―――藤元監督をはじめ関西出身の映画人が、日本のみならず世界でその実力を認められていくのは個人的にも嬉しいです。『バグマティ リバー』を撮るきっかけとなった登山家、栗城史多さんとの出会いは『Noise ノイズ』だったそうですね。

松本:『Noise ノイズ』に出演された小橋賢児さんが栗城さんの友人で、試写会に来てくださったんです。有名な方なので名前を知ってはいたのですが、お会いする中で「自分の映画をエベレストに来て撮ってよ」と頼まれました。その場で即答で「行きます!」と言いましたが、まさか本当に行くことになるとは思ってなかったです(笑)


■栗城さんにお会いすると、エベレストに行かざるを得ないという気持ちになった(岸)

―――エベレストの撮影が簡単ではないことは容易に想像できますが、そこで岸さんに声がかかったということですね。栗城さんのエピソードも合わせて当時のことを教えてください。

岸:松本監督から、栗城史多さんのドキュメンタリーを撮るので、一緒にエベレストに登りませんかと撮影のオファーをされました。でもそれは簡単なことではないので、返事をするのに時間がかかりました。栗城さんに実際にお会いすると、僕らの世界とは別のラインで生きているというか、この世とあの世の狭間で生きているような、何か不思議な魅力を持っている方だと思いました。

最初、どんな靴でエベレストに行けばいいのか質問したのですが、さらりと「サンダルでいいですよ。そのままの格好で全然問題ないです」とか真面目な顔で言うんです(笑)。よくよく聞いてみると、綿100%の分厚い靴下を履いて寝ないと凍傷になると、また真面目な顔で言い始めて。栗城さんは生粋のエンターティナーで話しも面白いんですが、言ってるこがとが本当なのか冗談なのか、わからなくなるようなところがありました。それも彼の魅力、人たらしの才能と言うか。


松本:僕らも見事に巻き込まれました(笑)。


岸:やはり栗城さんにお会いすると、これは行かざるを得ないという気持ちにもなったし、松本君を一人で行かせるのは心配でしたから。栗城さんからは「エベレストでタバコを吸ったカメラマンは死にます」と驚かされていたので、行くと決めたその日からタバコは止めまして、無酸素状態でランニングをしたり、現地入りする前に高山用のトレーニングをしました。もしかしたら帰って来れないかもしれないという覚悟で臨んだのですが……


■撮影は、ヘリを使って高山病になる前に下山する作戦で(松本)

―――実際にどこまで登ったのですか?

岸:5400mのエベレストベースキャンプです。僕はプモリという6300mの山までは登りました。プモリは空気が薄くて居るだけで辛いのですが。テントを張ってそこに望遠レンズを設置して、崖を登ってくる栗城さんを待つんです。でもいつくるかもわからないし、ただ待っているしかないので、あれは本当に苦しかったです。


松本:その高さに登るまでの過程が大切で、本来は体を慣らすためゆっくりゆっくり登っていくのですが、映画の撮影だとそれだけの時間が取れないので、ヘリコプターで4000m地点まで行き、高山病になる前に降りてくるという作戦を立てました。またエベレストが見えないと意味がないので、一番見える場所で、唯一ヘリコプターが降りることができる場所をリサーチしました。


岸:実際に栗城さんのガイドをしていたマン・バハドゥール・グルンさんや、スタッフにも山のガイドが3人同行してくれ、栗城さんのヒマラヤ登山をサポートしていたボチボチトレックの方にもアドバイスをもらいながら、段取りしてもらいました。


―――栗城さんの事故でドキュメンタリー撮影を中断してから、今回新しい企画でヒマラヤ入りするまで、どんな気持ちで過ごされたのでしょうか?

松本:栗城さんの事故後、ネパールでフィクションを撮りたいという気持ちが芽生え、MOON CINEMA PROJECTに企画を応募し、色々な方の支えがあり、グランプリをいただくことができました。その制作支援金(500万円)でこの企画を進めることができたのです。栗城さんの命日にラストシーンを撮影することになったり、色々な奇跡が重なって、栗城さんから「撮れよ」と言われているようでしたね。



■那月役は阿部さん以外に考えられなかった(松本)

―――主演は阿部純子さんですが、かなり過酷な撮影をよく快諾してくださいましたね。キャスティングは阿部さんに絞ってオファーしたのですか?

