江口由美

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『悲しみに、こんにちは』様々なことを受け入れた特別な夏

いつも一歩引いたところから、静かに状況を観察する少女の表情がとても印象的な作品。主人公のフリダは病気で両親を亡くし、スペインの大都市、バルセロナにある祖父母の家を離れ、カタルーニャで田舎住まいをしている叔父エステバの家に預けられた少女だ。花火が上がる夏の夜、友人たちとお別れをしてやってきたエステバの家には、母親がわりに面倒を見てくれる叔母マルガとその娘で従姉妹のアナがいた。畑があり、鶏を飼って自給自足の生活を送っているエステバ家の人たちと、都会暮らしの一人っ子フリダの微妙な距離感がスペインらしい陽光の中、丁寧に描き出される。フリダのことを姉として慕おうとするアナに対抗心を覚え、自分の失敗をアナに指摘されても知らんぷりをするフリダの心は常に揺れている。と同時にマルガも我が子ではない上に、たまに強情になるフリダをどう扱えばいいのか分からない。子どもの目から見たら大人げなく映るかもしれないが、マルガもまだ若い母親だ。突然我が子以外の子どもを育てることになり、余裕がないのは仕方がないと、子育ての山場を超えた今の自分だからその気持ちが分かる気がする。大自然の中、山の中のキリスト像に母へのメッセージを授けるフリダはまだ母の死を本当に受け入れることができないでいる。それでも、自分が怪我をしたり、家畜の首から流れる血を見たときに、命や死について実感し始める。大好きな母親と別れ、今まで慣れ親しんだものから離れ、全てが新しい生活の中、祖母や親戚たちとの交流や、新しい友達、化粧をしてセレブごっこなど、楽しい仕掛けも織り交ぜながら、フリダが本心をマルガたちにぶつけることができるようになるまでを描いた成長物語。フリダとアナの疑似姉妹の可愛らしさと、繊細な心の動きの描写も秀逸だ。そしてフリダが「姉」として求められていた役割などは、遠い夏の日の自分の葛藤が重なった。

古い価値観と新しい価値観の衝突は、今の日本で噴出している問題 『サムライと愚か者 -オリンパス事件の全貌-』山本兵衛監督インタビュー

映画視聴権で【豪雨被災地支援】ができる!深田晃司監督をはじめ、賛同する映画監督の出品作が見放題のWEBシアター、8/31まで申し込み受付中

『ミッドナイト・アサシンズ』(映画祭題『ネオマニラ』)フィリピン・スラム街の現実が突き刺さる疑似親子物語

今年の大阪アジアン映画祭で、來るべき才能賞を受賞したフィリピンのミカイル・レッド監督作『ネオマニラ』。今年の作品の中で、私的には3本の指に入る”ガツンとくる”秀作だった。父親も映画監督というサラブレッドのレッド監督は、前作の『バードショット』がNetflixにて視聴できることになり、今やフィリピン映画の次代を担う存在。そして、映画祭からわずか数ヶ月で劇場公開というのも快挙だ。通常は映画祭上映時に未配給の作品は、配給がついた場合、公開まで1年近く、もしくはそれ以上かかるのだから。今回は、AYA PRO PRESENTS バリバリ・アクション・伝説の一本としての上映。全国に広がるのか、今の所はわからないが、それでもこの夏映画祭で見逃した方にも観ていただけるのは、やはり嬉しい。主人公は、兄が捕まり、一人で生きるしかないストリート・チルドレンのトトとスナイパーのイルマ。孤独な二人が、疑似親子のような関係になる姿は、多くは語らないイルマの母としての顔を滲ませる。イルマを演じるのは、フィリピンの名女優ユーラ・バルデス。日頃はパートナーと夜な夜な麻薬犯罪グループの殺害代行をしている屈強な女だが、トトを見る目はどこか優しく、何かを重ねているかのよう。そんなトトとイルマの関係は長くは続かない。印象的なシーンを散りばめながら、イルマの究極の選択まで一気に見せる手腕は見事だ。二人のシーンの美しさも記憶に残ることだろう。フィリピンではドゥテルテ大統領による麻薬撲滅政策で殺害される青少年が増大し、道端で殺害された人が倒れていても、市民には「またか」という空気が漂う。そんなことは、この映画を見るまでは知る余地もなかった。単なるアクションものではない、社会的な問題にも踏み込んだ衝撃作。新しいフィリピン映画の魅力を発見していただけると思う。

