今の時代だからこそ見てほしい作品が集結!プログラミングディレクター、暉峻創三氏に聞く「大阪アジアン映画祭から発信するべき映画」とは?


 2021年3月5日(金)〜14日(日)、梅田ブルク7、シネ・リーブル梅田、ABCホール他で開催される第16回大阪アジアン映画祭(OAFF2021)。今年は2月28日(日)から3月20日(土)まで鑑賞できる大阪アジアン・オンライン座(Theatre One)と、3月14日(日)21:00 から48時間限定配信(予定)されるOAFF2021特集企画<台湾:電影クラッシックス、そして現在>より『関公VSエイリアン(デジタル・リマスター版)』『チマキ売り(デジタル・リマスター版)』の(Theater OAFF2021)も加わり、ハイブリッドでの開催となる。2年続けてコロナ下での開催となった、そんな同映画祭プログラミングディレクターの暉峻創三さんに今年の傾向や注目ポイントをうかがった。




■映画祭で初登場する「コロナ禍の日常」を描いた作品〜『こことよそ』『4人のあいだで』『守望』

 映画祭開催地の大阪は、緊急事態宣言が3月7日まで延長したことに伴い、映画館も20時までの営業が続いている。その影響を受け、OAFF2021も最終上映が20時までに終わるようにスケジュールが組まれた。例年ならば、20時以降も必ず上映が行われていたため、作品数と上映スケジュールとの兼ね合いが非常に難しかったそうだが、作品数を減らすことなく例年通りとなる63本(内2本はオンライン上映)の新作をラインナップしている。

 応募本数自体は落ち込んだものの、減ったのはむしろアマチュアの作家が中心で、プロの作家の応募状況やレベルは例年と変わらなかったという暉峻プログラミングディレクター(以下暉峻PD)。コロナの影響を受けて急遽ゲストを呼ばない形での縮小開催となったOAFF2020から1年が経ち、映画祭で初めてコロナ時代をどう生きたかというコロナ下の日常を描いた作品が登場したことに触れ、主な作品を紹介してくれた。



『こことよそ』(フィリピン|JPハバック監督)は世界初上映となるフィリピン映画ですが、フィリピンは日本よりもはるかに厳しいロックダウンが敷かれ、例えばちょっと隣町に行くくらいの距離でも自由に移動できなかったんです。映画の撮影も一時完全にストップしたけれど、国がガイドラインを作り、その厳しい撮影ルールを厳守して、この作品は作られています。普通の映画を作るのと勝手が違うけれど、新しいコロナ時代にどんな映画が作れるかに挑戦した必見作ですね。



 一方、日本からは中村真夕監督(『愛国者に気をつけろ!鈴木邦男』)の短編劇映画『4人のあいだで』で、第一次緊急事態宣言の頃を背景に、登場人物たちそれぞれがお酒片手に、夜公園で昔のサークル仲間とスマホでグループ会話をするというリアリティのある物語です。同じプログラム《短編B》の中国映画『守望』はまさに、中国で第一次ロックダウンが解けた直後のフットマッサージ店を舞台にした物語。そういう点でも注目したい短編プログラムです」



■迷わず決めたオープニング『映画をつづける』は、「今の時代にこそ見てほしい」


 例年オープニング作品を決めるのに苦労をするという暉峻PDが、今年は迷わずこれだ!と決められたと自信を見せたのが、今やアジア映画を代表する名匠のアン・ホイを追ったドキュメンタリー『映画をつづける』だ。

「パン・ホーチョン作品や、アン・ホイ作品で美術を手がけ、香港電影金像奬や金馬奬でもノミネート常連となっているマン・リムチョンが、コロナの前から企画構想して4年がかりでアン・ホイの撮影風景や私生活、普段の生き方を描いた監督デビュー作です。一見、香港映画マニア向けの作品に見えるかもしれませんが、一人の有名な映画人のメイキングの域を超えた、偉大な劇映画のような作品で、アン・ホイを全く知らない人でも楽しめます。困難な時代に人はどう生きればいいのかをリアルに感じさせ、生きる意欲を与えてくれる映画で、辛い月日の続いてきた今年のオープニングにこれほどふさわしい映画はないと思っています」

 暉峻PDから見れば、アン・ホイは有名ではあるけれど、様々な浮き沈みを重ね、巨匠中の巨匠なのに普段の振る舞いは決して巨匠然とせずに質素な生活を送っている。まさに、こういう年の重ね方をしたいと思えるような生き方をしているところも感動ポイントだという。今の香港の映画人は、中国とどう付き合い、その中でどのような作品を作っていくか大きな命題となっているが、アン・ホイは香港人のアイデンティティを忘れないことが大切だと語っている。そんな逆境に負けない強さも、暉峻PDがオープニング作品に選んだ所以なのだろう。



