「無理に元気を出そうとしなくても大丈夫と、まずは伝えたい」 『みぽりん』キャスト再結集のリモート短編『はるかのとびら』松本大樹監督、片山大輔さんインタビュー


 昨年秋、元町映画館での連日満席上映を皮切りに、関西のミニシアターを席巻し、昨年末からは東京でも上映され、「第2のカメ止め」と話題を呼んだ神戸・六甲山発ホラーコメディ『みぽりん』。初の自主映画制作で製作・脚本も担当した『みぽりん』の松本大樹監督が、新型コロナ禍の今、心の闇を抱えてしまった女性が自分を取り戻すまでを描くリモート短編映画『はるかのとびら』を制作、5月8日よりYoutubeにて無料配信を開始した。


 主人公はるかを『みぽりん』で監禁される地下アイドル、優花を演じた津田晴香が演じる他、みぽりん先生ことみほを演じた垣尾麻美をはじめ、おなじみのキャストが実名でリモート出演。ドキュメンタリーのように和気あいあいとした前半と、がらりと色合いが変わる後半のコントラストも鮮やかだ。さらに『みぽりん』のテーマ曲「みぽりんの歌」を自主提供し、好評配信中の片山大輔が、本作ではエンディング曲「空」を担当し、不安な日々を送る私たちの心にじんわりと沁みる。キャストは同じでありながらも、今元気がどうしても出ない人に寄り添った、観終わって温かい気持ちになれる短編だ。


 5月4日に制作を決意し、『みぽりん』キャスト再結集のリモート短編をわずか5日間で配信開始した松本大樹監督と、「空」の片山大輔さんに、リモートインタビューを行い、懐疑的だったというリモート映画制作に至った動機や、その舞台裏、『はるかのとびら』やエンディング曲「空」に込めた思いについてお話を伺った。



―――新型コロナウィルスの影響でワイルドバンチ賞を受賞したおおさかシネマフェスティバル2020の開催中止、名古屋での上映が打ち切りとなり、自粛生活に入った時は、どのような心境になっていたのですか?

松本:シネマスコーレでは4月4日が上映初日舞台挨拶だったのですが、ちょうとその前日に報道ステーションで副支配人の坪井さん取材の様子がオンエアされたので、ほぼ満席のような状態でした。翌日の舞台挨拶で坪井さんや支配人とも色々お話しましたし、本当に楽しい思い出です。翌週の舞台挨拶前に緊急事態宣言が出て臨時閉館になったので、1週間の上映を残して残念ながら打ち切りとなりました。ただ、これから作品を公開予定であったり、公開したばかりの方は本当に大変だと思います。逆に僕たちは年末年始に東京でも上映できましたし、本当に幸せな時期に上映させていただいていたなと思います。(話題にのぼったワイルドバンチ賞のトロフィーを手に、笑顔でポーズに応じていただいた)



■配信を考えないのは「劇場が復活したら足を運んでほしい」から(松本)

―――映画館再開の目処が立たない今、一時的ではあっても配信という形で公開しているケースも増えていますが、『みぽりん』は配信の形を取っていません。

松本:劇場さんも本当に大変な中、シネマスコーレや、横浜のジャック&ベティでは、復活したら必ずやりますとおっしゃってくださっています。今、地方で地元の会社が運営するシネコンでは、メジャー系作品ですぐに上映できる新作がないので、ミニシアターで上映していた作品を取り上げる傾向にあるようで、静岡のシネプラザ サントムーンさん、シネシティ ザートさんも上映したいとお声をかけていただいています。やはり、劇場が復活した時に、皆さんに足を運んでいただきたいですから、今は配信を考えていないですね。


