信頼を寄せ合う二人が表現した、女性の心の叫びとその発露『Natsuko』飯島珠奈監督、竹下かおりさん(主演)インタビュー


 3月10日よりシアター上映を開催中の第17回大阪アジアン映画祭で、インディ・フォーラム部門の短編『Natsuko』が日本初上映された。

『東京不穏詩』(OAFF2018)で最優秀女優賞を受賞した飯島珠奈の初監督作品。主演に竹下かおり(『世界は僕らに気づかない』『ガーデンアパート』)を迎え、夫に対して鬱屈した思いを募らせていく妻、夏子の心の叫びとその発露を、洗練された映像で描いていく。セリフは少ないものの、夏子の感情の揺れを日常の動作や、その佇まいでみせていく竹下の演技は必見。後半、夏子が懇意にしているアンティークショップの店長役で飯島自身も出演している。人生うまくいかないことばかりと思う人にこそ観てほしい、力強さも兼ね備えた作品だ。

 本作の飯島珠奈監督、主演の竹下かおりさんにお話を伺った。




■共演経験ゼロだがお互いに「頼りになる人」

―――最初は2018年、飯島さんが『東京不穏詩』、竹下さんが『ガーデンアパート』と同じ年に大阪アジアン映画祭へゲスト来場されたので、お二人の出会いのきっかけになったのかと思っていましたが、実はもっと前からのお知り合いだそうですね。

竹下:『東京不穏詩』の時は数年来の知り合いで、珠奈の主演作で、しかもコンペティション部門の作品だったので、『ガーデン〜』の石原海監督と観に行って、すごく良かったと伝えたのを覚えています。


―――俳優業で多くの仲間との出会いがある中、お二人は深い信頼関係を築いておられます。

竹下:年齢は私の方が上ですが、珠奈の出演作は全て観たいし、逆に私の演技も珠奈に観てほしいと思う。役者としてはもちろんですが、人間的にもすごく繊細だけど、大陸的な穏やかさがあって、とても魅力的。いつも私から頼っているんです。

飯島:竹ちゃんが出演する作品はもちろん観たことがあるし、人となりも知っていますが、一緒に仕事をしたことはなかったんです。でも、わたしが一人で悶々と悩んでいると、「珠奈、わたしはここにいるよ」と態度で示してくださる方なのです。何も言わなくても、温かく受け入れる雰囲気を出してくださる。だから仕事と割り切るのではなく、一緒に飛び込んでくれる竹ちゃんと仕事をすると、どんな監督でも嬉しい気持ちになるのではないでしょうか。


■初のスクリーン上映で気づいた、細やかな演出とその狙い。

―――先ほど、映画祭での1回目の上映が終わりましたが、いかがでしたか?

飯島:2021年3月にイギリスのグラスゴー短編映画祭でワールドプレミアをしたのですが、コロナのためオンライン開催でした。今回初めて、友達に手伝ってもらいながらDCPを自分で作ったものの、そのチェックが劇場でできなかったので、人生で一番ぐらいに緊張しました。


竹下:毎回自分の作品をスクリーンで観るときは、みんながどう思うのか気になるし、緊張します。今日ももちろん緊張しましたが、やはりパソコンで観るのとは印象が全く違うんです。パソコンだと、どうしても自分の演技のチェックが先になってしまうのですが、スクリーンで観ると、初めての監督作でこんな素晴らしい作品を作った珠奈は、凄いなと。

夏子とアンティークショップの店員が階段で語るシーンは、珠奈から「とにかく表情を出さないで」と言われて、超アップで撮られたので、パソコンではすごく恥ずかしいなと思いながら観ていたんです。スクリーンで観ると、表情には出ていなくても感じていることが瞬きや些細なことが映し出されている。そこから夫からの電話を受けて、切ってから自転車に当たりだすところが実にいいなと思って。吐き出しているんですよね。これを頭で考えて、映像にした珠奈がすごいなと思いました。

とても言葉が少ない台本で、イメージがすごくある感じだったので、きっと頭の中であの映像が浮かんでいたんだなということがとてもよくわかりました。


飯島:夏子は吐き出すけれど、小説や映画の中の出来事とは違って、人生において劇的な変化はない。わーっと感情を吐き出しても、結局戻るべき場所に戻るんです。もちろん彼女の中では変化が起きていて、数年後にそこまで到達するかもしれない。ただ、現段階は「戻らなきゃ」という気持ちになるようにはしたかったですね。



■「竹下さん以外は考えていなかった」短編制作のきっかけ

―――2020年制作ということで、コロナ以前に構想を練って作られたんですね。そのきっかけは?