■回を重ねるごとに紡がれる映画祭の物語性を象徴するクロージング作品『アジアの天使』


 クロージング作品に選ばれたのは、池松壮亮(主演)×チェ・ヒソ×オダギリジョーで描く石井裕也監督最新作『アジアの天使』だ。石井裕也監督は短編『ラヴ・ジャパン』で第1回CO2(シネアスト・オーガニゼーション・大阪)で奨励賞を受賞したCO2出身監督でもある。さらに、OAFFファンの方ならチェ・ヒソの最新出演作であることにも歓喜したくなるだろう。OAFF2018オープニング作品『金子文子と朴烈』(映画祭タイトル:『朴烈(パクヨル) 植民地からのアナキスト』)のゲストでオープニングセレモニーに登壇、オープニング上映前の舞台挨拶では小学校時代の恩師も来場し、感動に包まれたことは記憶に新しい。また翌年のOAFF2019ではハン・ガラム監督の『アワ・ボディ』で「81年生まれ、キム・ジヨン」世代の女性の生きづらさをストイックに熱演。ハン監督と共に来場し、ファンとの交流を重ねた。暉峻PDも映画祭の物語性を重視すると語る。

「OAFFのプログラムの組み方の特徴として、映画祭が回を重ねるに従い、紡がれてくる物語性を大事にしています。OAFFのお客様だからこそ『かつて映画祭で見たこの俳優、この監督が、今回はこういう新しいことをやっているんだ』という風に見てもらえる。チェ・ヒソはそういうストーリー性を担っている人で、今回のクロージングはこの作品しかないと思っていました。日本映画ですが、出演者、スタッフの大半は韓国人だし、アジア中に名を轟かせた新世代監督の石井裕也が、日本で初めて韓国映画がブレイクした80年代のイ・チャンホのようなちょっと懐かしさを感じる風合いの作品を作っているのも興味深い。主演の池松壮亮はこれが初の韓国進出ですが、昔からアジア映画出演に熱心な共演のオダギリジョーと同じような嗜好を持っているので、今後アジアでの活動も視野に入れているのではないでしょうか」



■国籍の幅がさらに広がる!イスラエル、エクアドルの映画がコンペティション部門に初登場〜『ハネムード』『空(くう)』


 OAFFファンなら驚かないだろうが、アジア映画の祭典になぜ?と思うような作品が入選を果たすのもこの映画祭の大きな特徴だ。


「もう一つの特徴として、アジアの映画ではなくてもアジア人について語ったり、考察した映画であれば国籍を問わず入選資格があるということを、映画祭の規約で定めています。だから、あえてどこまでがアジアかは定義していません。基本は東アジア、東南アジア、インドの作品がコンペティション部門の中心となりますが、今年は国籍のバラエティが広がりました。イスラエル映画で初入選したのが、結婚式を終えた直後のひと夜の出来事を描いたタリア・ラヴィ監督の『ハネムード』。画面の作りや、捉えている空気感が素晴らしく、それだけで1時間半魅了される。すばらしい才能を発見しました。



 そしてもう一つコンペティション部門で紹介したい初国籍の作品がエクアドル・ウルグアイ合作のポール・ベネガス監督作品『空(くう)』。中南米の太平洋に面した国、エクアドルに密航した中国人二人を中心に、エクアドルに移民した中国人社会を描いた作品で、本年度のアカデミー賞国際長編映画賞エクアドル代表作に選ばれています。台詞の大半が中国語の作品ですが、エクアドル人の監督が現地にいる素人を起用して見事に演出。ニューヨークで一花咲かせるためにエクアドルに渡ってきたヒロインの根無し草的感覚が、タイトルの空(からっぽ)に現れています。



■他の映画祭ではかからない、イメージを覆すモンゴル、イラン、トルコ、シンガポール映画〜『ブラックミルク』『裸の電球』『キラー・スパイダー』『ジェミル・ショー』『チョンバル・ソシアル・クラブ』


 映画祭の物語性に話を戻せば、OAFF2016『そんな風に私を見ないで』で來るべき才能賞を受賞したモンゴルに出自を持つウィゼマ・ボルヒュ監督待望の最新作『ブラックミルク』(写真上)、そしてモンゴルからはもう一作、ゾルジャルガル・プレブダシ監督の『裸の電球』の2本が特別注視部門に入選しているのも、今年のうれしいサプライズだ。

「この2本は既存のモンゴル映画とはかなり違うところが評価ポイント。西洋人に受けるモンゴルのイメージを前面に出した路線は封印し、自分たちが作りたいものを作るという共通性があります。新しいモンゴルのイメージを作りだす注目の2作です。