―――地方から映画館が再開を始めた今となっては、新たな広がりに期待もできますが、自粛生活が続いた4月は、随分精神的に追い詰められていたそうですね。

松本:仕事がないとか、お金がないというのは、新型コロナ以前からのことです(笑)莫大な借金も抱えていましたから、今回の事態になっても仕方がないぐらいにしか思っていなかった。でも、映像の仕事ができず、モノづくりができない。今になって、モノづくりをすることで、自分の精神的な部分を支えていたことに気づきました。自分が生きていても無価値なのではないかと思ったり、元町映画館10周年企画の短編映画制作準備をしていたのに、撮影できなくなってしまったり、心のバランスを失ってしまったのです。そんな時に支えになったのが、上田慎一郎監督のリモート短編映画『カメラを止めるな!リモート大作戦!』(リモ止め)と、中元雄監督のリモート短編映画『地獄のテレワーク』でした。


■心のバランスを失った自分自身を救う。上田慎一郎監督、中元雄監督のリモート短編を観て、僕もやってみようという気持ちになれた。(松本)

―――松本監督ご自身は、それまでにリモート映画を作るという気持ちにはならなかったのですか?

松本:今回音楽を担当してもらった片山大輔さんとも話していたのですが、正直リモート制作に対しては、相当懐疑的でした。僕は現場が好きな人間ですし、リモート制作してしまうと、現場に行くことを否定することになるという気持ちが強いんです。現場に出て、ワイワイと作るのが映画の醍醐味ですが、それでは今の状況下でなかなか映画制作を進められない。そんな中完全リモートで、上田監督や中元監督が、あんなに観た人を元気づけ、楽しませてくれる作品を作られたのを見て、僕もやってみようという気になれました。絶望感を感じている方々に、少しでも寄り添いたいという気持ちはもちろんあります。でも、根本は自分自身を救う。リモートでモノづくりをすることで、精神的に自分を救わなければ、何もできません。まずは、Save the自分で、この作品を作ることは必然だと思えたのです。



■動画を観ても楽しめないぐらい落ち込んでいる人に向けて何かを作りたい(松本)

―――片山さんもリモートには懐疑的だったんですか?

片山:正直、かなり懐疑的でしたが僕はカメ止めファンだったので、上田監督のリモ止めを観て、すぐに松本監督に連絡したんです。監督もこれから観るところで、観終わって二人で「これはいいね!」と(笑)本当にやられた!という感じで、リモート制作映画に対する見方が変わりました。

松本:後半、真魚さんがしゃべっていたことに本当に心を動かされました。ただ、主題歌を楽しそうに歌って踊るラストが、なぜか乗れなかった。その時は僕自身がまだ落ち込んでいる時だったので、そう感じたのだと思うのですが、僕のように「乗れない」と感じる人がいるかもしれない。だから、動画を観ても楽しめないぐらい落ち込んでいる人に向けて何か作りたいという気持ちが芽生えましたね。


―――確かに、リモート制作映画は数多く作られていますが、心の闇を映し出すような作品は意外と少ないので、そういう点でも『はるかのとびら』は他とは違うと感じました。エンディングに流れるオリジナルソング「空」も涙がでそうになりましたが、どのように誕生したのでしょうか?

片山:5月4日の夜、松本監督から映画を作るからと電話をもらった8分後に最初の曲を送りました(笑)ただ、僕の中では『みぽりん』のような作品を想定して、結構ぶっ飛んだ明るい曲を送ったのです。5日の昼に電話をすると、「脚本ができたのだけど、ちょっと曲のイメージと違うんです…」と言われ、脚本の内容を聞いてこれは違うなと。その日の夜のキャストを交えてのリモート会議になんとか間に合わせようと出した曲が、今回の「空」でした。


■今はドラムやギターの音すら聞けないような人に向けて作っているので、ピアノの弾き語りをオファー(松本)