飯島:映画は好きで、いろんな監督と仕事をする中で、映画を作ることがどれだけ大変かを度々耳にしますし、どういうプロセスで映画を作るのかも全くわからない。だから、映画を作ることは考えていませんでした。ただ、プライベートで気持ちがもやもやしている時、もやもやしているけれど、ぶつける相手のいない夏子のことを書いてみようと思いました。そうやって書いてみると、映画を作った方がいいかなと(笑)周りからも撮ってみたらと勧められたのも大きかったです。


―――自分で書いたことを伏せて、シナリオを竹下さんに読んでもらったそうですが、最初から竹下さんに出てもらう予定だったんですよね?

飯島:竹下さんを考えていたというか、竹下さん以外は考えていなかった(笑)。演技力や作品のイメージに合うのはもちろんですが、人柄もあり、竹下さんなら色々と汲み取って、監督業は不慣れなわたしを手伝ってくれるのではないかと思ったのです。


■演出に専念した初監督作

―――やはり自分がやりたい役がなかなかない場合、俳優自らが監督・主演するケースもありますが、今回飯島さんは、夏子を演じるつもりは最初からなかったのですか?

飯島:最初は自分でやりたかったです。脚本を書くきっかけは先ほどお話しましたが、そこから映画を作るに至る理由はいくつかあり、そのうちの一つが、なかなかオーディションがなかったり、受からなかった。実力が足りない場合もあれば、役のイメージに合わない場合もあり、それでモヤモヤしている時もあったので、それならば自分でやるしかないという気持ちになりました。作らざるを得なかった部分は大きかったですね。

そうなると、監督もして主演するなんて絶対無理だと思った。アンティークショップの店員役で最後の最後に出演することに決めましたが、女優としての演技力は損ないたくなかったので、本当は違う人に頼みたかったぐらいです。同時に複数のことをするのが苦手なので、撮影中はもう頭の中がパニックでしたね。


―――特に少人数編成での撮影となると一人何役も担うことになりますね。通常だと助監督や記録など監督をサポートする人がいるはずですが。

飯島:撮影監督と撮影監督のアシスタント、録音と竹下さん、わたしの5人で撮影しました。やはり制作資金は必要ですね(笑)


―――超少人数編成ですが、それでこのクオリティーは素晴らしいです。お二人ともノーメイクで出演されていたのには驚きました。

竹下:珠奈が「ノーメイクでいい?」と何度も聞いたよね?

飯島:(夏子は)メイクをしないイメージでした。メイクをするときれいな感じになってしまうので、それは違うジャンルの映画だと思うんです。どう思いました?メイクがあった方がよかったですか?



■映画の中のイメージと、実際の本人のイメージは離れていてほしい

―――上映前に竹下さんにお会いして、やはり綺麗だなと思っていたら、映画ではノーメイクだし、まるで別人に見えました。田舎で悶々としている、日常を生きているおばちゃんというイメージですよね。店員も、なにせ鍋の蓋の大きさが合わないような中古鍋を平気で販売している店を営んでいる人ですから、ものぐさそうなイメージが出ていました。


飯島:いつ見ても同じメイクで同じ人に見えるより、画面の中で見る役柄の人と、実際に会った時のその人のイメージとは離れてほしいというのが、個人的には理想です。この作品をご覧になった方に、「いつもの竹下さんとも、あの役の竹下さんとも違うね」と思ってもらいたいですね。竹ちゃんは綺麗に映りたい?


