「かっこいい“おばさん”が登場する作品を作りたかった」 黒沢あすか主演のサスペンスエンターテインメント『親密な他人』中村真夕監督インタビュー


 第34回東京国際映画祭のNippon Cinema Now部門に正式出品された中村真夕監督(『愛国者に気をつけろ!鈴木邦男』)の最新作、『親密な他人』が、4月15日(金)より京都シネマ、4月16日(土)より第七藝術劇場、元町映画館ほか全国順次公開される。

 恵(黒沢あすか)は、行方不明になった最愛の息子・心平(上村侑)の帰りを待つシングルマザー。情報提供のよびかけに反応し、電話をよこした雄二(神尾楓珠)と会ううちに、彼がマンガ喫茶に寝泊まりしていることを知る。お互いの目的を隠したまま接近するふたり。ついに恵は、息子の部屋が空いているから泊まるように声をかけ…。

 息子のことを思うがあまりに、その心の闇を思わぬ方法で埋めようとする恵を黒沢あすかが全身全霊で演じ、怖さを増幅させる。オレオレ詐欺、ネグレクトなど、現代社会が抱える親子関係の闇を盛り込みながら、日常生活に潜む恐怖を描いたサスペンスエンターテインメントだ。

本作の中村真夕監督に、リモートでお話を伺った。



■コロナ下の設定にすることで、内と外の違いが明確に

━━━最初に、第16回大阪アジアン映画祭でJAPAN CUTS Award スペシャル・メンションを受賞した『4人のあいだで』や本作は、映画でもコロナ下という設定にし、それを映画的な表現に昇華させておられます。多くの映画作家がコロナ下でもそれを感じさせない設定にする中、その設定にこだわる意図をお聞かせいただけますか。

中村:この企画には以前から携わっており、企画内容がようやく固まってきたのが2020年夏ごろでした。その時点で既にコロナ下だったので、プロデューサーと相談して設定自体もそこに合わせる形にしました。もともと密室劇だったので、設定を変更したことで、内と外の違いが明確になった。つまり外はウイルスの危険があるのでマスクで防御する必要があるけれど、室内はマスクを外して安らぐことができるわけです。設定をコロナ下にすることで、その安心である室内で密な状況になったとき人はどうなるのかを、より強調することができました。


━━━どれぐらい前から構想していたのですか?

中村:わたしの劇映画デビュー作『ハリヨの夏』が全共闘世代の親を持つ子どもの鬱憤を描いたファザコン的要素のある作品だったので、次にマザコン的要素のある作品を構想していました。長く海外で過ごしていたので、常々、日本の母と息子の独特な関係性、いわば愛と執着のようなものが独特だと感じていました。母と娘との関係性とは全然違うので、そのユニークさをどう表現するか。日本特有の犯罪であるオレオレ詐欺も、その背景を探ると、息子のためならなけなしのお金を差し出してしまうという母や祖母の愛情につけ込んだ犯罪なので、それを逆手にとった女性の話を考えるようになりました。


■短編『4人のあいだで』は、『親密な他人』を撮るための試作でもあった

━━━社会問題を劇映画に取り入れるあたりは、ドキュメンタリーも多く手掛けている中村監督らしさを感じます。

中村:『4人のあいだで』のときも、コロナ下になった直後から、これはなんとか映像にしたいという思いから生まれた作品でした。世界の人が同じ時期に同じような体験をするような災害は、わたしが生きている中では初めてでしたから。当時は何もできなくなったので、それでも何かしたいという気持ちがあったことに加え、本作を撮影していただいた辻智彦さんと初めて組むので、『親密な他人』を撮るための試作でもありました。


