江口由美

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『軍中楽園』これも一つの、歴史の闇に葬られた台湾女性史

大阪アジアン映画祭2015の台湾ナイトで上映され、話題を呼んだ『軍中楽園』(14)がいよいよ劇場公開される。1992年に閉鎖されるまで40年にわたり公然の秘密であった台湾軍の慰安施設、831部隊、通称「軍中楽園」。本作は、台湾・金門島で軍事的緊張が高まっていた1969年を舞台に、そこで交差する兵士たちと慰安婦たちの人間模様を描いた青春群像劇だ。監督は、ホウ・シャオセン監督の『風櫃の少年』で主演を務め、監督作の『モンガに散る』(10)が大ヒットを記録したニウ・チェンザー。『モンガに散る』に出演したイーサン・ルアンが主演の新人青年兵ルオを演じ、ルオの目を通して、世間から不潔と蔑まれている831部隊の慰安婦たちの日常をイキイキと映し出す。厳しい軍隊の訓練の合間に、男たちがチケットを握りしめ、お気に入りの女性がいる部屋の前でワイワイと言いながら待っている。女たちもあっけらかんと男たちをあしらい、早く家族の元へ戻る日を夢見て娼館での日常をひたすらこなしているのだ。そんな中、厳しい海軍の訓練についていけず、831部隊所属となり、彼女たちの監視や面倒を見る役目となったルオは、女たちの兵士の前では見せない本音に触れていく。刑務所での刑期を軽くするため、831部隊にやってくる女たち。町の人たちからは穢れた者扱いされ、決して真剣な恋の相手にはなれない。婚約者の元に帰るまでは誰とも交わらないと心に決めていたルオが、失恋を機に一気に心の距離を近づけた年上のニーニー(レジーナ・ワン)との関係は他の兵士たちの関係とは一線を画すかのように瑞々しく描かれる。それぞれの本音を打ち明ける関係、それでもルオの中にある無意識の偏見が恋する思いを上回ってしまうのだ。一方、若くて魅力的なアジャオ(アイビー・チェン)と結婚し、軍を辞めて故郷で餃子屋を始めようと意気込むルオの上官ラオジャン(チェン・ジェンビン)も、予想外の事実を知る。極限状態の厳しい軍の訓練、いじめ、そのうっぷんを受けるかのように日々兵士たちの相手をする女たち。ニウ・チェンザー監督らしい鮮やかな群像劇は、極限状態の男女のままならぬ恋をほろ苦く描く。皆が求める幸せは、遠かった。ほんの25年ほど前まで実在した831部隊だが、積極的に語り継がれることはなく、歴史の闇に葬られていた事実だった。そのタブーに挑み、映画化したニウ・チェンザー監督と、編集協力したホウ・シャオセン監督の熱意が映像の端々から感じられる。もちろん、男性目線の物語なので、真に831部隊の女性たちの心の声を捉えているかどうかは難しい部分がある。それでも、台湾の歴史からこぼれそうになっていた女性たちの存在に光を当て、台湾だけでなく日本の私たちも彼女たちの人生を垣間見ることができた。それはとても意義深く、台湾映画史にも一つの楔を打つ作品になったと思う。重いテーマをセンシティブなエンターテイメント作品として仕立て上げるニウ・チェンザー監督の手腕に、感服した。

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』元トップアスリート、メディアで語られなかった真の姿とは?

