「10周年イヤーはお客様と一緒に“映画館はどうあるべきか”を考えていきたい」元町映画館支配人、林未来さんインタビュー


 2010年8月21日に神戸・元町商店街内に開館した元町映画館が、この8月21日で10周年を迎える。イスラーム映画祭、MOOSIC LABの神戸会場としてお馴染みの同館は、池谷薫監督が講師を務めるドキュメンタリー塾や、楽士の鳥飼りょうさんによる、サイレント映画を生演奏で愉しむ「SILENT FILM LIVE」、映画研究者と心理学者が講師を務める「#映画レビュー入門講座」など、オリジナル講座や上映会が次々誕生し、神戸の映画文化の発信や人材育成の場として多くの映画ファンに愛されている。10周年を目前に、新型コロナによる緊急事態宣言発令により、開館後初となる休館を余儀なくされたが、5月30日に営業再開し、この8月も地元神戸を舞台に阪神・淡路大震災で娘を亡くした夫婦の23年間を描いた『れいこいるか』、戦後75年を映画で省みる『蟻の兵隊』、『ゆきゆきて、神軍』など話題作が目白押しだ。

 10周年を迎えるにあたり、支配人の林未来さんに開館から今まで、そしてこれからの元町映画館についてお話を伺った。



■休業中に考えた「映画館はどれぐらい必要なのか、どうあるべきなのか」。10周年記念、映画館と映写機の三部作上映と共にトークショーで考える機会を作る。

―――新型コロナウィルスによる臨時休館を経て、まだ半席状態で10周年を迎えることになりましたが、休業中はどんな時間となりましたか?

林:コロナで休業したことがきっかけで、普段は考えないようなことも考えるようになりました。価値観が自然と変化する時にきていると実感しているし、コロナのせいで困ったというより、その変化の方に意識が向いています。また、今回多くの方からのご支援をいただいたことで、映画館はどれぐらい必要なのか、どうあるべきなのかをすごく考えるきっかけになりました。

その流れから、8月15日から森田惠子監督の映画館と映写機の三部作(『小さな町の小さな映画館』『旅する映写機』『まわる映写機 めぐる人生』を上映、『まわる映写機 めぐる人生』は神戸初上映で、元町映画館も登場します。さらに映画館は何なのかを考える機会を作りたいと思い、初日には森田監督とスタッフが、10周年のご挨拶も含め、トークを開催する予定です。また、兵庫県出身の俳優、鈴木宏侑さん(『Noise』)とコロナ前には短編を撮るようなワークショップができればと構想を練っていたのですが、お互いに今は「映画館はどんな場なのかを一緒に考えたい」という思いで一致したので、22日には鈴木さんと一緒にディスカッションできるような場(〈映楽 EIGAKU ~映画と遊ぶ~〉vol.00/制作者 × 興行者 × 観客トークセッション「これからの社会に映画館は必要か?」)を設けようと考えています。


―――林さんは映写技師として、まさに映画館を作る段階からいらっしゃいましたね。

林:オープン前からいるスタッフは私と高橋(元町映画館代表理事)の二人になりましたが、その当時から今まで続いているボランティアさんが4名ほどいらっしゃいます。イベントの撮影をしてくれたり、それこそ受付のやり方を一緒に考えてくれ、今も受付を手伝っていただき、息長く映画館を支えてくれていますね。





■デジタル化がきっかけで生まれた京阪神ミニシアターの連携。

―――初代の藤島さんに代わり、林さんが2013年に支配人になった頃から、関西のミニシアターも女性支配人が増え、ミニシアター間の横のつながりが年々深まっているように見えます。そもそも何がきっかけだったのですか?

林:きっかけはデジタル化です。2012年に起きたデジタル化問題で、ミニシアターはどこも業者に言われるがままでは乗り切れないと感じていた時に、当時第七藝術劇場の支配人だった松村さんが声かけをしてくれ、関西のミニシアターが集まって勉強会を行い、ゆるやかな連携が生まれたんです。そこからは京阪神で共通のチラシを作ったり、舞台挨拶を京阪神ツアーのように組むことが始まりましたね。


―――この10年間、業績の推移はどうですか?傍目からみると順調に来場客数が増えているように見えますが。

林:最初が厳しいスタートだったので、認知されるに従って上がっていき、2015年ぐらいからは大きな変動はなく落ち着きだした感じです。ただ、スタッフの給料を上げるなら次の水準を目指さなければいけないけれど、まだそれは難しい。本当は月に500万ぐらい売上が上がるといいのですが、現状を超えるにはプラスアルファの何かが必要なのかなと思っています。


―――今、大阪、京都と各地域ごとに独自の活動を展開している映画チア部も、スタートは元町映画館でした。

林:2014年に元町映画館で発足した映画チア部からは、現在、当館や大阪のシネ・ヌーヴォで働いているスタッフもいるんです。映画の仕事に就く率がすごく大きい訳ではないけれど、うれしいですよね。緊急事態宣言下で神戸の映画チア部が元町映画館支援のオンライン上映イベントを企画してくれたのも、完全に自主的な活動で「母は感動しました」って感じです(笑)




■キーワードは「公共性」。これからの10年の方向性を作っていきたい。

―――オンラインで映画を見る機会が増えると、逆に映画館で観たいという気持ちが湧き上がってきました。映画館の存在意義がより高まるきっかけとも言えるのでは?