━━━リモート短編が続々誕生していましたが、本作は公園でリモート飲み会をするという設定で、撮影が外だったのが非常に新鮮でしたね。

中村:当初はリモート画面でやろうと思っていたのですが、この画面を延々と見せられるのはさすがに辛いだろうと思い、公園での撮影に変えました。その後、公園飲み会がはやったので、先取りしましたね(笑)。実は『4人のあいだで』に続く連作で、コロナ下で生きる女たちを描いた短編3本を昨年撮影したので、4本合わせてみなさんにお見せできればと現在仕上げ作業をしているところです。



■恵は、女性に対する日本社会の伝統的な価値観に縛られた人

━━━それは本当に劇場で拝見するのが楽しみです。野原位監督の『三度目の、正直』もそうですが、40代の女性は子どもを産む、産まないに関わらず、子どもに対する悩みがその人の深いところにあると感じます。本作の主人公、恵も我が子を失い、そのままずっと彼女の中の時間が止まってしまっているかのようです。

中村:恵というキャラクターは、日本社会の中で女性は妻や母になるのが当たり前という従来の価値観に縛られた人という設定にしています。彼女は妻であること、母であることの両方に失敗してしまうのですが、今でも結婚指輪を付け、マダム風な装いで出かけています。企画書を説明するときに、『母なる証明』や『砂の女』を例に出すとみなさん疑問符がついておられましたが、出来上がった作品をご覧になれば、なるほどと思ってもらえるのではないでしょうか。


━━━恵はベビー服店で働いているのを見て、ベビー服を見るのは逆に辛いのではないかと思ったのですが。

中村:様々なリサーチをする中で、自死をした息子を持つご両親にお話を伺うと、男性の場合は亡くなった子どもの年齢と同世代の子どもは見たくないとおっしゃるのですが、女性の場合は身代わりが欲しいと思う方がいらっしゃり、その反応が全く違うのです。女性は愛情が深い分、失ったものの穴埋めをしようとする能力があり、そこが怖さに変わる部分でもあります。



■製作委員会方式では成立しなかった“おばさん”が主人公の映画

━━━恵を演じた黒沢あすかさんは、今回中村監督とタッグを組まれたことで、大人の女性の魅力や演技の幅を見事に発揮されており、本当に惹きつけられました。

中村:『六月の蛇』や瀬々敬久監督の『サンクチュアリ』で、いろいろな顔を持ち合わせている女優さんだと思っていたのですが、ここ最近はテレビドラマで一般的な母親役が多く、もっといろいろな表現ができる方なのに、もったいないと感じていました。

 実際、おばさんが主人公の作品は、映画の出資者を探す段階でお金を集めるのがやはり厳しい。製作委員会に企画書を出しても、年上の女性と、親子ほど年の違う若い男性の話は「気持ち悪い」とか「エロスのシーンは抜いて」と言われることがままありました。

 邦画の場合、おじさんが主人公で、若い女性と恋愛するおじさんファンタジーの映画はたくさんあるんです。それなのに、逆パターンだと不道徳と言われる。わたしが映画を観に行こうと思っても邦画で楽しめる映画がないわけです。おばさんが主人公の映画がないことに、ちょっとモヤッとしていたので、ジュリエット・ビノシュやイザベル・ユペールのように、かっこいい大人の女性が登場する作品を作りたいと思い、今回は製作委員会方式ではなく、シグロの山上徹二郎さんが企画・製作し、助成金や自己資金を使って作りました。

 女性監督は増えていますが、出資する製作委員会はまだまだ男性ばかりですから、どうしてもその趣向を作品に反映させざるを得ない。製作委員会方式では成立しなかったでしょうね。


■黒沢あすかに期待したこと

━━━お金を出資する側にも女性が増えなければ、女性監督が増えても、わたしたちが観たいと思える作品、おばさんが主人公の作品は生まれない。腹ただしい現実です。

中村:女優さんの場合、30代半ばを過ぎると母親役ぐらいしかオファーがこなくなってしまうことが多いのですが、「女性が妻や母になったら、女ではなくなってしまうのか?」という疑問が常々わたしの中にありました。黒沢さんなら妻や母の部分、女の部分の両方を体現できるのではないかという期待もあったのです。


━━━黒沢さん自身は恵を演じてどんな感想をお持ちなのでしょうか?