 同様に、イラン映画も他の映画祭で似たようなタイプの作品が多数入選を果たしているので、そういう路線の作品を取り入れることには消極的だったのですが、今回コンペティション部門に入選したエブラヒム・イラジュザード監督の『キラー・スパイダー』は昔のアメリカ映画を相当研究して作っているのではないかと思わせるフィルムノワール的雰囲気があります。こんなイラン映画があるのかと驚かされたアメリカのジャンル映画のような一作。



 合作ではないという意味では初めてのトルコ映画となるバルシュ・サーハン監督の『ジェミル・ショー』は、2月のロッテルダム国際映画祭で世界初上映したばかりの新作。役者志望の男が主人公で、トルコ娯楽映画の歴史に根差しつつ、映像言語的にはとても前衛的な注目作です。さらに久しぶりのコンペディション部門入選となったシンガポール映画『チョンバル・ソシアル・クラブ』(写真上)はタン・ビーティアム監督による一種のSF映画で、簡素ながら印象的な色使いで近未来設定のSFを作った話題作です」




■東京オリンピックの水泳競技に出場する女性スイマーを描く『ナディア、バタフライ』


 コロナで涙を流した映画製作者は数多いが、パスカル・プラント監督のカナダ映画『ナディア、バタフライ』もその一作と言えるだろう。2020年東京オリンピックを開催中の東京を舞台に、選手生活を引退する女性スイマーの葛藤と東京での日々を描くアスレチックドラマ。カンヌ国際映画祭でオフィシャルセレクション2020に選出されたものの、上映が叶わず、それ以前に東京オリンピックも延期となり、今となっては逆にとても貴重な作品だと言える。

「ブラント監督自身も19歳まで競泳選手で、ナディアを演じたカトリーヌ・サバールはリオオリンピックの競泳女子メドレー(4×200m)で銅メダルを獲得した正真正銘のアスリート。レースシーンでバタフライを泳いでいるところのリアリティーがすごい。OAFF常連の宮崎大佑監督が日本ロケのスタッフを務めているのも、つながりを感じる作品です。

 オリンピックに関連した作品としては、ピーター・チャン(OAFF2012『捜査官X』)がコン・リー主演で女子バレー中国代表チームの40年以上にわたる歴史を試合シーンを交えて描いた『中国女子バレー』も楽しんでいただきたいですね」



■「台湾映画」という枠組みの広がりを実感できるプログラムに〜『ホテル・アイリス』『緑の牢獄』『人として生まれる』

 特集企画《台湾:電影クラシックス、そして現在》が組まれ、ファンが多い台湾映画には、今年新しい潮流が見えると暉峻PDが語る。

「コンペディション部門で唯一となる特集企画《台湾:電影クラシックス、そして現在》作品で、永瀬正敏出演の日本・台湾合作『ホテル・アイリス』は、日本人の奥原浩志監督作で、制作費は台湾側がメイン。全編台湾で撮影しており、メインキャストの陸夏をはじめキャスト・スタッフも台湾人が多く、世界初上映の注目作です。

 インディ・フォーラム部門では、日本台湾合作の『緑の牢獄』が入選しています。台湾人で沖縄県在住の黄インイク監督が、戦前台湾から石垣島の炭鉱に渡り、今でも石垣島で生活し続けているおばあさんに密着したドキュメンタリー。同作をモチーフにした短編劇映画『草原の焔』(プログラム《短編A》『Talker』『にじいろトリップ』と併映)も世界初上映されます。



 昨年インターセックスを描いた『メタモルフォシス』(フィリピン|ホセ・エンリーケ・ティグラオ監督)を上映しましたが、今年はアメリカで学んだリリー・ニー監督がインターセックスを題材に台湾で製作した『人として生まれる』(写真上)を、世界初上映します。ニー監督は中国出身で、当初、中国での製作を考えていたものの、LGBTQのジャンルに入るため、中国で作るのを諦めたという経緯のある作品です。これらの作品をみても、台湾映画というくくりの広がりを実感できるプログラムになったことを感じていただけるのではないでしょうか」



 入選作が次々と劇場公開を果たしているインディ・フォーラム部門や、特集企画 《ニューアクション! サウスイースト》、そして今年はチャン・キンロン監督『手巻き煙草』がHONG KONG GALA SCREENING作品の香港特集企画《Special Focus on Hong Kong 2021》、日本初上映や関西初上映の話題作が多数の特別招待作品部門では、OAFF常連のリム・カーワイ監督『カム・アンド・ゴー』、藤元明緒監督『海辺の彼女たち』をはじめ、世界初上映のフォン・クーユー監督『A SUMMER TRIP~僕とじいじ、1300キロの旅』と見逃せない作品がいっぱい。ぜひ公式サイトの予告編をチェックして、年に一度のアジア映画の祭典を楽しんでほしい。