江口由美

記事一覧(102)

バルカン半島の旅で出会った、どこにも所属していないマイノリティに魅力を感じて。 『どこでもない、ここしかない』リム・カーワイ監督インタビュー(前編)

舩橋淳監督、「独立映画鍋」と最新作『ポルトの恋人たち 時の記憶』をはじめとする国際的な共同制作への取り組み方を語る@京都フィルムメーカーズラボ マスターズセッション オープン講座 

『世界で一番ゴッホを描いた男』ひたすらゴッホを真似た男が、ゴッホと向き合う時

アートの知らざる世界を覗き込む思いがする『世界で一番ゴッホを描いた男』。インド、繊維工場の過酷労働に肉薄したドキュメンタリー『人間機械』を彷彿とさせるように、狭い作業場では所狭しと描きかけのゴッホの複製画が並び、職人たちは機械作業のように、同じ箇所を次々に色付けしていく。タブレットで本物とタッチや色合いに違いがないかを確かめ、マズい場合は書き直しを指示するベテランの複製画家が本作の主人公、チャオ・シャオヨンだ。世界最大の油画村と呼ばれ、複製画制作の町として知られる中国の深圳市大芬(ダーフェン)村。今や観光地となっているダーフェンで、20年間ゴッホの複製画を家族経営で描き続けてきたシャオヨンの元には、主にヨーロッパから次々と受注が入る。商売繁盛のように見えるが、工房兼住居となっているその場所を見ていると、そんなに贅沢な暮らしができているようには見えない。ひたすらゴッホの絵を描き続けているシャオヨンは、ゴッホの本物の絵を見たいと家族に打ち明ける。お金がかかるという妻を、ギャラ交渉もするからと説得し、アムステルダムに旅立ったシャオヨンが見たのは、自分が納品した複製画がギャラリーではなく、露天の土産物屋で、卸値の8倍以上の高値で売られていたこと。

『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』加古川がなんて爽やか!「カメ止め」どんぐりさんも涙した内気女子高生の青春映画

加古川が舞台の地域映画ができる、昔通っていた加古川市立図書館でロケをした等、懐かしさとどんな映画なんだろうという好奇心から出来上がるのを楽しみにしていた映画『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』。昨年末、加古川での上映から時を経て、ようやく大阪・シネヌーヴォで見ることができた。映画24区の『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ』第一弾として制作された本作。最初から瑞々しいブドウやイチジクが登場し、加古川出身ながら驚くことばかり。オープニングカットから登場する一級河川、加古川は地元民のオアシスであり、誇りのような場所。そこを2両編成の電車(加古川線)がヒョコヒョコと通り過ぎていく。かなり加古川の上流部分だが、なんてのどかなんだ。私は加古川でも中心部に暮らし、高校まで学校は徒歩圏内という加古川の都会民(とてもスケールがちっちゃい話だけど・・・)だったので、加古川にドラゴンボートのような大きなボートが浮かんでいたり、果樹園でフェスティバルがあったりという光景は実は未見。加古川といえば、鶴林寺と下村の穴子が定番、最近はそれにカツメシがプラスされたのだけど、この映画はそういうステレオタイプの加古川は脇に置き、穏やかな風景の中、進路や恋に悩む高校生女子たちを等身大で描いている。工場で共働きの両親に代わり、弟の面倒もよく見る若菜(堀田真由)は、最近彼氏と会えず、彼氏と同じ大学を志望していたものの、勉強もやる気が起こらない。友達からの誘いは断れず、彼氏にも言いたいことが言えない、自分に溜め込んでしまうタイプだ。果樹園や、地元の不動産をもつ名士の娘、実果(岸本華和)はいつも遊びに誘い、彼氏との仲を取り持とうとするちょっとお節介な友人。いい大学に行き、いい就職をするために熱心に塾通いをするマイペースな歩結(西野凪沙)は、実果の誘いをあっさり断る意志の強さがある。仲良しながら性格も進路も三人三様の女子高生たちの日々が、穏やかな加古川の風景の中、優しく綴られる。『幸福(しあわせ)のスイッチ』監督・脚本で劇場デビューした安田真奈監督の産後監督復帰作となる本作は、家庭描写もらしさがたっぷりだ。真由の両親役は、寺脇康文と渡辺真起子だが、特に渡辺真起子が播州弁をしゃべるなんて!とちょっと感激。大阪弁とはまた違う播州(加古川)独特のイントネーションをさらりとこなし、仕事が忙しい母親ぶりを発揮。そして、父親の誕生日に冷蔵庫のあり合わせで作ったという鶏肉とイチジクを中心にしたメニューは、美味しそうだけど、難易度は初級ぐらいで背伸びしていないのがいい。SNSで知り合った大阪のOLに憧れ、親には言えない進路の悩みを相談したり、本当にこのまま大学受験をすべきかと悩んだり、青春映画だが恋愛ありきではない、生々しい悩みに向き合うヒロインの姿をしっかりと描いている。地域映画ということで、進路を話している時に「父親のように神戸製鋼に行きたい(加古川には神戸製鋼の工場がある)」とか、両親が靴下工場を経営している(加古川は靴下でも有名)男子生徒が靴下のポスターモデルにと歩結に声をかけたり、地域の高校生をヒアリングしたんだろうなと思わせるエピソードもさらりと盛り込まれている。難易度が高い「加古川大学」とか、思わぬ架空の大学があるのには笑ったけれど。この日の上映後には、『カメラを止めるな!』テキトープロデューサー役で大ブレイクし、9月に映画24区に所属したばかりのどんぐりさんが安田真奈監督と登壇。実は思ったことをスパッと言えない性格というどんぐりさんは、真由が彼氏を前に、なかなか思いを口にできずにいるところで思わず涙したという。そんな意外!?な一面を見せたどんぐりさんを前に、「青春は熱いと言われるけれど、実は微熱のような日々の積み重ね。映画24区所属女優の堀春菜さんの案『36.7℃』が加古川の皆さんの投票で1位に選ばれ、最終的には気持ち高めの『36.8℃』にしました」と一見内容が分かりにくいタイトル秘話を披露。さらに、ちょっと内気なヒロイン像は、「初めて加古川で役所の方などに名物はと聞いた時、『姫路はお城がありますが、(加古川は)特に何もないんですよね〜』と言われて。ならば、そういう感じのヒロインにしてみたはどうかと思った」と加古川のイメージそのものを投影していることを明かした。世界遺産の姫路城を有する姫路と、港神戸の三ノ宮の間にある加古川は、正直パッとしないし、パッとしないからといって、無理やり地域振興をしようという変な欲もない。例えば、毎年12月23日に行われる加古川マラソンも、前日受付はなく、あらかじめゼッケンを送ってくれる。加古川にお金を落としてもらおうとか、観光振興に使おうという欲がびっくりするぐらいないのだ。一方肝心のマラソン大会の方は、地域の陸上部高校生たちがボランティアをし、寒い吹きっさらしの河原で地元の人も応援してくれる。消防団活動も盛んな、地域コミュニティがしっかり根付いている場所なのだ。