中村:インタビューでおっしゃっていたのが、実生活でも3人の子どもの母ですし、母親役が多いこともあり、日常生活の延長線上で演じていたそうですが、今回はご自身の中にある「女の部分を手繰り寄せて」演じたそうです。


■自分の上昇志向を、子どもを通して実現する母親像

━━━恵が身につける下着や日常の装いなど、細部にわたる衣装へのこだわりも、黒沢さんが演じる恵のキャラクター像を浮かび上がらせていました。

中村:宮本まさ江さんに衣装をお願いしたのですが、今回の恵は小室佳世さんを参考に表ではベージュを主体にしたマダム風の装いをオーダーしました。母と息子のいびつな関係がこの作品の核になっていますが、小室さん親子に少し重なる部分を感じています。恵と同様に佳世さんもある程度のキャリアがあればまた違う道が開けていたでしょうが、何かの理由で自己実現ができなくて、子どもにその夢を託してしまう。自分の上昇志向を、子どもを通して実現したい母親は、わたしの周りでも実は結構いますから。


━━━恵には様々な女性像が集約されているんですね。店舗前で置き去りの赤ちゃんをあやしていた恵が、戻ってきた母親にすごい形相で訴えられるシーンもありましたが、孤立せざるをえない彼女は、現代社会で生きる孤独な人たちの写し鏡でもあります。

中村:反応が過剰過ぎるのではとのご指摘もあったのですが、実際にお子さんを産んだばかりの方にお話を聞くと、もし知らない人が自分の赤ちゃんを抱き上げていたら「発狂する」と言っていたのが印象的でした。コロナ下ですし、自分の大事な子どもを誰かが触るのも嫌でしょう。子どもを産んだばかりの女性は動物的なメスの感覚に近く、我が子を守るモードに入っていると思うので、そのちょっと殺気立ったメス的感覚の女性を描くのも、狙いとしてありました。


━━━マスクをつけての芝居で目しか使うことができず大変だったと思いますが、黒沢さんの演技、特に手の動きは非常に効果的でした。何かリクエストしたのですか?

中村:黒沢さんは体から入ってくる人なので、全部動きを計算し、姿勢も少し猫背風にされていました。



■雄二の背景にあるネグレクトと、親の愛を疑似体験したい気持ち

━━━恵に取り込まれていく雄二を演じた神尾楓珠さんも、目の表情が印象的でした。

中村:オレオレ詐欺のことも映画でよく描かれていますが、その心理的背景はあまり描かれることがありません。受け子になるのはネグレクトされている子に多いです。ネグレクトされ、親から捨てられる男の子がいる一方で、子どものためならいくらでもお金を払う親もいる。溺愛とネグレクトという対極の人たちが出会ってしまったらどうなるのだろう。お金のためだけでなく、親の愛情を密かに求めているとしたら…と考えて作ったのが、雄二でした。親の愛を疑似体験したいという気持ちがあるのではないかと。

 雄二役を決めるのは難航したのですが、神尾さんはイケメンだけど、目に闇があり、いい意味で暗さがある。今回はコロナ下の話ですから、映画の3分の1はマスクをしている芝居で目力がある人が必要でした。コロナ下の俳優は目力です!心平を演じた上村侑さんも、内藤瑛亮監督の『許された子どもたち』で難しい役を演じましたが、目力があり、これからいい俳優になると思います。


━━━神尾さんにはどのような演出をしたのですか?