単なるスキャンダルの実録ものと思ったら、大きなしっぺ返しを喰らうだろう。それぐらい、登場人物それぞれのエネルギーが凄い。アメリカ代表選手として1992年のアルベールビル、1994年のリレハンメルオリンピックに出場したフィギュアスケートのトップアスリートでありながら、最大のライバル、ナンシー・ケリガン襲撃事件で、最終的にはフィギュア界から追放されてしまう。今でもアメリカではダークなイメージがつきまとうトーニャ・ハーディングの側に立ち、事件の真相だけでなく、彼女の人生を幼少期から解き明かす作品だ。母親とトーニャの関係は、今で言えばパワハラ。結婚と離婚を繰り返し、自分の稼ぎを全てトーニャのスケートレッスン代につぎ込んだ母親だけに、トーニャの才能を見抜いていただけでなく、なんとしてでもトップに立てというプレッシャーが半端でなく、時にはヤジを飛ばす人まで雇って、トーニャの闘争本能を掻き立てる。一方、トーニャと恋人であり事件の首謀者の一人、ジェフの関係は、一方的なDVというより、双依存。どれだけ暴力を振るわれても、謝られると結局は離れられない。おまけに、ジェフの友人で実行犯のショーンは妄想癖があり、これら皆、自分をコントロールできない人たちを描いた物語でもある。伊藤みどりに続き、アメリカで初めてトリプルアクセルを飛んだトーニャだけに、スケートシーンは迫力満点!トーニャ役のマーゴット・ロビーの演技も、どこまで本人がやったのかとドキドキしながら見入っしまう。それにしても、スケートの世界は家庭環境で負の部分を感じさせてはいけないイメージが大事なスポーツなのだとつくづく感じる。技術的にはアメリカ最高レベルのトーニャも、自己評価と審査員の評価のかい離が激しく、芸術性が問われる演技ならではの苦労も滲む。パワハラとはいえ、時にはヤジ役を雇ってまで、も自分流のやり方で、娘の闘志に火をつける母親を演じたのは本作でアカデミー助演女優賞を受賞したアリソン・ジャネイ。憎まれ役を覚悟で娘に罵声を浴びせ、頂上を目指させる親なんてそういない。本意を疑うようなシーンもあるが、根は彼女にとってトーニャが大事な存在だったと私は信じたい。最後に音楽提供を拒まれることも多かったとプレスにあったのを見ると、アメリカでは、トーニャは未だに負のイメージが大きいことを実感した。余程、当時のメディアでは悪者扱いされていたのだろう。オーストラリアの監督、主演コンビだから、これだけ「加害者側」の内面にアプローチした作品が作れたのかもしれない。不幸な形で大事なスケートから引き離されてしまったトップアスリートの真の姿を見た思いだった。

『心と体と』夢なら自然と寄り添えるのに

日頃なかなか観る機会のないハンガリー映画だが、『心と体と』のような人間の精神面にアプローチするような作品に出会えてうれしい。食肉加工工場で長年働くエンドレは、片手が不自由で愛人はいても、本気の恋には臆病になっている。代理職員として働く部下のマーリアは、独特の個性を持ち、コミュニケーションに不安を感じている。二人の出会いとなると殺場のシーンも整然と描かれ、現実社会の象徴のようにも映る。一方、パラレルのように描かれるもう一つの世界では、人間の気配が全くない森の中で、二匹の鹿が寄り添い、駆け回る。誰にはばかることもなく、とても自由に。現実社会の二人が、同じ鹿の夢を見ていることが分かり、心の距離はぐっと近づくが、そこから先のコミュニケーションはなかなか上手くいかない。夢の中なら、鹿なら、言葉は交わさずとも寄り添い合えるのに。二人それぞれの孤独な葛藤、特にマーリアの健気な努力は抑えた演出の中でも、ユーモアを感じる部分だ。周りの目を気にしていた二人が、自分の中のハードルに気付き、それを乗り越えて「心と体と」が一つになるまで、洗練された映像と、二人の気持ちを胸に秘めた演技に見入りながら、静かに眺めたくなる。そして、自分の内面にある鬱蒼とした森に目を向けたくなるのだ。