林:ステイホーム期間中に、普段映画を観ない人もオンラインで観る機会が増えたということは、映画館にとってすごくチャンスだと思っています。映画が面白いと思った人が、次に「映画館に行きたい」と思ってもらうためには何が必要なのか。そこが、映画館はなぜ必要なのかに繋がると思っています。

 10周年を迎えるにあたり、元町映画館設立発起人の堀は映画館がどうあるべきかという話の中で、「映画館は公共性を持っている」という言葉を投げかけたんです。私は「公共性」、つまり映画館が公共性を持つのはどういうことなのかが大事であり、私に託された課題だと思っています。以前、ゲストトークに来ていただいた内田樹さんが「公が立ち上がる瞬間」のお話をされていたのがすごく興味深かったのですが、施設としての公共性だけではなく、これからの元町映画館のあり方を、総合的に考えていかなければと思っています。私一人でそれを考えるのではなく、森田さんや鈴木さんを交えてトークやディスカッションする中で、映画館に足を運んでくれるお客様のご意見を聞きつつ、これからの10年の方向性を作っていきたい。10周年事業の一環として、そういうものをまとめることもしていきたいと思っているんです。


■今はとても大事な局面、休業期間を経たことで、働き方への意識も変わる。

―――小田香監督が発起人となり、元町映画館ゆかりの映画監督による短編プロジェクトや、ビジュアルを手がけているイラストレーター、朝野ペコさん発案の元町映画館×クリエイター「はじまる前の約1分」マナーCMも準備中ですし、8月21日の10周年から1年間が「10周年イヤー」となり、今後を見据えて動いていく感じですね。

林:まさにそうです。コロナがなければ、毎年やっている周年上映をボリュームたっぷりにやったぐらいで終わっていたかもしれません。これからの10年のあり方や、映画館とはどうあるべきかという根源的なテーマは出てこなかったでしょう。だから、今はとても大事な局面を迎えている気がしています。休業期間を経たことで、働き方への意識も変わりましたし、当たり前のように残業する必要があるのかということや、効率面のことなど、改めて見直すきっかけになりましたね。


―――働き方への意識という面では、アップリンクの元従業員がパワハラを訴えて訴訟を起こした問題とも繋がります。

林:あの報道を知ってハッと思わなかったところはないだろうというぐらい、映画館、配給、製作を含めて、どこも思い当たるふしがあったのではないでしょうか。本当に映画業界での働き方の変容が求められている時ですね。



■今回、ミニシアターという業界がこれまで伝える努力を怠っていたことが露呈した。

―――臨時休館になったことで、私もそうですが、映画館が自分の居場所であったことを再発見した方も多いのではないでしょうか。

林:今回、ミニシアターという業界がこれまで伝える努力を怠っていたことが露呈したと思っています。私たちは文化を伝えているという思いでやっているはずですが、どこかで分かる人にだけ分かればいいと思っていたのではないかと。メジャー映画ではない映画をなぜ上映するのかといえば、多様な映画を上映することで感性を育てることに繋がるし、そのような文化は人を作るからです。でもそれを身内で語っていただけで、きちんと一般の人に伝えきれていなかった。本当は、ミニシアターの価値を、国を含め皆が理解し、守るような形にしていなければならなかったのです。今までは伝える努力をしていても、なかなかうまく伝わらず、それが大きな声にならないことに挫折し続けていました。これからは皆の意識を変えるアクションをしていきたいのですが、それは何なのかをまだ探っている最中ですね。


―――意識を変えるという意味では、フランスのように映画を教育に取り入れるということも一考の価値があると思います。

林:私も教育が大事だと思います。でも絶望的なのは、教育の現場からどんどん芸術が取り除かれているという現状です。想像力や感性を培わない人間形成がいかに怖いことか。他人の痛みが分からない人間になってしまうということは少し考えれば分かることですが、今の効率を重んじ、想像力形成をないがしろにする教育に保護者も良しとしているのなら、由々しきことだと思います。神戸が映画発祥の地なら、例えば学校教育に映画を取り入れるような試みをしてみてもいいのではないでしょうか。


■「元町映画館はこうなってほしい」とお客様も意見を出しやすくなるような場所を目指して。

―――そういう声も上げていきたいですね。最後に、これからに向けての抱負を教えてください。

林:元町映画館は成り立ちからみんなで作った劇場なので、これからもお客様を含めた皆で作っていく映画館でありたいし、マインドをもっとオープンにしていきたいですね。「元町映画館、どうなっていくんだろう?」ではなく、「元町映画館はこうなってほしい」とお客様も意見を出しやすくなるような場所を目指していたはずだし、それが公共性にも繋がる気がします。お客様のリクエストを上映するという方法も考えられますが、そういう形ではなく、お客様がちょっと何かに参加できるような場所にしていきたいですね。



元町映画館10周年記念、森田惠子監督の“映画館三部作”一挙上映!

※トークイベント「街に映画館は必要なのか」を開催!

8/15(土) 『まわる映写機 めぐる人生』13:00の回上映後、森田惠子監督舞台挨拶終了後、14:05ごろより約1時間予定

登壇者:森田惠子監督、堀忠(元町映画館設立発起人)、高橋勲(元町映画館代表理事/スタッフ)、林未来(元町映画館支配人)