中村:黒沢さんは、リハーサルをやりすぎて、芝居が固め過ぎたくないということだったので1回だけにしました。神尾さんにはアクティングコーチに入ってもらい、別途リハーサルをする時間を取りました。日本ではあまり馴染みがないのですが、アクティングコーチは役を演じる上での基礎体力を作る、ジムのトレーナーみたいな立ち位置の人です。今回は母の愛に恵まれない設定なので、神尾さん自身が体験した母親への想いを役に投影できるようにトレーニングしました。

 映画は順撮りではありませんし、神尾さんも他の仕事をいくつも抱えておられたので大変ではないかと思いましたが、この撮影現場に来たらすぐに雄二になれたと言ってくれたので、うまくスイッチを入れる準備ができたのではないかと思っています。


━━━恵の部屋に飾られているウィリアム・ブレイクの絵が作品を象徴していましたが、その狙いは?

中村:わたしは高校、大学時代をイギリスで過ごしたのですが、当時から詩人で画家でもあるウィリアム・ブレイクが好きで、テイト・ギャラリーにも通っていました。飾ってある絵「哀れみ」はマクベスの一節からインスピレーションを得て描かれたそうですが、子どもを奪われた女性の絵に見えたんです。だから、脚本を書いている間もずっと「哀れみ」が頭の片隅にありましたし、シンボリックなものを映画の中に入れたいという想いがありました。


■凶器のカミソリが示す、危険と快楽のせめぎ合い

━━━サスペンスの効果を最大限に引き出す映像面での工夫に加え、恵が度々手にするカミソリの威力も絶大でしたね。

中村:理髪店で男性がカミソリで剃ってもらっている姿を見ていると、気持ち良さそうな反面、危険と快楽のせめぎ合いのようで、女性には経験できない快楽だと感じたのが一つのきっかけでした。また先日、内田樹先生に「カストレーション(去勢)・コンプレックスでは?」とご指摘いただきなるほどと思ったのですが、息子を去勢する母親というイメージがあります。男性からみると怖くてヒヤヒヤするそうですが(笑)尚玄さん演じる半グレのボスとゴミ捨て場で対峙するシーンは「『女囚さそり』シリーズの梶芽衣子みたいにやりたいね」と話していました。

 日本の映画はセックスと暴力を描けばいいという部分があったり、簡単に拳銃が手に入らない社会なのに拳銃のシーンがあることに疑問を抱いていたのですが、カミソリなら一般的に手に入るし、凶器として成立する。日常的なものを使いたいという判断もありました。


■常々感じていたことを込めたセリフの力

━━━効果音も日常のものを取り入れていましたし、世の中の圧で息が詰まることを圧力鍋に例えたセリフは圧巻でした。

中村:黒沢さんもあのセリフが一番好きだとおっしゃっていましたが、わたしが日本に帰ってきたときに感じた社会からの圧を表現した言葉です。女性はいくらキャリアを持ってがんばっていても、妻や母という立場になり、きちんとしていなければ人間として半人前だと直接言われたこともあります。海外でもそういう考えはありますが、日本は特にその考え方が残っているのか強い圧を感じます。もう一つのオレオレ詐欺について「男の子は甘やかされている」というのも常々わたしが感じていたことです。


━━━想像力だけではなく、細やかな取材の上でどの程度まで表現するのかをきっちり固めていく作り方は、作品の内容は意外性があるかもしれないけれど、中村監督らしい作り方なのでしょうね。

中村:完全に空想だけで作ってしまうと共感できないし、わたしはドキュメンタリーも手がけているので、社会の中であれ?と思ったり、こういう人が近くにいるのではないかという人のことは調べた上で、想像を働かせて作っていきました。ドキュメンタリー、劇映画のどちらの中でも、自分の居場所を探している孤独な人たちを描いていこうと考えています。

(江口由美)



<作品情報>

『親密な他人』(2021年 日本 96分)

監督・脚本:中村真夕

出演:黒沢あすか、神尾楓珠、上村侑、尚玄、佐野史郎、丘みつ子

2022年4月15日(金)より京都シネマ、4月16日(土)より第七藝術劇場、元町映画館近日公開、ほか全国順次公開

公式サイト⇒https://www.cine.co.jp/shinmitunatanin/

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