松本:はい。最初から阿部さんに絞ってオファーさせていただきました。阿部さんの作品は過去に拝見していて、本当に素晴らしい役者さんだとずっと思っていましたし、ネパール撮影のため必要な英語力も兼ね備えていらっしゃる。しかも当日にセリフを変更したり、加えたりするケースも多いので、すぐに対応できるレベルの英語力が必要で、今回は阿部さん以外に那月役は考えられませんでした。


―――実際にネパールでのロケは何日ぐらい行ったのですか?

岸:出発してから戻るまで、移動時間も込みで2週間だったと思います。エベレストに行くには、ルクラという世界一墜落率が高い飛行場まで飛ぶんですが、エベレスト山脈は天候が悪くて、飛行機が1週間飛ばないこともあります。もしそうなった場合はカトマンズで撮影を完結する代案も考えていました。幸運なことに飛行機が無事に飛んでくれましたが、お陰で素晴らしい映像が撮れたと思います。


松本:よく、皆さん一緒に行ってくださったと思います。感謝の気持ちでいっぱいです。


―――本当にエベレストで撮影した映画はなかなか日本ではないと思います。しかも「ハァハァ」という苦しそうな息の音から始まりますね。

松本:阿部さんはあの過酷な環境の中で、本当に大変だったと思いますが、すごく元気でみんなをリードしてくださりました。


岸:僕は被写体が前にいると、カメラを持っていても全然疲れないんですよ。阿部さんも僕と同じで元気だったのですが、ちょっと元気すぎるので、監督は「阿部さん、ちょっと走ってきてください」と何回も指示を出していました。他の人は歩くだけでヒーヒー言ってるのに、阿部さんは何度走っても平然としていて驚きました。


松本:阿部さんは運動神経が抜群で、基礎体力のある方なのでそういう演出をしました。実際に撮影した時は、本当に疲れた状態だったと思います。阿部さんには物凄く感謝していますし、阿部さんでなければこの映画は撮れなかったと思います。


―――那月が途中で力尽き、転ぶシーンは滑落しないかとヒヤヒヤするぐらい、本当にすごい、でも見事なビューポイントでの撮影でした。

松本:ちょうどその奥にエベレストの見える場所だったので、動きを確認しつつ、体力的にも精神的にも本当に辛い状態で演じることをやっていただき、何テイクも撮りました。


岸:あの山を見ていると、人間なんて絶対にかなわないと思うんです。その中で兄が必死に登ろうとしている姿を妹は登りながら感じていたと思います。僕も撮影しながら那月と同じような気持ちでいたと思います。



■栗城さんのシェルパだったマンさんの言葉「彼は自分の家族」(松本)

―――単に見聞きするだけでなく、実際に現場で、同じ空気を吸いながら、しんどさや雄大な山を感じて登るのは、亡き兄が人生をかけて挑んだ登山の追体験にもなりますね。本作では、栗城さんと10年間一緒に山を登ってきたシェルパのマンさんも出演されていますが、脚本段階でマンさんから聞いた当時のエピソードを入れたりしたのですか?

松本:マンさん自身が本当に出演してくれるか、現地に入るまでわからなかったんです。ロケハンの時には山を登っていて会えなかったので、話は通してもらっていたものの、最初は不安でした。でも、栗城さんのためならと出演を快諾してくださり、取材をする中で彼のことを「自分の家族」と語っていたので、これは脚本に入れたいと思って取り入れています。

 映画の中でその言葉を語るシーンも、本当の気持ちを話してくれていたので、芝居ではなく、心からの言葉だと思います。


岸:お芝居は未経験ですが、マンさんは栗城さんが初めてネパールに来た時以来の長い付き合いがありますから。自然に感情移入できたんだと思います。


―――タイトルにもなっているバグマティリバーは、ネパール人にとってはどのような場所なのですか?

松本:バグマティーリバーには、ネパール最大のヒンドゥー教寺院パシュパティナートが建てられていて、そこには火葬場があるんです。カーストが上の人ほど上流で焼くそうですが、川の中だけはカーストは関係なく一番平等な場所になるという、ネパール版ガンジス川です。亡くなった人が次の人生を歩む輪廻転生の場所で、ネパールの人は基本的に亡くなればこの川で焼いて灰を川に流すそうです。日本人の感覚だと、大切な人が亡くなれば、とても悲しい気持ちになりますが、ネパールの人は違う考え方をするみたいです。新しい人生を歩むことができるので、それは決して悲しいことなんかじゃないと。僕自身、栗城さんの事故後に初めてバグマティーリバーを訪れて時に、ネパールの方々の死生観に触れ、少し気持ちが楽になった気がしました。


■特別な想いが詰まった現場で演者達は何を思ったのか。

―――那月の兄を演じているのは小橋賢児さんで、本当に登場シーンはわずかですが、一緒に行かれたんですね?