『クレアのカメラ』イザベル・ユペール、ホン・サンスワールドの男女を”覗き込む”

なかなかこんな機会はないのではないか。回顧上映ではなく、一人の監督作品を一挙4本連続上映。しかも、全て日本の劇場公開は初となる作品だ。そしてそのどの作品も主演女優は同じ。空気のように映画を撮っているのではと思う韓国のホン・サンス監督と、そのミューズであり、プライベートでも密な関係のキム・ミニ。二人が産み出す男女の物語は、いずれも不倫がらみで、誰も真の幸せを獲得することはできない。そんな大人の男と女の恋愛劇を、クールかつ、どこか人間臭さも匂わせながら見せていく。あれもこれも不倫なのに、そのシチュエーションや、仕掛けが面白くて、ついつい見てしまうホン・サンス作品だが、『クレアのカメラ』にはまるで”家政婦は見た!”と言わんばかりのカメラを持ったフランス人女性が登場する。イザベル・ユペールが演じるクレアはパリの高校教師。舞台となっているカンヌに映画祭に出品した監督の友人として来場している。とはいえ、この友人とは行動を共にすることなく、偶然カフェで声をかけられた韓国人監督の男性と話が弾み、そこから、この監督、プロデューサーの女性、その部下(キム・ミニ)の三角関係を意図せずして覗き見てしまうことになる。あからさまに覗き見るのではなく、クレアが写した写真を見た3人の反応が、その微妙な関係をクレアに感じさせるというカメラ、写真の特性をうまく生かした心理劇。クレアは再三、「写真を撮る前と後では違う人になっている」というニュアンスの言葉を発するが、写真というより、クレアという人物に出会う前と後とで、様々な状況が変化しているようにも思える。カンヌ国際映画祭で来場時に撮ったという割には、そんな華やかさはあえて写さず、まるで避暑地に来たかのような非日常を映し出しているのも興味深い。それにしても、不倫をする男の苦しい言い訳や未練、別れの言葉は天下一品やな。キム・ミニ×イザベル・ユペールの友情を感じるようなシーンの数々も自然で、美しかった。

岡本喜八、大島渚、森崎東、大森一樹・・・時代を挑発し続けた「ATG大全集」シネ・ヌーヴォで9/14まで開催

色々な監督さんにインタビューさせていただく中で、度々登場する「ATG」という言葉。今活躍している日本の監督たちも、このATG映画の数々に多大な影響を受けてきてたことをヒシヒシと感じながら、いつかしっかりと見たいと思っていた。もう一つ、今携わっている「おおさかシネマフェスティバル」がかつて「おおさか映画祭」と呼ばれていた頃は、まさにこのATG映画全盛期だった。当時の運営スタッフの方々は、表彰式に出席された主演俳優や監督、脚本家らと交流を深めていたという。ATG(日本アート・シアター・ギルド)は、紹介される機会の少ない海外芸術映画を上映するため、60年代始めに誕生。60年代末より日本の独立プロと提携し作品を製作するようになった。80年代にかけて既存の枠内におさまらない意欲的な作り手、他ジャンルからの参入などにより、新たな表現、そして数々の名作を産み出したことは、そのラインナップを見ても明らかだ。毎年恒例のシネ・ヌーヴォ(大阪・九条)夏の日本映画大回顧展では、今や見たくても見る機会がほとんどなくなってしまったATG映画の系譜を特集する。7/21よりスタートした特集上映では、伝説のロックンロール・グループ、キャロルのドキュメンタリー映画『キャロル』や、吉田喜重×岡田茉莉子の大正時代と現代を交差して描いた長編意欲作『エロス+虐殺』他、大入り満員の盛況ぶりを見せている。これから上映予定の作品をいくつかご紹介すると・・・