是枝監督に学んだ新鋭が福田麻由子主演で綴る、離れて暮らす父への思い 『グッドバイ』宮崎彩監督インタビュー

 第15回大阪アジアン映画祭で、インディ・フォーラム部門作品として世界初上映された宮崎彩監督作『グッドバイ』が、4月16日(金)から出町座、4月17日(土)からシネ・ヌーヴォにて公開される。

 早稲田大学在学中、映像制作実習で是枝裕和監督の指導を受け監督作『よごと』を制作した宮崎監督。自らの長編デビュー作となる『グッドバイ』では、NHK連続テレビ小説「スカーレット」に出演の福田麻由子が、母娘二人暮らしの主人公さくらを抑制の効いた演技で魅せる。桜の花が蕾から花開く様子を、保育所という新しい職場で、新しい出会いや体験を経て、離れて暮らす父の思い出を膨らませるさくらの描写に重ね、複雑な事情を持つ家族の日常に優しく寄り添う。衝撃的なラストシーンに向けて、徐々に重なり合っていくアコースティックな音にも注目したい、ヒューマンドラマだ。

 早稲田大学を卒業後、大手映画会社の撮影所制作部に所属し、現在映画の制作進行に携わっている宮崎監督に映画監督になったきっかけや、本作の狙いについてお話を伺った。



――――これが人生初のインタビューだそうですね。まずは、映画監督を志したきっかけについて教えてください。

宮崎:大分出身で、高校まで地元にいたのですが、年に数回シネコンに行く程度、親や周辺から映画の文化的影響を受けることもなくといった感じで成長しました。早稲田大学に入学してからもしばらくは映画と接する機会がなかったのですが、学部の垣根を超えて専攻できる授業があることを知り(全学共通副専攻「映画・映像」コース)、その中で映画監督やプロデューサーをゲストに迎え、大教室で行われる対談を受けて面白いと感じたのです。このまま映画に興味を持てるようであれば、映画の作り手か、批評家か何かをやってみたいという気持ちが芽生えました。


――――早稲田大学で、映画専攻の学部ではなく、学部を横断して映画の授業を受ける。しかも是枝監督に指導してもらう授業があったことは知りませんでした。

宮崎: 1年間を通して、映画を企画から撮影、上映まで行う授業があります。3年生以上を対象にした映像制作実習と呼ばれるものですが、私自身も当時は本当に何の映画の知識も経験もなく、また「1年を犠牲にするので強い気持ちがなければ受けることはできない」という手ごわい前情報があったので、実習を受ける前に、映画に関わることをやってみて、関心が強まるようであれば、実習に参加できるように頑張ろうと決めました。社会人を対象にした映画学校(ニューシネマワークショップ)のクリエイターコースに半年通い、そこで8分の短編『ふさがる』を作りました。それがステップとなり、大学3年時、1年間の制作実習に取り組みました。


■監督作の上映で、「映画を通して、人と出会えるのはいいな」と痛感。

――――その制作実習ではどんな作品を撮ったのですか?

宮崎:まずは30人ぐらいの学生が、それぞれオリジナルの企画を作り、コンペでプレゼンし、そこで教授陣から様々な指導を受けて、企画の数を絞り込みます。最終的に採用された企画に学生を振り分けて撮影チームを作り、完成させるという流れです。私の企画はそこで通り、監督できることになり、25分の中編『よごと』(2016年度 早稲田大学 映像制作実習内作品)を作りました。海外や日本の学外で上映する機会があり、映画が色々な場所に連れて行ってくれるのが新鮮で、今まで作ることに留まっていたものが、映画の広がりによって、新たな人と出会えるのはいいなと痛感しましたね。


■「おじさんを撮ってみたい」から始まった企画を、是枝さんのアドバイスをもとにブラッシュアップ。

――――3年の制作実習作で、映画監督の醍醐味に触れたんですね。今、映画会社に勤めておられますが、『グッドバイ』はどんなきっかけで誕生した作品なのですか?

宮崎:『ふさがる』が2017年の「Movies-High」という映画祭で上映されることになり、舞台挨拶で次回作の予定について聞かれた際「40、50代のおじさんを撮ったことがないので、撮ってみたい」と思いついたままに述べました。大学4年次にも制作実習に顔を出すことがあり、受講生の姿を見て、やはり映画制作がしたいと思ったので、何の後ろ盾もなかったけれど、まずは企画書を書きました。あまり主体性のない、枯れた雰囲気のおじさんに、何故か女性が群がってしまうという設定で、なぜあの人はモテるのかをそれぞれの女性の目線から見つめるオムニバス形式にし、是枝さんにその企画を見ていただいたのです。「色々な女性が登場するけれど、その中で一番宮崎さんがやりたいのは、娘のパートだよね。娘を通した父との関係を掘り下げ、それを中心としたプロットにすれば、もっとクリアになるのでは」とアドバイスをいただき、自分でも書きながらその部分が膨らんでいるのは意識していたので、もう一度企画をブラッシュアップし、出来上がったのが『グッドバイ』の原型ですね。


――――おじさんの映画を撮るという企画からスタートした本作では、主人公さくらの父親に対する気持ちに、異性愛のようなニュアンスも感じられました。

宮崎:一緒に暮らしている家族なら、ちょっと父親が鬱陶しくなるかもしれませんが、離れて暮らしているからこそ、違う形の娘から見た父親を捉えてみたいと思い、性愛よりの少し歪んだものを描きました。


■脚本を書きながら福田さんの姿が頭に浮かび、書き上げた時には当て書きに。

――――さくらを演じた福田麻由子さんの表情ひとつひとつが素晴らしかったです。当時学生だった宮崎さんがキャスティングするのは大変だったのでは?