―――まさに津田晴香さんが演じる主人公、はるかに呼びかけるようなあたたかい歌ですね。

松本:片山さんがスマホで録音した自宅のグランドピアノでの音源がすごく良くて、もうこれだなと思いました。6日が撮影で、7日の夜から片山さんがレコーディングして曲を送ってくれたのですが、ドラムが入り、歌い方もアイドル風にバッチリ決めた感じになっていて…。これは絶対違うと思い、即片山さんに電話しました。映像も低画質ですし、本編の音も聞きづらいところがあったり、即席で作ったことが分かると思いますが、気持ちだけは入れたかったので、最後の曲もきちんと録音されたものではなく、強弱で思いが伝わるグランドピアノをお願いしました。家で撮ったライブ音源をエンディングで流すということはなかなかできないと思いますが、今はドラムやギターの音すら聞けないような人に向けて作っているので、弾き語りにしたいと片山さんに伝え、色々とセッティングしてもらいました。




■苦手なグランドピアノでの弾き語りを自宅でのワンテイク録音で(片山)

―――片山さんのハイトーンボイスも印象的でしたが、かなり具体的なイメージを提示されていたんですね。

片山:僕は基本的にはギタリストなので、曲はピアノで作りますが、グランドピアノでの弾き語りは一番苦手なジャンルだったんです。ライブ感を大事にということで、途中で間違えても続けてやりきるしかない。何をこだわっているのと最初は思いましたが(笑)

松本:確かに「ワンテイクで録らないと、本物じゃない」と言いましたね。「ミスタッチや歌詞を間違えるぐらいでもいい。思いを込めて!」

片山:ライブハウスの店長みたいなことを言うんですよ。楽曲的には歌詞を聞かせたかったので、日本語が一番ハマる8分の6拍子にしました。歌詞も、キャストの皆さんに気持ちを聞かせてもらうアンケートを取り、津田さん、mayuさんからの言葉を反映しています。あとは、僕が作った「みぽりんの歌」が「今日は何をしようか」で始まるので、「空」では「今日は何をした」という風に2曲の関連を持たせています。今の所、誰も気づかないですが(笑)作っている時は、監督のビジョンが見えていなかったので、正直最後までこれでいいのかと不安でしたが、8日に完成してアップされた動画を観てやっと「こういうことだったのか」とわかった気がします。



■カメラマン津田のこだわりだった「空」(松本)

―――「空」が流れている間、ずっと真っ青な美しい空の映像が流れていますが、あれは誰が撮影したのですか?

松本:津田さんが撮ってくれました。はるかがマンションを出て行くシーンがあるのですが、津田さんがそのまま廊下に出て空を撮ろうとしても、街並みが写り込んで映画には使えないので、扉を出るところでOKですと言っていたんです。さすがに映画が空で終わるのもベタすぎますし。でも、なぜか津田さんが毎回空まで撮って送ってくる。これはもうカメラマン津田のこだわりですよ。OKテイクが録れた後も、「一番いい空のテイクが録れたので送ります」と、どうしても使ってほしいというオーラが出まくっていましたね。


―――空を見たいというのは、まさに自粛状態で外出機会がほとんどない今の切実な思いかもしれません。

松本:全員がリモートで会話をするシーンはこちらでカメラの位置の指示を出していますが、オープニングとラストはある程度津田さんに任せているので、今回は津田さんを撮影でもクレジットしています。空も津田さんが考えて撮り、送ってくださっていましたから。


―――ちなみに、今回短編を撮るとキャストのみなさんに伝えた時の反応はいかがでしたか?

松本:最初、所属する澪クリエーションにお話したところ、思いに共鳴していただき、皆やる気になっていると言っていただきました。俳優だけでなく、声優など声の仕事をしている方がほとんどなので、自信がなくなっている部分があったと思います。作っている時も元気に楽しんでやってくださいましたが、むしろ、8日に短編を公開し、コメントをいただいている今の方が、自信を取り戻すというか、少しいい気持ちになれているのではないでしょうか。


■リモート映画制作の面白さに『500日のサマー』の要素を加えて。(松本)

―――本作はジャンル映画的な要素もありますが、どこからそのアイデアが生まれたのですか?

