『金子文子と朴烈』自分らしく生きたアナキスト、金子文子の愛と闘い
昨年、関東大震災後の日本を舞台に、実在したアナキスト集団のギロチン社と女相撲一座が出会うところから始まる瀬々監督の青春群像劇『菊とギロチン』が公開、ロングラン上映されたことは記憶に新しい。瀬々監督のインタビューで「関東大震災以降の右傾化する流れと、現在の世の中の流れがリンクし、今作るべき作品と確信した」と語っておられたのが、とても印象的だった。
同じ昨年、大阪アジアン映画祭のオープニング作品にて『朴烈(パクヨル) 植民地からのアナキスト』のタイトルで上映され好評を博したのが、2月16日より公開される『金子文子と朴烈』だ。本作の舞台も、関東大震災後の日本。朝鮮人アナキスト、朴烈の「犬ころ」という詩に魅了された金子文子が、朴烈と同志的結婚をし、二人で日本人や在日朝鮮人とアナキスト結社「不逞社」を結成したところからはじまる。
関東大震災後の混乱時、デマを信じる自警団らにより多くの朝鮮人が虐殺される中、国際社会からの非難を恐れた水野内務大臣をはじめとする日本政府は、日本人にとっては敵、朝鮮人にとっては英雄の不逞社、朴烈を標的に選び、突然連行する。文子は「私も不逞社よ」と、平然と警察に行き、朴烈と囚われの身になりながら、当時日本や国際社会を揺るがした裁判までの日々を闘うのだった。
水野の命により、二人の予備尋問を行う若き立松判事と朴烈や文子との尋問シーンの数々から、大逆罪で死刑宣告を受けることを覚悟し、裁判に持ち込もうとする朴烈、朴烈と心を一つにして闘おうとする文子の時には熱を帯び、時には飄々とした姿が描かれる。特に朴烈演じるイ・ジェフンと、理不尽な水野の命令を受け止めながらも、自分なりのやり方で朴烈や文子に向き合う立松判事との駆け引きが面白い。板挟みになって葛藤する立松は、周りから揶揄されながらも、朴烈と文子の二人が人生最初で最後の記念写真を撮るのを許可している。当時新聞にも掲載された二人が寄り添い、文子が書を読む写真は、二人の関係が伺える歴史の事実を捉えた写真なのだ。
男ばかりの留置所で、文子の存在は異彩を放っていた。言いたいことをスパンと言い放ち、時には看守を呼びつけて、紙と鉛筆を要求する。表情豊かで、自分の信念を貫く、まだ20代前半の文子は、エネルギッシュで惹きつけられる。小さい頃から不遇の人生を送り、家族の愛を受けることもなければ、自分の居場所もなかった文子。朴烈と出会ってからの人生は、彼女にとって「真に生きた」時間だった。最後に刑務所へ移送されるまで書き続けた大量の原稿は、文子の願い通り出版され、今でも読むことができる。大阪アジアン映画祭上映時に舞台挨拶で登壇した文子役のチェ・ヒソは、文子が書いた手記を10回以上読み込み、さらにフェデリコ・フェリーニ監督『道』のヒロイン、ジェルソミーナを参考に、いたずら好きだったという文子像を構築したと役作りの舞台裏を語ってくれた。小学校時代大阪で過ごしたというチェ・ヒソが、明瞭な日本語で当時朴烈が書いた詩を朗読し、文子の演説を再現。若さと情熱に溢れるイキイキとした文子を現代に蘇らせ、本作の一番の見所と言えよう。
「隠そうとすればするほど明らかになるのか自然の摂理 」と、民族主義ではなく、理不尽な国家と闘った金子文子と朴烈。彼らの言動に触れ、影響を受ける人々も細やかに描写。登場する日本人官僚たちも強権的な描写ではなく、当時の政府の混乱ぶりをユーモア交えて描いている。死刑を宣告されて以降、減刑され無期懲役となった二人は別々の刑務所に収監され、文子は死因不明のまま1926年、23歳の若さで亡くなった。
『空と風と星の詩人 〜尹東柱の生涯〜』のイ・ジュンイク監督は、韓国の国民的詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ)に引き続き、歴史上の人物の知られざる若い頃に光を当て、朴烈の同志であり、最後には伴侶となった金子文子との愛も含めた史実に基づくドラマを見事に編み上げた。大正から昭和初期にかけて日本で活躍した舞踏家、崔承喜(チェ・スンヒ)の『イタリアの庭』が使われているのも、当時の退廃的なムードを表すだけではない、イ・ジュンイク監督の意図が読み取れる。精神的な結びつきで国と国の垣根を超え、互いを尊重しあった文子と朴烈の生き様に、どんな社会的圧力にも屈しない強さを見た。
<作品情報>
『金子文子と朴烈』”Anarchist from the colony”(2017 韓国 129分 PG12)
監督:イ・ジュンイク
出演:イ・ジェフン チェ・ヒソ
キム・インウ キム・ジュンハン 山野内扶 金守珍
日本語字幕:李相美、川喜多綾子
監修協力:加藤直樹
提供:太秦、キノ・キネマ
配給・宣伝:太秦
2019年2月16日(土)よりシアター・イメージフォーラム、シネマート心斎橋ほか全国順次公開
(C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED
0コメント