竹下:そういう役が、なかなか回ってこない…。


―――『ガーデンアパート』で演じた京子はかなりエキセントリックでスタイリッシュでもありましたよ。

竹下:京子はお化粧した醜さがありますよね。海ちゃん(石原監督)はオバハンが大好きなんです。その上に「ちょっといけてる風の」という形容詞がつく。私は京子役のイメージは、でっぷりとして体型が崩れて、パンツのゴムの上に贅肉が乗っているような人がいいのではと思うのですが、海ちゃんは「ちょっといけてる風の残念なオバチャン」と。また別の女性の監督は、「綺麗にして欲しくない」とリクエストがあったり、どうもわたしは、そういう役でピックアップされる傾向があります。一体わたしは他人にどう見られているのかしら(笑)


飯島:そう考えたら、次は竹ちゃんがすごく綺麗にお化粧をする役があるといいかもしれない。「竹下さん、こんなに違うんだ!」って。


竹下:それで全然綺麗に見えなかったらという、一抹の不安はあるけれどね。



■夏子の気持ちが吐き出されるまでのシーンの重ね方

―――お二人に共通しているのは、身体表現の高さだと思います。演技でもあるけれど、ダンスでもあるような、その魅力がありますよね。今回は怒りの表現で、その魅力が発揮されました。

竹下:飯島監督のムチャぶりでしたよね。もともとコンテンポラリーダンスをやっていたし、フラメンコもかじっていたんです。怒りを爆発させるシーンは、台本はなく、言われたのは「できるだけ長くやって。好きに発散してほしい」。


―――その発散が絵になるんです。ただ酔っ払いが暴れているという感じではなく、とても大きな動きで自己表現をしていますよね。

竹下:そのシーンをさっきスクリーンで観て、泣けてきちゃった。ウヮーって声もだしているし、心の中に溜まっているなと。夏子の吐き出せないものをわたしも感じてしまって、切なくなってしまいました。


―――胸に溜まったものを吐き出せない女性は多いと思うので、夏子にすごく共感できる人が多いんじゃないでしょうか。夏子がヨロヨロしながら田んぼの一本道を行く自転車のシーンは秀逸でした。

飯島:もともとは車がどこかにぶつかるようなシーンを想定していたのですが、脚本を書き直すうちに、持ち運びできるものの方がいいかなとか、身軽にどこにでも行けそうだけど、まだ夏子には行けないものと考えると、夏子には自転車がいいのかなと。


―――車だとある程度守られた空間になってしまいますが、自転車なら一体感があり、より映画的になりますね。

飯島:全体を通して、竹ちゃんは自分が持っている多様なもの、楽しいキャラクターからすごく暗いものまでを引き出せる人だと思い、後半には竹ちゃんに頼りました。


■監督業と映画『Natsuko』のこれから

―――頼れる人と映画を作れるのは、幸運でもあるし、今まで培ってきたもののおかげだと思います。今回、四苦八苦しながら映画を作ってみて、今後への制作欲は出てきましたか?

飯島:今も新しい脚本を書いています。書くことは好きなのですが、初めて監督として映画を作ってみて責任の重さや、リーダーシップの必要性を感じました。また、今回いろんな人に助けてもらい完成しましたが、みんなが様々なことを提案してくれるとき、その中から選ぶ選択のセンスもすごく必要だと学びました。アーティスティックな部分だけでなくテクニカル面の知識も必要なので、簡単に作りたいとは言えません。とはいえ、演じることはもちろん、映画が本当に好きなので、例えば誰かと一緒に作るという方法もあると思いますね。


―――飯島さんが書いた脚本を他の人に監督してもらう手もあるでしょうし、色々な方法がきっとあると思います。それでは最後にメッセージをいただけるでしょうか。

竹下:少人数ですが、みんなで力を合わせて、力を出し切った作品です。録音やカメラも必ず監督に確認を取り、どうしたいのか意見を聞いて、監督がやりたいことを実現できるように、みんなで意見を出し合った現場でした。わたしとしては、2つの映画祭だけではなく、もっとたくさんの場所で観ていただき、愛される作品になってほしいという想いがありますね。

飯島:この作品はすごく個人的な作品でもありますが、映画の中で表現されているのは誰にでも起きる普遍的なものです。ご覧になった方それぞれが、ご自身に照らし合わせて感じるのではないでしょうか。映画を通してストーリーだけではなく、映像、音楽や全体的な雰囲気から何かしら感じていただけたら嬉しいです。

(江口由美)


<作品紹介>

『Natsuko』 (2020年 日本 16分)

監督・脚本:飯島珠奈

出演:竹下かおり、飯島珠奈