宮崎:確かに自主映画に多く出演されている方の方がアプローチしやすく、一緒に映画を作るイメージが湧きやすいのかもしれません。けれど福田さんは子役の頃からメジャーなテレビや映画に出演されていたので、こういう顔立ちで、こういう喋り方で、と姿が頭に浮かびやすく、そこにさくらのイメージが重なりました。脚本を書き上げた時には、完全に福田さんがさくら役と当て書きのようになっていたので、もう戻れないと思い、福田さんの事務所に連絡させていただきました。


――――卒業までの1年弱で脚本を書き、撮影準備、そして撮影とかなりタイトなスケジュールだったんですね。

宮崎:撮影が約束された環境でないので、脚本がなかなか書けず、書き上げたのが2月上旬でした。自分の狭い交友関係の中からスタッフを集め、並行して福田さんの事務所にオファーするというギリギリのラインでした。絶対に福田さんにさくら役を演じてほしいと粘りに粘って、出演していただくことになり、3月後半に撮影が開始した形ですね。


■誤解を恐れずに言えば、福田さんは大衆に向けた演技をきちんとされる方。

――――熱烈オファーの末に実現した福田さんの出演ですが、さくらを演じた福田さんを監督として現場で見た印象は?

宮崎:誤解を恐れずに言えば、福田さんは大衆に向けた演技をきちんとされる方です。現場の感覚で言えば、今、自分がどのように切り取られているか、スクリーンにどう映るかをしっかりと把握されている方で、それが本当に頼もしかったです。演技面では、素で身を任せるタイプではなく、目の動かし方から食べ方まで、全て綿密に計算した、さくらとしての動きをされています。私は言葉で説明するのが嫌いで、あまりセリフを書かないのですが、セリフがない分現場で演出不足だと、観客にとっては捉え方を完全に放り投げたような作品に仕上がってしまいます。そういう危うい面も、福田さんが表情の細かなところまで演技で体現してくれたことで、大衆に向けた映画になったのではと思っています。


――――さくらが新しい体験から少しずつ変わっていく姿を、福田さんがとても繊細に演じていましたね。興味深かったのが、さくらが「なんでも器用にできるけれど、熱のない子」という設定だったことです。あまり特徴がないキャラクターを主人公にした意図は?

宮崎:主人公を福田さんや私と同世代に設定していますが、昨今は親が子どもに多くの習い事をさせ、器用に何でもできる子が増えていると思うのです。そういう環境の中で、自分はこれをやりたいという熱を持っていない人もたくさんいる。私の世代にありがちなパーソナリティである主人公が、熱を向けていく対象を父親にすることで、映画の中のグラデーションがうまくはまると思いました。福田さんは、子役時代から見ている中で、クールな優等生だったりと強いキャラクターを演じているイメージだったので、ぼんやりと熱のない人間を演じてもらうのも新鮮ではないかと。


■性愛を描く時は、朝という時間や食事が撮りたかった。

――――確かに、すっと仕事を辞めて、なんとなく新しい仕事に就くというのも、昨今の若い世代の状況が垣間見えますね。もう一つ、食事を作る時の音や、味など、日常の中の記憶を積み重ね、物語にうまく反映させていると感じました。

宮崎:たとえば親が子どもにつける名前は、変えることのできない絶対的な意図と関係性を持ったものですし、親が子にさせる習い事も人格形成に響いてくると思います。血の繋がりを描く時、そういうモチーフを用いる一方、性愛を描く時は、朝という時間や食事を撮りたかったのです。夜を描くよりも、朝という、夜を経た上での別離を孕んだ時間の方が面白い。食事も、会話を交わさずとも親密な空間になりますし、お互いの癖が露呈します。そのように取り入れたいモチーフにこだわり、撮っていきましたね。


――――最後に、大阪で世界初上映を迎える今の心境を教えてください。

宮崎:2年前にメイン部分の撮影、1年前に桜の部分の撮影、そして編集と、上映までかなり時間がかかってしまいました。企画を立て、色々な人を巻き込んだ時から、この作品を仕上げ、劇場で上映し、お客さんに見ていただくことを目標に、この2年頑張ってきたので、上映を前に、やっとここまできたという気持ちと、ここから1年は『グッドバイ』をより広め、今まで関わってくださった皆さんに恩返しをしたい気持ちでいっぱいです。そして、『グッドバイ』を通して、観客の皆さんとも新しく出会えればと思っています。

(江口由美)


<作品情報>

『グッドバイ』“Good-bye”

2020年/日本/66分

監督・脚本:宮崎彩

出演:福田麻由子、小林麻子、池上幸平、井桁弘恵、吉家章人

4月16日(金)から出町座、4月17日(土)からシネ・ヌーヴォにて公開。

4月17日(土)シネ・ヌーヴォ(10:40の回)、出町座(14:25の回)上映後、宮崎彩監督、福田麻由子さん(リモート登壇)舞台挨拶予定