松本:リモート映画制作では画面分割が面白いと思っていたので、これをなんとか生かせないかというところから、『500日のサマー』で理想と現実の2画面描写が思い浮かんだんです。暗い現実が明るい理想を支配してしまうというお話でしたが、その逆をこの映画でやってみたいというところから、映画がスタートしました。最初は単純な設定にしていたのですが、編集でつないだ時に、単純すぎて「未来は明るい」という終わり方は、今落ち込んでいる人に響かないなと思ったのです。落ち込んでいるはるかが自分を取り戻す物語にしたかったので、テロップの言葉も工夫し、みなさんに「これはどう解釈するのか」と考えていただけるようにしています。



■リモート制作で、演出に集中。役者の大事さを一番感じた。(松本)

―――リモート制作に挑んで良かったこと、大変だったことは?

松本:役者の芝居が一番大事だということが今回よくわかりました。普段の現場だと自分で撮影もするのでモニターを見ていなければいけないし、光をチェックしたり、普通は制作部がするような弁当の心配もしなければならない状態で、演技面は役者にお任せすることが多かったのです。でもリモートだと画面の前で、役者の芝居に集中できるので、OKテイクかNGテイクかも瞬時に判断できますし、演出に没頭できます。きっとリモート制作をされた監督は役者の大事さを一番感じているので、今は仕事がない役者さんも、その価値を今まで以上に感じるのではないでしょうか。

苦労したことは、全然リモートを使ったことがない役者さんはいつまで経っても音声が出ないとか、通信環境が悪くてフリーズしてしまうとか、中には夜勤明けで撮影前に役者さんが寝てしまい、起きるのを待って撮影というトラブルはちょこちょこありました(笑)



―――相対的にはリモート制作に取り組んで良かったということですね。

松本:今後リモート制作を続けるかどうかはわかりませんが、再び現場で撮れるようになった時も、助監督を入れるとか、演出をする環境を作りたいですね。『みぽりん』のセリフは脚本に全て書き込んでいましたが、今回は脚本半分、アドリブ半分と分けたんです。前半部分はざっくりとした状況設定とやることを指示するにとどめ、あとは役者さんに自由に演じてもらい、ドキュメンタリーっぽい撮り方ができました。現場で撮ることができるようになれば、この演出を取り入れてみたいですね。後、はるかが自分の弱さをさらけ出すシーンも、あそこまで深刻なシーンを撮る機会が今までなかったので、津田さんに何度もやり直してもらいながら、自分の中でも演出の仕方の勉強になりました。作品を撮る前の本読みや練習で、リモートを使うというのは、今後使えるかもしれません。


■「この30分で気持ちとか、価値観が少しでも変わってもらえればうれしい」(片山)
「無理に元気を出そうとしなくても大丈夫とまずはお伝えしたい」(松本)

―――最後に、まだ緊急事態宣言延長下の状況にある人も多い今、この作品を届けるにあたってのメッセージをお願いします。

片山:僕は今回曲で参加させていただきましたが、映画も歌詞も、日常の延長線上の話です。『はるかのとびら』を通じて、これからどうなっていくのかという期待感もこれから大事な要素になってきます。絶望だけではなく、未来は絶対に何かしら明るいものになると思いますので、この30分で気持ちとか、価値観が少しでも変わってもらえればうれしいです。

松本:ほとんどの方が大変で、本当に苦しい状況だと思いますが、無理に元気を出そうとしなくても大丈夫だとまずはお伝えしたいです。この作品では、はるかがポテトチップスを食べるシーンがありますが、すごく絶望を感じていても、ちょっとしたきっかけでガラガラとそれが破れる瞬間が訪れる。そういう扉を開ける現在の瞬間が、生きていれば必ずあると信じていますし、それを感じていただければ、これほどうれしいことはありません。

(江口由美)



<作品情報>

リモート短編映画『はるかのとびら』(2020年 日本 28分)

製作・脚本・監督・編集:松本大樹

音楽:片山大輔(「空」)

出演:津田晴香、垣尾麻美、mayu、合田温子、井上裕基、近藤知史

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