「イスラーム映画祭3」4月28日より神戸・元町映画館で開催。主催者藤本高之さんが見どころを語る。

イスラームが文化として広がっている国や地域を舞台にした映画、イスラム教徒を主人公に据えた映画を取り上げる映画祭として、今年で3回目を迎えるイスラーム映画祭。関西では、昨年に引き続き、神戸・元町映画館にて、4月28日より「イスラーム映画祭3」が開催される。主催者の藤本高之さんは、20代でのバックパッカー体験や、北欧映画祭「トーキョーノーザンライツフェスティバル」運営を経て、一人でイスラーム映画祭を立ち上げ、プログラミングから素材の手配、広報、運営まで全てを一人で担い、会期中は会場となるミニシアターと協力して運営を続けている。昨年8本だった上映本数が、今年は12本と大幅に増加、内5本が日本初上映だ。藤本さんは、「今までは社会性を訴求する作品より、イスラームの国の人たちの暮らしが分かるような、地味な映画を中心に選んできましたが、今回はメイン映画もパレスチナ映画に据え、国際社会が抱えている問題をそのまま映画の主題に据えた作品や、シリア映画、アフガニスタン映画など、社会的テーマが強い作品を含んでいます。トランプ大統領のような分断を煽る風潮に、草の根でもいいので抗いたい。エルサレムの首都移転問題を理解する上でもパレスチナ映画を取り上げ、パレスチナの問題をきちんと分かっていただきたい」とプログラミングの狙いを語った。日本初上映作品を中心に、注目作品を藤本さんのコメントからご紹介したい。

『欲望の翼』改めて気付いたカリーナ・ラウの魅力

リアルタイムで鑑賞できず、レンタルビデオで借りてきたビデオで鑑賞し、それでもあっという間に虜になってしまった『欲望の翼』。初めてビデオで観てから15年近く経ち、まさか劇場でこの映画を鑑賞できる日がくるなんて。冒頭やラストなど、大体のシーンは覚えているし、サントラも聴いていた。とにかくこの作品にのめり込んでいた頃の自分を思い出すかのような映像体験になった。日頃は最後列で観るのだが、何もさえぎられることなく観たかったので、シネ・リーブル梅田の最前列で。本当に古い友達に会うような気分だ。映画が始まると、サッカー場売店への通路を歩くヨディの足音がコツコツと大きく響く。音がいい。売店で仕事をするリーチェンに声をかける。時計も映る。伝説の「1分」エピソードだ。デジタル・リマスター版だが、いわゆるデジタルっぽい鮮明さはなく、あくまでもオリジナル版の風合いそのままで、本当に感動。クリストファー・ドイルのキャメラが、これでもかというぐらい登場人物をクローズアップで映し出す。レスリー・チャンをはじめ、マギー・チャンらの瑞々しい表情に、ドキドキしっぱなし。短い会話と、登場人物たちが順番にモノローグで自分の心境を語るスタイルも独特だ。そして、改めてじっくり観ると驚くことも色々あった。まず、リーチェンとヨディの強烈な恋のエピソードが実は冒頭10分ぐらいで終わってしまい、あとはひたすら心の隙間を埋める二人の姿を描いていること。もともと私はマギー・チャンが大好き。かつてWebで本名を明かさない時代のハンドル名として「リーチェン」を長年使っていたぐらいだから、今まではレスリーとマギー・チャンしか目に入らなかった。でも本作は、ほぼ別れから始まる物語だ。そして、カリーナ・ラウ演じる踊り子ミミは、ヨディが寂しさを埋める存在として登場する。恋は完全に独りよがりで「都合のいい女」扱いだが、かなりパワフルで、作品のトーンをぐっと明るくしてくれる本当に魅力的な存在だ。実はこの春開催された第13回大阪アジアン映画祭で、カリーナ・ラウがプロデューサーも務めた主演作『青春の名のもとに』(タム・ワイジェン監督)が上映された。担任クラスの中学生男子と恋仲になる女性教師役で、大人の女性の魅力をみせる一方、途中ではチャチャっぽい踊りを踊ったり、作品の色合いも『欲望の翼』を思わせるものだった。そんな現在のカリーナをつい先日観たものだから、全身から情熱がみなぎるミミに今回は目が釘付け。もう一点、ヨディと養母との間にある束縛関係も彼の背景を知る上でとても大事な描写だ。実の母親のことを知りたい一心のヨディと裏でお金をしっかり受け取ってきたものの、送金がない今でもヨディが離れることを恐れる義母。自由に生きたいのに、お互いを束縛してしまう関係をラブストーリー同様しっかりと描いていたところにも引きこまれた。かつて観た時に感動した箇所はもちろんだが、新たに発見があったのは、その間私自身も少しは経験を積んだということなのかな。さまよう若者たち、鳴らない電話、すれ違う心。シンプルだが、60年代の香港で生きる若者たちの彷徨う姿がギュッと凝縮された、永遠の名作。現代の若い世代にもぜひ、ぜひ観てもらいたいな。