松本:僕たちよりも小橋さんの方が比べ物にならないほど栗城さんとの付き合いが長いので、登山家の兄の役は小橋さんにお願いするしかないと思っていました。本編を観た時も感動してくださっていましたし、僕たちと同じように栗城さんへ何かできないかと思っておられたので、気持ちを一つにして取り組めたと思います。


岸:撮影中はずっと一緒でしたし、映画に使用したシーンは少ないですが、小橋さんが山に登っているシーンも撮っています。


―――そういう特別な想いが詰まった現場に参加した阿部さんは、どう受け止めておられたのでしょうか?

松本:阿部さんは栗城さんには会ったことがありませんが、長年兄と会っていない那月と同じ感覚を持っておられたのではないでしょうか。那月は、兄と10年以上会っておらず、記憶があやふやな中、兄のことを知りたいと思った。そういう那月の設定と阿部さんの状況がリンクしていたので、変に知りすぎるよりも、どんな人だったのかと想像を巡らすことが阿部さんにとっても役作りになったのではないでしょうか。


■岸さんはゼロから映画づくりに入ってくれるカメラマン。作り手として大事な部分がたくさんある(松本)

―――確かにそうかもしれませんね。岸さんとタッグを組んで、ネパール撮影に挑んでの感想は?岸さんは監督もされるので、あまり指示をせず任せたという感じだったのでしょうか?

岸:今回はシナリオも一緒に書きましたし、2018年に一度一緒にエベレストでの撮影も経験しています。普通なら「こういう企画があるのですが」とオファーが始まるのかも知れませんが、今回は撮影前に膨大な経験をしていたので、撮り方も自然に出てきた感じです。スタッフがとても少なかったので、僕らが照明を作っている時、松本監督も一緒になって参加してくれたり、まさに全員野球で取り組みました。シーンのイメージを話して方向が見えたら、みんな一緒になって撮影の段取りや準備作業をする、という感じでしたね。


松本:カメラマン、監督、演出部という括りがなく、みんなで映画を作ろうという感じで出来上がったので、一カメラマンとしてという感覚はないですね。オファー的な感覚もなくて、「行きますか?」「それは行こう」みたいな(笑)。


岸:実際僕らは栗城さんという友人をエベレストで亡くしていて。その喪失が松本監督の中でとても強いことを感じていたので。松本監督の喪失は本当に純粋で、苦しいものでしたが、だからこそ力があると感じたし、その気持ちを今形にしておくべきものだ、すべきだと思っていました。僕は映画の最前線で俳優や景色と触れる立場なので、そこが無理なく撮れればいいし、松本監督も栗城さんのことを弔いたいという気持ちが一番だったので、説明が難しいですが、見えないものが映っているような、そういう映画を目指そうという共通認識のもとに進めていった感じです。映画という名の弔いの儀式をやらせてもらった感覚です。


松本:岸さんはそういう作り方ができるカメラマンですし、僕がいいなと思うのは、目には見えないものを撮れる人だということです。美しいライティング、きれいな構図で撮るカメラマンは世の中にたくさんいると思いますが、目に見えないものを切り抜ける人はなかなかいない。僕しかり、岸さんにお願いする監督はその部分に魅力を感じているのではないでしょうか。とにかく岸さんは普通のカメラマンじゃない。ゼロから映画づくりに入ってくださるし、ゼロから入らなければできないものがある。特に『バグマティ リバー』のような作品はそういう作り方をしなければ意味がないですから。商業的な作品とは全く別の作り方ですが、作り手として大事な部分がたくさんあると思います。

(江口由美)


<作品紹介>

『バグマティ リバー』 (2022年 日本・ネパール 29分)

監督:松本優作

脚本:松本優作、岸建太朗

撮影:岸建太朗

出演:阿部純子、小橋賢児、マン・バハドゥール・グルン



第17回大阪アジアン映画祭公式サイト

https://www.oaff.jp/2022/ja/index.html